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悪評を立てるために悪戦苦闘をする日々の中。
10歳になったからという事でお母さまがお茶会の話を持って来た。
本格的なデビュタントは16歳からだけど、この国の貴族は10歳の頃から小さなお茶会を開いて横のつながりを徐々に構築していく事が一般的らしい。
お母さまが持って来たお茶会はハーツメル侯爵家と同格のクラヴィー侯爵家で開かれるお茶会らしい。
クラヴィー侯爵家と言えばハーツメル侯爵家と並びこの国で四大貴族と呼ばれる大貴族だ。
ちなみに、他の四大貴族はダイモン侯爵家とスペーディア侯爵家があり、各家にはそれぞれ主人公のライバルとなる令嬢が在籍している。
侯爵が四大貴族と呼ばれているのは現在、公爵に相当する血筋が途絶えてしまっているからだ。
断絶した理由は不明。ハテハテの続編を制作中だと聞いていたから多分新キャラ用に大きな家を一つ開けておきたかったとかそんな理由じゃないかな。
社交界の一歩手前とは言え、名目上は小さなお茶会だから着ていくドレスに絶対の決まりはないらしい。
けど、お母様が言うには派手めな物は避けて薄い水色か桃色の物が無難なんだとか。
折角の機会だから悪評を立てるためにドキツイ赤とか派手派手の黒いドレスで行こうとしたら全力で止められたわ。
見た目で威嚇して言動で止めを刺そうと思ったのに……。
奇行に走るしかないのかしら。
招待されたお嬢様の後ろ頭を片っ端から叩いて回るとか……?
結局、薄い桃色のドレスで落ち着き、馬車を走らせクラヴィー家へ移動する。
馬車の中には私とお母様の二人だけ。
御者が居るから合計三人ね。
距離が遠かったり、危険な場所を通るなら護衛も必要なのだろうけど、今回向かうのはクラヴィー家の領地ではなく、王都内にある別宅だから必要ないみたい。
馬車を走らせて一時間くらい経った頃、ゆっくりと馬車が止まり、御者が到着を知らせてくる。
今まで何度か馬車には乗っているけど、この振動には慣れないわね。
門番さんに招待状を御者が渡手し、私とお母様は門をくぐる。
門の内側で待っていた身なりのいいお爺ちゃんに案内され奥へと歩を進めるとその先では既に招待されたであろう先客がテーブルを囲んでいた。
庭でのお茶会ね……いきなり土の上で転げまわってみようかしら。
……ダメね。それじゃあ悪役じゃなくてただの変人だわ。
テーブルは二つ用意され、一つにはお母様と同じくらいの妙齢のご婦人が三人座っている。
もう一つのテーブルには私と同じくらいの子供が三人。
保護者とその子供たちって所かしらね。
お母様がご婦人方に挨拶をしていたので私も続けて挨拶をしようとお母様に続く。
「ハーツメル侯爵家のシャロン・ハーツメルと申します。よろしくお願いいたします。」
ドレスの端をちょこんとつまみ、かわいらしく挨拶をする。
「あらあら、可愛らしいカーテシーね。まるで駒鳥のよう。私はセアラ・クラヴィー。どうぞ宜しくね。」
格式ばった挨拶ではないけど、確かに気品を感じる挨拶を返してくるクラヴィー夫人。
クラヴィー夫人に続き一緒に居たお二方も名乗ってくれた。
ダイモン侯爵夫人とスペーディア侯爵夫人。
どうやら今日招待されたのは四大貴族に連なる面々だったようだ。
確かに、横の繋がりを意識するならこれ以上の面子はない。
お母様もなかなかやり手ね。
「シャロン。あちらのお嬢さん方にも挨拶をしてきなさい。きっといいお友達になれるわよ。」
「はい、お母様。失礼致します。」
ご夫人方に挨拶を終えた私は令嬢達の座るテーブルへ移動する。
当初の目的は立場を利用し格下の者へいくらか嫌がらせをするつもりだったけど、同格しか居ないんじゃ仕方ないわね。
計画変更。
嫌がらせはしないが嫌な奴だと認識されるように頑張ろう。
席に近づくと六つの瞳がこちらに向く。
見目麗しいライバル令嬢が三人も揃うと圧巻ね……。
まぁ私もその一員ではあるのだけども。
確か水色の髪のおっとりした子がソフィ・クラヴィー。
オレンジショートヘアーの気の強そうな子がリオ・ダイモン。
黒髪ロングヘアーの背の低い子がスクナ・スペーディアだったかな。
ゲーム登場時と髪型が若干違うのは新鮮でよき。
ちなみに私は金髪碧眼の縦ロールヘアー。
ハテハテでもこの髪型だったから真似してみました。
やっぱり悪役令嬢は威圧感がなくちゃね。
「初めまして。シャロン・ハーツメルと申します。以後、お見知りおきを。」
「お待ちしておりましたよ。シャロン様。私はソフィ。今丁度私のお部屋へ場所を移そうと話していたところですの。よろしかったら一緒にいかがですか?」
「構いません事よ。お部屋に着いたらお二方の紹介もいたけるのかしら。」
ソフィちゃんはにこりと微笑むと席を立ち歩きはじめる。
残りの二人も難しい顔をしながらもソフィの後をついて歩きだす。
貴族のお茶会って相手の私室に上がり込んでする物だっけ?
