第6話 それぞれの道〜怜空〜
紅羽がガルタ迷宮を進み始めた頃、怜空はどこか見覚えのある森の中で一人突っ立っていた。
「何か見たことがあるとこだなぁと思えば、ここって、最初に俺たちが神さまに落とされた森じゃねぇか〜!」
何の真新しさもない場所に落とされて、怜空は少し不機嫌になっていた。
「あのふざけた神さま、三人別々の場所に落とすとか言ってたけど、何で俺だけまたここに落とされてるんだよ! ここはさっき結城が盛大に燃やした場所だから、嫌な予感しかしないんだよ!」
昔から怜空の悪い予感は良く当たった。道を歩いている時も何か降ってきそうだと言えば、上からペンキの入った缶が落ちてくるは、もう落ちてこないだろうと思っていたら、上から白い粉が大量に落ちてきたり、散々な目に遭ってきている。
だからなのか、そんなことを考えている周りの木の陰から紅くて鋭い眼差しがさっきから怜空を睨んでいる。怜空も気づいたのか、真剣な表情になった。
「やっぱり、俺の悪い予感は当たるんだよなぁ。でも、実戦経験は初めてだからちょうど良いな!」
怜空たちが元いた世界では、五咲がうまく管理していたおかげで、平和そのものだった。なので、咲階の一番低い維勿咲は実戦を伴う仕事よりも雑事の方が多かったのだ。
「さぁ、そろそろやるか!」
そう言って臨戦態勢になった瞬間、木の陰に隠れていた生物が一斉に飛びかかってきた。その鋭い眼差しの生物の正体は狼のようなモンスターだった。
「ガ、ガウゥ!」
「やってやろうじゃねえか! “針闘”」
怜空は両手から大量の糸を出し、それを鋭い針みたいにして飛びかかってきた狼に向けて発射した。飛びかかってきた狼たちは空中でそれを避けることが出来ず、次々と糸に刺さって倒れていく。そして、全ての糸を出し終えた頃には、飛びかかってきた狼たちは一匹も立っていなかった。
「おお、この技初めてやってみたけど、意外と上手くいくもんだな! 俺って、天才なんじゃね?」
他の二人がいない事をいいことに少し調子に乗っていたせいで、自分の上から何かが落ちてきていることに全く気づいていないようだ。
「……どいて〜!」
「ん? 何か聞こえたような……気のせいか。」
怜空は辺りを見渡すが、何もいない。それも当然である、それは空から落ちてきてるのだから。
「どいて〜!!」
「ん!?」
やっと怜空が上から落ちてくるものに気づいたが、その時には遅かった。怜空はその落ちてきたものの下敷きになってしまった。
「う、う〜ん。イタタタ……」
「お、重い!」
「あっ、ごめんなさい! い、今降りますね!」
怜空は下敷きになっていた状態から解放されて、ゆっくりと身体を起こしてみると、そこには、座った怜空と同じくらいの身長の少女がひたすら頭を下げていた。
「ご、ごめんなさい! まさかこんな所に人が居るとは思わなくて、本当にごめんなさい!」
「いや、そんなに謝らなくてもいいよ! こっちも避けられなかったわけだし。それよりも君は?」
「あ、私はコルト村のネルといいます。さっき、ここがすごく燃えているのが見えたので、あそこからここまで飛んで来たのです!」
ネルが指をさした方向を見てみると、かなり遠くに小さな山みたいなものが見えた。
「あそこから飛んできたのか!? 凄い身体能力だな!」
「え? そうでもないですよ、村ではもっと遠くから飛べる人もいますから!」
「そうなのか……やっぱり神さまが言ってた通り紅羽よりも身体能力が高いやつもいるんだな〜。」
「ん? 何か言いました?」
「いや、独り言だよ。そうそう、さっきから気になってるんだけど、その耳と尻尾は?」
ネルには普通の人間とは、違った耳をしていて、さらに尻尾も生えていた。まるで猫のような耳と尻尾だった。
「これは、コルト村の人たちはみんなこんな姿をしてますよ! コルト族って、知りませんか?」
「いや、聞いたことないな。」
「そうですか……この辺じゃ知らない人はいないと思ってましたから。それじゃ、お兄さんはどこから来たんですか?」
