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彼我  作者: てんてこ
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曙光

 部屋の明かりを消すことは憚られた。暗闇に包まれるのが怖かったのだ。自ら海底に沈むように感じて。明かりは決められた範囲を照らし、僕はその範囲に入っていれば守られるような気持ちになっていた。早い段階で僕は寝ることを諦めていた。それは明かりとは関係なく、被害者の本当の声が僕を蝕んでいたから。

 あの男の言葉を無意識に思い出す。

「凪には今後一切近づかないでほしい」

この言葉を聞くのは二度目だ。僕は海原凪に近づいてはいけない存在なのだ。例えそれが平行だとしても。僕は綺麗な言葉を、時には盾にし、時には矛にしていたのかもしれない。純粋な愛など存在しない。僕自身を欺く言葉だったのだ。気付くには少し遅かったのかもしれないが、気付けたことで糸が絡まった傀儡にならずに済んだ。

 被害者の言葉には一つ、棘に覆われ、噛み砕くことも、飲み込むこともできないものがあった。これが眠れない要因だ。

「加害者の君」

「加害者の君たち」

豈図らんや、僕までも加害者だとは。僕のこの考えが、間違っているのだろうか。履歴書には小倉敦樹しか存在していないはずだったのに、全ての話が終わると、結局高野敦樹しか存在していなかったことを思い出した。断層は生じていたのだ。僕の周りでも。

 静寂を間の抜けた音が切り裂いた。中野あたるの家から帰ってきて、何も口にしていなかった。この頃、僕がいなくても当たり前のように夕飯を食べていることが多かった。僕は欲求のしもべとなり、扉を開けると押し寄せてくる暗闇の中、息を止め進み、コンビニで買っていたメロンパンを冷蔵庫から出し、部屋に戻った。

 メロンパンを貪食していると、視界の端で明滅している携帯を確認した。半分になったメロンパンを袋に戻し、開いた鞄から見える携帯を取ってベッドに腰かけた。中野あたるからのメールだった。

「お前は多分気付いてる。お前の中にできている矛盾を」

二十三時二十四分の一時間後に、返信を待たずしてもう一通届いていた。

「お前が出したなぞなぞの答え」

彼の婉曲な意見は理解することができなかった。理解しようと眺めていると、メールには続きがあった。それは器用に改行され続け、画面の下の方に隠されていた。

「血縁」と言う答えが。

 ご名答。だがしかし、彼の答えには付随している何かがあった。余計な装飾が光を吸収して、僕を目がけて一点に光が突き刺さる。彼の答えに光明を見出すつもりが、凶器となって襲ってきた。一通のメールがあることで。

 彼はあっち側の人間だった。僕は既に自らの矛盾を知っている。あの海原凪の言葉を聞いた時から。いや、もっと前に、母親が見知らぬ人に見えた時から、一つの事に気付き、それから目を背け、矛盾を生み出してきた。だからこそ、海原凪の言葉に救われ、躊躇なく矛盾を生み出し続け、彼女に恋心を抱き、理解不能な行動までしたのだ。

 ケータイを投げた先にある、カーテンの色が変わっていた。もがきながら、カーテンの側まで行き、それを勢いよく開けた。まんじりともせず見た曙光は、どこか感慨深いものになった。

 僕はこの白み始めた空のような光を中野あたるに求めていた。が、中野あたるは違った。照りつく太陽だけでは事足らず、レンズを間に挿み僕に光を届けた。僕は海原凪のほかに、目の前に広がる光を誰かに求めなければいけない。

 矛盾を網膜に焼き付けられた、今それから目を背けることはできなかった。カーテンを閉じ、投げ捨てたケータイを拾って、海原凪にメールを送ることにした。自身に言い聞かせるため。

「突然なメールすみません。僕は海原さんに優しい言葉を掛けてもらい、都合よく曲解してあなたに好意を寄せることに問題はないと思っていました。しかし、僕と海原さんは月とすっぽん。当然あなたが月です。暗闇を優しい光で包み込む、正に海原さんを形容するものだと思っています。閑話休題、何が言いたいのかと言うと、僕は加害者の一人なのかもしれません。あの時、血は繋がっていても、と、あなたは言ってくれました。それが大問題だと気付きました。僕は海原さんも被害者だと思っています。その理屈で言えば、僕は加害者になる訳です。疾うから気付いていたことでしたが、あなたの言葉で問題をすり替え、血のつながりから離れることを考えました。その結果、高野敦樹と小倉敦樹は別人だと考えるようになったのです。友達も、思い出も、過ごした時間も、全て分けて考えました。小倉敦樹になれば、事故と無関係になれると思って。しかし、高野敦樹で過ごした時間は、小倉敦樹よりも大切で捨てることができませんでした。前述の流れでいけば、無意識にですが高野敦樹に加害者が付加されたのです。ただ煩雑に、難解に、問題をすり替え、根底は何も変わりませんでした。僕は加害者の血縁から逃れることができないのかもしれません。許されていないのかもしれません。そうは言っても、海原さんのおかげで救われたのも事実です。感謝の言葉を伝えることができません。相応しいとされる言葉は知っていますが、伝え方を知らないのです。すみません。そして、ありがとうございます」

 少しでも伝えられるように、最後の「ありがとうございます」は、予測変換に表示されたのではなく、一文字ずつ入力した。送信を終えた携帯は眠るように暗くなった。それを引き出しに仕舞い、階下に降りた。


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