相当仲良くなってからなら分からなくもないけど、初対面へ私室へ招待するの?
まぁ断れないんだけどさ。
三人が移動するのに自分だけ拒否して置いていかれるのは困るし。
それよりリオちゃんとスクナちゃんが楽しそうじゃないのが気になるな。
こういう場所って表面だけでも取り繕うもんじゃないの?
屋敷に入り、何度か角を曲がりソフィちゃんが扉を開けるとそこは天国だった。
一言で言えばかわいいのだ。
薄いピンクを基調とし、綺麗に整頓されている部屋は、かわいいを詰め込めるだけ詰め込んだのに上品でもある。
小さな女の子であれば誰でも一度は憧れるような、そんな理想郷。
予め私室に連れ込むつもりだったのだろうか。
部屋の中央に置かれたテーブルには囲むように椅子が四つ配置されていた。
「まずはお掛けになって。これからの事を相談しないといけませんからね。」
リオちゃんとスクナちゃんは促されるままに席に着く。
それを見て私も席に着く。
「これからって言うのはどういうことでしょうか?」
私の問いにソフィちゃんはにこりと微笑み特大の爆弾を投げてきた。
「もちろん、ハテハテのシナリオと、今私たちが抱える問題についてですよ。」
と。
「ハテハテ!?ちょっとどういう……!いえ、失礼。少々取り乱してしまいましたわ。おほほ。」
「素で話しても問題ありませんよ。シャロンさんが来るまで私たちで話していましたの。最も、詳しい事はこれから相談するのですけど。」
「え?ってことはリオちゃんもスクナちゃんも?」
「ああ、私もスクナも日本人っす。」
「うん。」
なんて事でしょう。
唐突なカミングアウト。
それで二人とも難しい顔をしていたのね。
悪印象がどうとか言ってる場合じゃなくなったわね。
「担当直入に言います。このままでは、シナリオ通りに推移する事は絶対にあり得ません。」
「それはうちらが死の原因を遠ざけて生存ルートを選ぶからっすか?」
「いえ、違います。それは各々がよく分かっているのではありませんか?」
やばい。ソフィちゃんの言いたい事がなんとなく分かってしまった。
シャロンにとっての希望。
私にとっての絶望。
あまり、この話の先は聞きたくないなぁ……。
「まず、皆さんのお気持ちを確認させて頂きたいと思います。恐らく、こう思っているのではありませんか?クロスも、ケビンもサミュエルもエドも、絶対に殺したくないと。」
……。
全員の気持ちが沈黙となって場を支配する。
ああ、みんな同じなんだ。
「そして、彼らの為なら自らが犠牲になる事も厭わないと。」
「……そうだよ。ゲームをやっていた時から思っていた。彼らを愛している。彼らの死は見たくない。ゲームだった頃からそうだったんだ。現実となった今は猶更だよ。」
「そっすねー。どんなルートに行っても、バッドエンドに入ったら絶対に一人は死っすからねー。そうなるくらいなら……ってのはあるっすね。」
「うん……。」
はは。みんな壊れてるなぁ。
ゲームのキャラクターとしてしか知らない存在に入れあげて、自身の死すら問題にしない。
出会って間もないけど、志を同じくするここに居る皆にも死んでほしくないなぁ……。
「私も同じです。彼らが幸せなら喜んでこの身を捧げます。でも、とある問題によりそれが出来ません。シナリオの修正力に抗いつつ、なんとか落とし所を探さなくてはいけないのです。これから話すのはその為の相談です。」
「自分の事だから、なんとなく問題を察する事が出来るっすけどねー。みんなもそうなんすか?」
「各々の状況を私から説明します。私の話を聞いた後で、みんなで解決策を探しましょう。」
こうして私たちは歪んだ愛を貫く為の語らいを始めるのだった。