逢魔ヶ刻
夕暮れ時に現れるそのあやかしを、彼は空蝉と呼んでいた。
夕暮れの坂道のてっぺんに、センパイは佇んでいた。
そこは団地の一番高いところになっていて、センパイの頭上には、押し潰す様な空。
いま、私の目に映るすべてが、私の瞳を焼き尽くすようだった。
「やっと会えましたね、センパイ」
声の震えるのを我慢して、私はやっとそれだけを言えた。
3年前、私を残して死んでいったあの日の最後の姿のままに、彼は黙っていた。
「ごめんなさい、私、センパイがここにいることを突き止めるのに、三年もかかってしまったんです」
ここにたどり着くために調べつくし、祓い尽くした幾つもの怪異たちや差し出した代償、その全てさえ、この瞬間に比べたら些細な事だった。だからこそ、この“逢魔ヶ刻”に彼がここにいることの意味も、だれよりも理解している。
「****************」
センパイは口を開いた。舌のない、漆黒の穴から吐息のような音が漏れる。
あの憎たらしい、人を小馬鹿にしたような眼は、私を見透かして、うつろな虚空を見つめている。
「やっぱりセンパイは、もう……」
思い出せない。思い出せない。
彼があの日、私にだけ教えてくれた、「そいつ」の名前は、何だったっけ。
しゅるしゅるという不気味な呼吸音とともに、センパイの輪郭がかすかに脈打っている。
私は大きく息を吸うと、銀のナイフを構えた。
人の皮をかぶり、街の中を歩き回っては、新しい宿主をとりころす、という。