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リオ視点
この世界でのうちの名前はリオ。
ダイモン侯爵家の長女としてこの世に生を受けたっす。
ここがハテハテの世界だと確信したのは五歳の頃にサミュエルと初めて会った時っすかねー。
自分の名前がリオ・ダイモンだと知った時からもしかしてとは思ってたけど、サミュエルの姿を見た時は衝撃を受けたっすねー。
なにせうちの最推しキャラが幼い姿で目の前に現れたんすもん。
前世も合わせてこの時ほど神様に感謝した事はないっすね。
やっぱり前世の善行とかが神様に認められてご褒美にこの世界に運んでくれたとかなんすかね?
善行は積んでおくもんすね。
この世界に生まれ落ちた幸せを噛みしめながら十年が経った頃、驚くことにうちと同じ転生者と出会う機会があったっす。
みんないい子だったっすよ?
特によかったのが全員の気持ちが同じ方向を向いていた事っすね。
誰もが彼らの為にならその命を投げ出す事も厭わないと、シナリオに沿った結果なら自分たちの死を受け入れると、そう思っていた事っす。
いやー、ゲームのキャラに入れ込んでその命も捨てられると本気で考えてる馬鹿がうちだけじゃなかったのは驚いたっすねー。
それがどれだけ嬉しかった事か。
その場での話し合いでうちが泥を被る事になったんすけど、それをみんな気にしてるみたいで今でも気を遣ってくれてるのを感じるんすよ。
うちの場合、ハッピーエンドにしろバッドエンドにしろ死ぬんだから気にする必要ないのにみんなお人よしっすよね。
心配だったのは、うちが死んだ後にサミュエルが気を持ちなおすかどうかだけ。
つまり、主人公がサミュエルを選ぶかどうか、そしてその先に待っている未来でしっかりとサミュエルが幸せを掴めるかどうかって事だけだった。
それをみんなが主人公の行動をカバーしてくれると言うのだから一切の心配はなくなり、うちは何も思い残す事がない。
その上、死ぬ予定だったのに死なずに生き残り、幽閉されるとは言えサミュエルがしっかり立ち直れたかどうかを知る事が出来る可能性もあると。
……これ以上を望んだらバチが当たるってもんっすよ。
ま、死ぬまでは全力で楽しむ予定っすけどね。
サミュエルとリオは死に別れるまで仲睦まじい様子だった事は知ってるし、うちが馬車に轢かれるまでは全力でラブラブするっす。
そんな訳で今日はサミュエルとの待ちに待ったデートの日。
先週渡した短剣のお返しにサミュエルが時間を作ってくれたっす。
街に出る時は護衛を付ける決まりがあるけど、これにはちょっとした裏技があるっす。
学園に所属する護衛さんの場合は仕事だから離れてくれないけど、それが知り合いだった場合にはある程度融通を利かせてくれるって事っすね。
だからうちはシャロンちゃん経由でケビンに護衛を依頼して、街に降りたら分かれるって手段を使ったっす。
いやー、ケビンは凄いっすね。
学生の身でありながら護衛審査を通るなんて。
この方法に真面目なサミュエルはちょっと難色を示したけど、そこはケビンとシャロンちゃんを二人っきりにしてあげようと言って押し切ったっす。
別にケビンをただ利用した訳じゃないっすよ?シャロンちゃんもケビンとデートしたいって言ってたし、うちもサミュエルと二人っきりになれる。
正にwin-winの関係っすね。
「ここまでして、リオはどこか行きたい場所があったのかい?」
サミュエルは誰にでも敬語を使用するけど家族とうちにだけは言葉を崩して話す。
その言葉を崩す相手の中で呼び捨てはうちにだけっす。
その事実にうちとサミュエルの距離の近さを感じて、嬉しくてなってしまう。
「いえ、特にそういった場所はありません。サミュエルと二人でならどこでも楽しめますから。」
サミュエルが言葉を崩しているからと言って、うちは言葉を崩さないっすよ?
