第8話 楽観的観測
「もきゅもきゅ」
(ちなみにここのナポリタンって美味しいよな? それなのにこの店は流行っていないわけなの? なら、他にも何かしらの理由があるのかな?)
俺はとりあえずレストランの基本である、料理の味についてをジズさんに質問することにしていた。
料理が美味しくなければ味を改良すれば流行ることだし、逆に美味しいならば立地条件や宣伝活動あとは料理自体の価格に問題があると思ったのだ。
「兄さん、意外と鋭い分析でんなぁ~。そないです、料理は美味しいのに何故か流行らない」
「もきゅ? きゅきゅ……」
(じゃあもしかして、店の場所が悪いんじゃないのかな? いくら料理が美味しくても、場所が悪いと客なんて来ないだろうし……)
「いいや、それも問題おまへんわ。なんせこの街にはギルドが誘致した大規模な地下迷宮があるんですわ。だから冒険者達が引っ切り無しに訪れてますし、観光地化もされてるから一見客も多いはずなんです。しかもこの建物は街の中心に位置する立地やから、商売をするには最高の場所なんですわ」
店の立地条件が悪いから流行らないのではないかとも思ったのだったが、どうやら悪いどころかむしろ好条件に恵まれているとのこと。途中、何故かギルドがこの街にダンジョンを誘致したとかなんとか言ってた気がするが、この際捨て置くことにしよう。
ならばあとは店の存在を示す認知度か、もしくは店員達の接客態度に問題があるのかもしれないっと、ジズさんに尋ねてみたけれども……。
「うーん。外には看板は出てますし、姫さんがお立ち台で宣伝活動もちゃんとしてましたわ。接客のほうも、姉さんと勇者の嬢ちゃんが不慣れなにも頑張ってますぅーっ。それに多少の粗相があったとしても、ここまで流行らないのはおかしいですわ」
「きゅ~きゅ~っ」
(むむっ。それもそうか……)
これまでの話を聞いた限りでは問題が無いように思えてしまう。
確かに現実世界でも立地も良く値段も手頃で美味しい店なのにも関わらず、流行らずに潰れてしまう店がいくつもあったのを俺は思い出していた。
もしかすると魔王討伐なんかよりも、そっちの問題のほうが難しいのではないだろうか?
現実世界ですらその解決策が無いのだから、こんなファンタジー一色の異世界で解決策を模索するほうが無理というもの。
けれどもそれをしなければ、俺はいつまで経っても元の世界に戻れずにこのファンシーで可愛い姿のまま、その生涯を終えなければならなくなる。
もちろん人間の女の子達とラビュ~な関係どころか、むしろ目の前に居るジズさんのようなドラゴン達と恋愛をしなくてはならなくなってしまう。
それに今の俺はもきゅ子……つまりその名前から察するに性別は『女』なはずだ。
訳の分からないうちに貞操を失うわけにもいかず、また俺自身にとっても異物を受け入れるなんて耐えられない。
(どうやら本格的に店を流行らせないとマズイ状況になるみたいだな。じゃないと俺、獣姦されちまうのかよ……そんなのアリか? いいや、無し無しっ!!)
一瞬そんな自分の行く末を想像してしまい、俺はその妄想を振り切るように左右に首を振って悪夢を振り払う。
「もきゅもきゅ」
(とりあえずジズさん、この街のことをもっと詳しく教えてくれないか? あとできれば街の案内とかもしてくれると嬉しいんだけど……)
「ええですよ~。それくらいのことなら、お安い御用ですぅーっ。この世界はでんな、兄さんが住んでいる世界とは違って……」
俺はさっそく前回異世界転生した時に得た知識と現実世界から生かせるであろう知識をこの世界から脱出するためフル活用しようと、まずは自分が置かれた状況を改めて分析することにした。
この世界では魔王軍と人間達との争いが何百年と続いており、時代背景としてはガソリンや電気などの発明が世に出ていない中世あたりらしい。
……っとなると、現代知識を生かした新しい料理を開発すれば一儲けできるかもしれない。
無難なところで言えば卵と油それと酢を混ぜ合わせて作るマヨネーズ、小麦粉とトマトそれにチーズだけのシンプルなマリガリータピザ、あとは牛乳と氷と砂糖があればアイスなんかも作れるかもしれない。
(異世界なんてチョロいチョロい。その辺の目新しい料理を開発しちまえば、いとも容易く店なんて流行っちまうだろうともよ……くくくっ)
俺はこれまでのラノベ主人公と同じく別世界の知識を生かそうと頭の中でその光景をシュミレートしてしまい、思わず笑みが零れてしまった。
傍から見れば不気味なことこの上ないかもしれないが、今の容姿だとただ可愛い子供ドラゴンがもきゅもきゅ鳴いてるだけにしか見えないはずだ。
「あっちなみにやけどな、兄さん。既にこの世界ではマヨネーズもピザもアイスなんかの料理も一般市民にはポピュラーな料理として普及しているさかい、異世界人相手にそれらの料理でマウント取れるぅーって安易に考えたらあきまへんで!」
「も、もきゅっ!? もきゅきゅ!?」
(な、なんだってーっ!? その話、本当なのかよジズさんっ!?)
「もちろんですわ。あっ、やっぱりそう思ってましたんやな。そない上手く物事が進むわけありゃしまへんわ」
「も、もきゅーっ」
(そ、そうなんだ……っつうか、何で俺が思い浮かべていた料理の数々をジズさんが知ってるんだよ。あまりにもチートすぎるだろうが)
どうやら俺の目論見は1分と持たずに破綻してしまったみたいだ。
聞けば、以前俺のような現実世界からこの異世界へと転生または転移してきた主人公が既にそれらの料理を開発、そして一般庶民にまで普及させてしまっているとのこと。だから今更マヨネーズなんか作っても自分の家で作れる、などと言われてしまうのがオチらしい。
また今にして思えば時代背景が中世なのにも関わらず、この店に『ナポリタン』なんて代物がある時点で気づくべきだったかもしれない。
ナポリタンは本場イタリアのナポリ地方の料理ではなく、完全なる日本食なのだ。だから当然のことながら日本人……っつうか、そこらの作品で幅を利かせているラノベ主人公共が余計なことをしやがってるに決まっている。
(マジかよ……。単にレストランが流行っていないのって、ナポリタンに不可欠なトマトが原因じゃなかったのか。これだと俺の思惑が完全に外れちまうな)
俺はこのレストランが流行っていない理由は、ナポリタンにふんだんに使われているケチャップの原材料『トマト』が原因だと思い込んでいたのだ。
何故なら中世ではナス科のトマトはその実に『毒がある』と昔から信じられており、人々はトマトを食用ではなく観賞用として育てているのが一般的なのである。
だからこの店の名物だというナポリタンのトマトを使用しているから、流行らないのだと思ったのだがどうにも違うらしい。
また俺が知ってる既存の料理や調味料すらもこの世界では広く普及しているため、意味を成さない。
これは意外と難しい事態に陥っているのかもしれなかった。




