一般文芸っぽく書く異世界転移の物語
「簡単な表現を、わざわざ面倒くさい表現にしてる」とマンガの中で偏屈な少女が一般文芸書籍に対して言っていました。
「なんとなく納得!」と思い、逆に面倒くさい表現で異世界テンプレを書いてみることを思いつくのだった。
煙雨により、ただでさえ陰陰滅滅とした昼過ぎがさらに沈鬱な趣を醸し出している。
見る人によっては情景として完成された景色なのかもしれないが、今の私にはただ暗いとしか映らないような景色。
「聞いておるのかね――」
私の目は一瞬だけその景色に移っただけだったはずだが面前の人物はそれを良しとはしなかった。
「申し訳ございません。」
この座りながら見下す人物に自分の頭頂部を向けるよう深々と頭を下げると、少し満足したように再び4度目となる同じ文句を私に浴びせかけ始め、私は頭を下げたままその言葉に耐える。気分は今しがた目にした窓の外の景色のような仄暗さに占められる念いがした。
こういった感情に捉われる原因は、目の前の人物の叱責が当人の憂さ晴らしでしかない事を私が理解しているからだ。愛ある叱責、指導であるならば、こうはなるまい。
鬱憤を晴らす為だけの道具として使われ続けると、自分と言う存在に対する価値観が揺らぐのを感じずにはいられない。
努力に努力を重ね一流と謳われる大学を出て大企業の冠を持つ企業に就職し、地位ある上司のストレス解消の道具となった。誰でもこなせるような仕事を投げつけられても熟し、そして多くの時間を上司に誹られる。それが私の給料を得る為の労働なのだろうか。
最も重要な私の仕事は『意思あるサンドバッグ』という存在になる事なのだろうか。
「水谷君。
私が何故ここまで言うかわかるだろう? 期待しているんだよ。君には――」
期待されているのは重々わかる。
この人物は『今後ともストレス発散に都合のいい立場でいる』ように期待しているのだ。
「有難うございます。ご期待に沿えるよう尽力してまいります。」
社交辞令という名の心にもない言葉と笑顔を返してデスクに戻ると、そこでようやく解放された喜びを感じる。
そして同時に不仕合せな立場に対する行き場のない気持ちも沸き起こり、振り当てられた仕事が手につかなくなる。
動かない精神と手。最近はこうなる頻度が増してきた。
「大丈夫ですか? お昼もまだですよね?」
「あぁ……遠藤さん。そういえばそうでした。」
しっかりとしたスーツを身に纏ったわりに小柄な体躯。その雰囲気がどこか可愛気を感じさせる女性。
デスクが近い事もあり、気遣った声をかけてくれる事も多い。
「何か食べないと身体に毒ですよ?
今の時間でしたら空いている店も多いですから食事に向かわれたらいかがですか?」
「お気遣い有難うございます。
ただこの量だと残業になってしまいそうですから……区切りまでやってから食事にしたいと思います。」
人間味のある言葉のおかげで動く原動力を取り戻し仕事へと取りかかるのだった。
――思った以上に量があったな。
少しの残業で仕事を熟し伸びをすると腹が鳴った。雨の様子を伺おうと外に目を向ければまるで鎌首をもたげたような曇天。雨が上がった分だけ幸運なのかもしれないと息をつき、家路につこうと背もたれにかけたジャケットを羽織り会社を後にする。
空模様と相談するように雲を眺め、駅に向けて歩みを進めると程なくして頬に一滴の冷たさ。厄日を思い少し足の速度を速めようと周りを伺ったその時、無意識の目が見つけてしまった。
私を道具として扱っている男の車が走り去るのを――その助手席に楽しそうな遠藤さんを乗せて。
想像していた以上の衝撃をうけ、私はしばし呆然と当たる水滴の量が増えるのも構わず立ちすくむ。
子供じゃあるまいしと気を取り直し駅へと向かう。だがホームに立つとどうしてもこの後2人がどのような行動をとるのかが想像されてしまう。
そしてあの女性を自分が好いていた事に気が付いてしまった――
ホームに入り始める電車。
日々の無意味さ、私という存在の無意義さから、止まらない電車に乗ろうと私の足は勝手に動いていた。
「その命。要らぬのなら貰おう。」
大きく響き渡る声に私は自我を取り戻す。
首を振ると目の前には電車。そして私に目線を向け口を少しだけ開いた人達。
自分が進んで電車の前に躍り出ているような現状に仰天しつつ、私は気が付いた。電車も人もまるで凍りついたように動かなくなっている事に。
私自身も上半身は動いたが、躍り出た下半身は固まったように動かなくなっている。
「どうした?」
またも大きく響き渡る声。
混乱と今更湧き上がった死の恐怖から私は叫ぶ!
