曖昧
夏休みまでの一か月間、飽きもせず放課後になれば図書室に集まり、いつしか教室でも話すようになっていた。それからと言うもの、教室でぽつねんと佇むことがなくなり、三木美樹と仲が良い者達が僕に話しかけてくるようになった。彼女は僕に期間限定のシールを貼ってくれたのだろうか。
僕に訪れた変化はそれだけではなかった。三木美樹と並行して福北笑美とメールのやり取りを始めて数日が過ぎたとき、
「敦樹のこと、好きってよ」
彼女は僕に二度目の種を植えた。しかし、一度目の時と違い、種の正体は分かっていた。そしてその種に侵されることも。
翌日から言うまでもなく種に侵されていた。全てを見透かされているような三白眼の彼女と視線が交われば、余所余所しく視線を逸らすことが多くなり、その都度、毛先が傷み茶色になっている髪を眺めた。その都度、三つ編みの彼女を懐かしく思った。今では、三つ編みも編めないほど短かった。
彼女の髪型はボブヘアと言うらしかった。僕は橋が架けられた日に彼女の髪型を褒めた。
「おかっぱも似合うね」
褒め言葉のつもりで言ったのに、彼女の反応は予想と反していた。小顔だった顔を膨らませ、控えめな団子鼻までも膨らませていたのだ。僕は訳が分からず、もう一度言った。
「三つ編みより、おかっぱのが似合うね」
褒め言葉だと伝わるように天秤にかけたのだが、依然として彼女は膨れたままだった。
その後、彼女は女心と言う単語をいくつも並べ、自身の髪型と女心を教えてくれたのだった。そして、僕の目を逸らす行動は女心を理解していない行為だった。仕舞いには終業式の日、例によって僕が目を逸らすと彼女は、
「なんでいつも目を逸らすの?」
頑是ない子供のような口吻で聞いてきた。僕は弥縫策を講じられるものか彼女の表情を窺ってみたが、それは僕の種を開花させるには申し分ないものだった。
黄昏の海のような、穏やかな笑みを浮かべ、少し顔を赤らめ、そして目は燦然と輝いていた。
僕は視線を逸らさなかった。逸らすことができなかったのだ。見惚れていたのだ。見惚れる僕に彼女は小首を傾げ、
「どうしたの?」
艶然と微笑んだ。
「好きかもしれない」
こんな時にも曖昧な言葉しか言えない自分に嫌気が差していた。
蝉は甲斐性のない僕を責めるように鳴いていた。夏休みをこんな形で迎えるとは思ってもいなかった。三木美樹は曖昧な告白を聞くと、さざ波のように顔を歪め図書室を後にしたのだ。その日、彼女からの連絡はなかった。