第5話 それぞれの道〜紅羽〜
周りがよく見えないような薄暗い洞窟のような場所に一人、紅羽は倒れていた。
「う、う〜ん。ここは……どこだ?」
目を覚ました紅羽は、徐々に身体を起こしながら辺りを見回した。しかし、薄暗いせいで周りがよく見えていないようだ。
「薄暗くて、よく見えないなぁ〜。お〜い! 怜空〜! 結城〜!」
二人の名前を呼んでみるが返事は返ってこない。
「そうか、俺たち別々の場所に落とされたのか、忘れてたよ。ったく、あのいい加減な神さまやってくれたな!」
「呼んだかのぅ〜!」
「ほら、空耳が聞こえるほど頭に残ってやがる!」
「空耳じゃないのじゃ!」
「うぁっ!」
突然、紅羽の目の前に光輝く神さまが現れた。
「何でいつもそう驚かすような現れ方するんだよ! びっくりするだろ!」
「いやいや、すまんのぅ。しかし、お主が気づかないからじゃよ!」
「それよりも、何か用か? 神さま。」
「さっきお主に渡し忘れたものがあってのぅ〜、それを渡そうと思ってわざわざお主のとこまで来たわけじゃ!」
神さまは少し偉そうな態度でそう言い張った。
「いや、わざわざって! 神さまがいい加減なせいだろ!」
「許してくれ、儂も歳じゃから、忘れぽくってのぅ〜。おほほ。」
神さまは顎髭を触りながら、笑って誤魔化した。
「分かったよ。それで、俺に渡したいものって?」
「それはのぅ〜、お主は他の二人と違って身体能力が高いだけで、特別な力があるわけではないからのぅ〜。なので、お主に特別な力を与えてやろうと思ったのじゃ!」
「俺は特別な力がなくても、大丈夫なんだがなぁ〜。」
「この世界を舐めたらいかんぞ! お主よりも身体能力の高いやつや危険な生物もおるし、さまざまな環境の変化に耐えられないかもしれんからのぅ〜。」
このリベルセリアには、さまざまな種族の他にも普通の人間が生存できないような場所や人間では太刀打ち出来ない生物が存在している。中には、街一つを一匹で破壊できるほどのバケモノも存在している。
「ついでに儂の息子もそこそこ強いのじゃが、できれば戦って欲しくはないんじゃ。そうは言っても、息子は聞く耳など持たないだろうしのぅ〜。」
「分かったよ、神さま。で、その特別な力ってどんなものなんだ?」
「それはのぅ〜、[言葉を物質化させる力]じゃ!」
「言葉を物質化させる力? どういうことなんだ?」
「まぁ、聞くよりも見た方が分かりやすかろう〜。見ておれ、炎!」
神さまは杖を前に突き出して、そう口に出した瞬間、杖の先から炎が噴き出した。
「うおっ!? すげ〜!」
「こんな風に自分が発した言葉が物質化して出現させる事が出来るのじゃ!」
「これって、どんな言葉でも出来るのか?」
「生きている人間や生物には、直接干渉する事は出来ないのじゃ。例えば、相手を直接死にいたらしめることは不可能じゃ!」
「そうなのか〜。」
そう言った神さまが少し悲しそうな顔をしていたが、それについては聞かないほうが良いだろう。
「それと、この力は発した言葉以外にも紙などに書いた言葉でも物質化出来るのじゃ! ただし、自分自身で書かないと物質化出来ないぞ!」
「へぇ〜、そんな使い方も出来るのか、結構便利な力だな! この力があれば、怜空や結城よりも強くなるんじゃないか?」
「それなんじゃが、この力はお主の想像力によって左右されるのじゃ! そして、五咲の二人のような一つの力に特化したやつには、同じような力では負けるじゃろうな! それもお主しだいじゃがのぅ〜。ほれ!」
神さまは紅羽に杖を向けると、紅羽に光が集まって集約された。どうやら、力を紅羽に与えたらしい。
「そうか〜、想像力か〜。俺にぴったりの力だな!」