「え〜と、それは……」
異世界から来たって言えば信じてもらえるのか? どう言えばいいんだ? などと考えていると、ネルが急にさっき飛んで来た山の方を振り向いた。その表情は真剣だった。
「急にどうしたんだ? 何か見えるのか?」
「はい。村の方から燃えている臭いがします! 村で何かあったのかもしれません!」
「俺はそんな臭いはしないが。」
コルト族は身体能力が高いだけではなく、五感もとても発達している。なので、わずかな臭いでも嗅ぎ分ける事ができるのである。
「そうか、それなら急いで村に戻らないといけないな! 戻るなら俺も連れて行ってくれ! 何か役に立てる事があるかもしれない。」
「そうですね! こんな大量のクゼルウルフを一人で倒せるのですから。分かりました、一緒について来てください!」
「でも、どうやって村まで行くんだ? 俺はネルみたいな身体能力の高さはないぞ!」
「それは、私がお兄さんを持ち上げて飛んでいきます! それではお兄さん、いきますね!」
そう言ってネルは怜空を持ち上げると、足に力を込めて勢いよく真上に飛び上がった。
「うおおぉぉぉ!!」
「しっかり捕まっていて下さいね!」
ネルは空中を蹴るようにして村の方に飛んだ。さすがの身体能力の高さである、人間には到底出来ないであろう空中を蹴ることを平然とやってのけるのだから。
ネルの身体能力の高さのおかげで、数分程度でコルト村に着いた。だがしかし、二人が村に着いたころには時すでに遅し、目も当てられないような惨状が広がっていた。あちこちから火の手が上がり、そこら中にネルと同じコルト族と思われる人々が血を流して倒れていた。
「こ、こんな事って……何でこんな酷い事になってるの! お母さんは!?」
「お、おい! ちょっと待てって! まだ危ないって!」
ネルは母親の事が気になり、危険を顧みず村の中へ駆け出していってしまった。そのネルを止めようとした怜空だったが、燃え上がる火のせいで声が届いていないようだ。怜空はネルを追いかけて村の中へと入っていった。
「どこなの〜!? お母さん! どこにいるの!?」
母親を探して村の奥へと進んで行くネルを必死に叫びながら怜空は追いかけていく。
「おい! 待てって! 危ないだろ、まだこんな事したやつもいるかもしれないんだから!」
怜空はネルに止まるように呼びかけるが、またしても燃え上がる火のせいで声が届かない。
怜空がネルを追いかけて村の奥まで行くと、ネルが母親らしい女性を抱きかかえて必死に叫んでいた。
「お母さん! 死んじゃ嫌だよ! ねぇ、起きてよ!」
「ネル! そこは危ないからこっちに来い!」
ネルがいる場所はいまにも倒れそうな家の近くで、直ぐにでもその場から離れないと柱の下敷きになるような場所だった。たとえコルト族でも燃え盛る柱に押し潰されたら命はない。
「嫌だ! お母さんをこのままにしておかないよ!」
「ネル、お母さんはもうダメだから早く逃げなさい!」
「嫌だよ、お母さん!」
その時、ネルの上にある柱が耐えきれなくなってネルの上に崩れ落ちてきた。
「ちっ! 仕方ねぇ!」
怜空は両手から瞬時に糸を出してネルに巻きつけて一気に引っ張った。ネルが怜空のところまで引っ張られてきたと同時に柱が完全に崩れ落ちてしまった。
「お、お母さん〜〜!!」
「くっ!」
ネルは崩れ落ちた場所に必死に手を伸ばして泣き叫んでいた。怜空はその惨状を見るのが耐えきれなくなり目を逸らした。
「は、離して! お母さんが!」
「諦めろ、ネル! もう助からない!」
ネルは必死に怜空の糸を振り解こうともがくが、怜空は絶対に離さないようにしっかりと抱きかかえている。
やがて、空からひどく冷たい雨が降ってきた。その雨で燃え上がっていた炎は徐々に消えていったが、ネルの涙が止まることはなかった。
「何でこんな事が起きるんだよ! この世界はどうなってるんだよ!」
そして、怜空の叫びも雨によって掻き消されてしまった……