流石に貴族令嬢からほど遠いと自覚のある素を晒してしまうのはちょっと抵抗があるっす。
そういう意味ではあの三人は特別っすねー。
この世界でうちの素を受け止めてくれる、唯一の場所っすから。
「そ、そうかい?そういう事なら行先は僕に任せてくれるかな。いい書店を知っているんだ。」
サミュエルが少しだけ照れながら先導してくれる。
ここで書店を選ぶ当たり、あまりにも"らしく"て思わず笑みがこぼれる。
露店を冷かしながら歩く事数十分。
サミュエルオススメの書店に到着した。
道中も楽しかったっすよー、他愛もない会話をしながら並んで歩く。
たったそれだけの事なのに、極上の幸せを感じる事が出来る。
うちが一人だったらうちが居なくなってからの事が心配で、きっと純粋に楽しめなかった。
そう考えるとみんなにどれほど助けられているか分かるっすね。
「ここだ。中に入ろうか。」
書店の外見は少し寂れた古書店ってところっすかね。
時代背景に明るい訳じゃないけど、"古き良き"って言葉が凄く似合う気がするっす。
「ええ。サミュエルはどんな本が好きなのかしら。色々教えてくださいね。」
「はは。僕の好みはどうしてもお堅い物が多いからね。今日は僕の趣味じゃなくて、リオの好きそうな本を中心に見ようと思うんだ。創作物とかどうかな?」
「創作物ですか?あまり読んだ事はありませんが、どんなものがあるのでしょうか。」
前世では創作物大好きだったんすけどねー。
この世界の本は肩が凝る物が多くって今までほとんど読まなかったんすよ。
挿絵があればまた少し違ったんだろうけど、それは期待するだけ無駄っすからねぇ。
「なんでもあるよ。英雄譚を脚色した物とか、子供に読み聞かせるような物語とか。この辺りがそうだね。」
サミュエルが並んでいる本を指さしながら一冊ずつ簡単な説明をしてくれる。
その横顔がとてもやさしくて、楽しそうで、本当に本が好きな事が感じられる。
その"楽しそう"の理由の一端がうちと一緒に居る事にあると嬉しいんすけど、どうなんすかね。
「その本……。」
「ん?これかい?」
サミュエルが順番に説明してくれている中に一冊覚えのある本があって、思わず呟いてしまった。
それはこの世界でうちが幼い頃、サミュエルに読み聞かせて貰った物語。
「昔、この本をサミュエルが読み聞かせてくれた事はなかったかしら?確か暑い夏の日に……。」
「覚えてくれていたのかい!?この本は僕が初めて一人で読んだ本でね。とても好きな物語の一つなんだ。それをリオと共有したくて持ち出したんだけど、幼いリオには本の読み聞かせは退屈だったかなと少し後悔していたんだ……。」
それは一組の男女の悲恋の物語。
将来を誓い合った男が国からの命令で戦争に駆り出さた。
ある日、男の帰りを待ち続ける女の元に男の遺書が届けられる。
男が残した遺書には"俺が死んでも後を追うような事はしないでくれ。君が強く生きて、幸せになる事が俺の最後の望みだ"と書いてあった。
女は酷く落ち込んだが、彼の最後の望みをかなえるべく男の死を受け入れ、前を向く努力をする物語。
男女の違いはあれども、うちの状況と少しだけ似ていて切なくなった記憶があるっす。
物語の女性は恋人の死を受け入れて強く生きたけど、サミュエルもうちの死を受け入れて前を向いてくれるっすかね?
うちを追って命を絶つなんて選択はしないで欲しいと、切に思う。
うちは前世の記憶があったからよかったっすけど、確かに五歳の子供に読み聞かせる話じゃないっすよね。
そのセンスになんだかサミュエルらしさを感じて、今サミュエルが目の前に居るって実感が沸いて……。
それで記憶に残っていたって言うのもあるかも知れないっすね。
まぁうちとしてはサミュエルが読んでくれているという事実だけで満足度が最高得点に達してたんすけどね。
「そんな事はありませんでしたよ?とても面白かった記憶があります。サミュエルが読んでくれたおかげで、私もその物語が大好きになりましたから。」
「ホントかい!?」
うちの言葉にサミュエルはとてもいい笑みを浮かべてくれた。
その笑顔は反則っすわ。
今日はサミュエルの顔が笑顔で固定されているんすけど、今の笑顔はそれよりもいい笑顔で……心臓に刺さるっす。
サミュエミを乱発しすぎじゃないっすかね?その笑顔にどれだけの価値と破壊力があるかもうちょっと自覚して欲しいっす。
「じゃあ、これを君に贈るよ。ちょっとここで待ってておくれ。」
それだけ言い残してサミュエルが店主の元へと向かう。
読んで貰ったのは結構昔だから帰ったら読み直すかな。
読み終わったらサミュエルと内容を語り合うのもいいっすね。
「お待たせ。読んだら感想を聞かせて欲しいな。子供の頃とまた違った印象を受けると思うからね。本ってそういう所が凄いよね!」
代金を支払い戻って来たサミュエルから渡された物は二つ。
一つは本なんだけど、もう一つは何っすかね?
「こちらの小箱は?」
「秘密だよ。ここの書店は店主の趣味で小物も置いてあってね。物語に登場した小物を店主自ら作って売っているんだ。なかなか面白い試みだと思わないかい?そっちの小箱はその本を読んだ後に開けてくれると嬉しいな。」
粋な事をする店主っすねー。
なるほど、この小箱は物語ゆかりの物っすか。
重要アイテムとして思い浮かぶのは遺書っすけど、流石にそれはないっすかね?
「とても面白い試みですね。物語りを読む楽しみが増えました。寮に帰ったら早速読ませていただきますね。」
「あぁ、感想を楽しみにしておくよ!」
この後、昼食を街で済ませてから学園に戻ってデートは終わりを告げたっす。
一日中本当に楽しくて、時間の流れを早く感じたっすねー。
次にデートできる日が楽しみっす。
……この話には少しだけ続きがあるから聞いて欲しいっす……。
サミュエルに買ってもらった本を寮に帰ってから三日かけて読んだ後、小物入れを開いたら何が入ってたと思うっすか?
……作中で男女が将来を誓い合う時に交換した指輪が入ってたっす。
サミュエル……これはずるいっすよ!
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