紅羽は新しいおもちゃを貰った子供のように目を輝かせて、その力に魅了されていた。
「あ、そうそう。他の二人はどこに落としたんだ? あと、ここはどこなんだ?」
「他の二人の居場所は教えられんが、ここはどこかくらいは教えてやるのじゃ! リベルセリアには、五つの迷宮があってのぅ〜、ここはその一つのガルタ迷宮のいわゆる安全部屋みたいなとこじゃ!」
「だから、モンスターみたいなやつが出てこないのか〜……って! 他の二人の居場所は教えられないってどういう事だよ!?」
「チッ、話の流れで忘れると思ったのじゃが。」
神さまは指を鳴らして、悔しそうな顔をしていた。
「俺は神さまみたいに大事なことは忘れたりはしないからな! で、何で教えてくれないんだ?」
「それは……儂がこれからお主らを観察する時に、三人別々の方が面白そうだからじゃよ!」
「あんた、それでも神さまか!!」
「これでも神さまじゃよ〜! おほほ!」
「はぁ〜、なんて能天気な神さまなんだ。」
紅羽は肩をすくめて、諦め顔でため息をついた。
「まぁ、こんな神さまなんだから、仕方ないか〜! 自分で探すとするか!」
「そうしてくれると儂としても、楽し……助かるのじゃ! 伝えたかったことはそれだけじゃ、それではじゃあのぅ〜!」
そう言って神さまは段々と消えていった。
「ったく、本当にふざけた神さまだぜ! まったくよ〜!」
神さまがいなくなって、薄暗くなった場所に一人残った紅羽は周りを見渡した。
「この場所、薄暗くてよく見えないからな。さっき神さまから貰った力を早速試してみるか!」
紅羽は自分の真上に手を伸ばしてこう叫んだ。
「光!」
そう叫んだ瞬間、真上に伸ばした手の上から光の玉が出てきて、紅羽の周りを明るく照らした。
「本当に俺が思った通りに光の玉が出てきた! やっぱり、この力は便利だな! 神さまに貰っといて正解だったな!」
紅羽は光の玉のお陰で明るくなった周りを再度見渡した。すると、さっきまで薄暗くて見えなかったこの場所の全体が分かるようになっていた。
「へぇ〜、ここはこんな壁画みたいな壁に囲まれた部屋みたいだな〜。そして、モンスターらしきものの姿もないし、神さまの言った通り安全部屋らしいな!」
紅羽がいるこの場所は、辺り一面の壁に何かしら絵や文字が描かれていた。描かれている文字は紅羽たちが元いた世界のものではないようだ。
しばらく周りを見渡していた紅羽だったが、何か見つけたのか、壁の方へとおもむろに歩き始めた。紅羽が壁まで歩いていくとそこには、人一人が倒れそうなくらいの穴が開いていた。
「そうか、神さまに落とされてこの穴のとこからここに入ってきたのか〜! じゃあ、ここから外に出られるんじゃないか〜?」
そう言って紅羽が穴に触れようとした瞬間、急に穴が塞がってしまった。
「そう簡単には、外に出してもらえないか〜。」
再度見渡してみても出口らしきものは何もない。紅羽はその場に座り込んで出られる方法を考えることにした。
しばらく考え込んでいた紅羽は何か思いついたのか、立ち上がり振り返って壁に手を当てて叫んだ。
「扉!」
紅羽がそう叫ぶと壁が徐々に扉へと変化していった。
「思った通り、この部屋はこの力がないと出られない仕組みになっていたんだ! あの神さまが考えそうなことだな! 俺が力を受け取るのを断ればここから出られなかっただろう!」
この部屋は神さまがこの迷宮内に作った本当は存在しない部屋だったのだ。
「それじゃ、行くとするか!」
紅羽は両手を押し当てて扉を開いていった。こうしてやっと、紅羽はこの世界、リベルセリアでの本当の一歩を踏み出したのであった。
一方その頃、怜空はというと……