「なんなんだ!」
途端、水滴を打った水面のように私の見ている景色が一拍歪む。歪んだ景色は底から水が沸くように歪みを加速させ、視界に移る全てが歪みに歪む。そしてその歪みから黒い影が沸きだし私の叫び声も何もかもを黒い影に飲み込まれていく。
次に目を開いたその時、私の目の前にはただひたすら影だけ。声を放とうとしても響かない。揺らぐ空気がないように確かに声を発しているのになにも聞こえてこない。
「命が要らぬのではないのか?」
影の中に光点が生まれ、そこから声が響いていた。
「死にたくない。」
光点が出来た瞬間に自分も声を出せるようになっていた。
「死のうとしていたではないか。」
「自分でも何をしようとしたか分からない! どうしてこうなったのかも! それでも私は死にたくない! 生きていたい!」
咄嗟に叫ぶ。心の奥底から漏れでた本心であり、発した言葉に嘘偽りは無かった。
「分かった。」
一瞬とも一生とも感じられるような時間の後、声が響く。どこか優しい色を含んでいるように耳に残った。
「だが、しかしてお前は死んだ。その事実は変わらぬ。」
影に飲まれる前。目の前にあった光景を思い出す。あれは間違いなく私は電車に飛び込んだのだろう。自殺だ。
自分で死のうとしておいて生きたいと願うなど、どれほどに滑稽なのだろう。まるで道化師だ。
「相反する意識を持ったお前に興味を持った。違う世界にて生かしてやろう。」
「違う世界……だと?」
途端、光点がポツリポツリと四方八方に生まれ始める。
やがてプラネタリウムでも見ているかのような宇宙を想起させる景色へと変貌した。
「左様。この宇宙におけるお前の住む地球など海岸の砂粒の一つのようなもの。
そしてその一粒の中のお前の生き死になど我にはいかようにもできる。」
声の主の言葉を発すると、生まれた宇宙空間がさらに圧縮されていき、そして海岸へと変貌を遂げる。そこで一人の青年が一粒の砂を左手に乗せていた。
「あなたが……」
自分自身が何を言おうとしたのかは不明だが、不思議と青年を前にして安心感を覚える。
「元の砂粒にお前を戻したとて、お前は救われん。であれば別の砂粒へ移してやろう。」
「有難うございます。」
聞こえてくる波の音と共に心地よく響く声に逆らう事は出来ない。青年の足元に跪き、ただ礼の言葉を口にする。
「なに、ただの気まぐれよ。
そして我が手を貸してしまった故に、なにかお前が変化するかもしれんが、それも一興。」
その言葉と同時に口元が微かに微笑みを浮かべる。
波の音が突如消えると同時に、右手に乗せている別の砂粒を中心として爆発するように広がりはじめる宇宙空間のような景色。中心の砂粒はどんどんとその大きさを変え続け、やがて地球のような青色を帯び、さらにどんどんと大きさを増してゆく。迫り続けるように巨大化する砂粒に恐怖を覚え私は思わず目を閉じた。
次の瞬間、私は頬を撫でる風を感じる。
重力を感じ、鼻を擽る草木の濃い香り。広がる自然の青々とした輝き。
スーツ姿のままこれまで見ていたモノが幻想か幻かを問うが答えはでない。自分が今立っている場所が私にとっての現実なのだろう。
目を閉じ、大きく息を吸う。
私は死のうとした。だが今は生きている。
この事実があるのだ。今度こそ一生懸命に生きてみようと爽やかな草原の上、新たな一生を決意し、そして歩み出そうとした。その時――
女性の叫び声が響く。
聞き慣れない悲鳴に恐れを覚え情報を仕入れようと叫び声のした方に目を向けると、馬車のような物が数人の男達に襲われようとしているのが目に入った。距離は700メートルは離れているだろうに、はっきりと男達の無精ひげまで確認でき、私は視力の変化に戸惑う。
だがそれ以上に剣のような物を手に持つ男達に見つかっては何をされるか分からない。すぐに岩陰に隠れようと足を動かす。
「うわっ」
声が遅れる程の速度で私は、岩にぶつかっていた。
そしてぶつかった岩からはまるで固豆腐にでもぶつかったのように感じられる程の衝撃しか受けなかった。
自身の変化に戸惑いつつも、私が固豆腐のように感じようが岩は岩でしかなかったようで、激しい衝撃を受けた岩は大きな音を立てながら割れ、そして壊れた。
崩れる岩の奏でる音にも驚くが、それ以上に間違いなく男達に見つかってしまう。そう思い男達を見ればやはり襲撃の手を止め、その視線の全てが私の方へと向けられていた。
剣がこちらを向く恐怖から私はくだけた岩の欠片を手にし、そして投げる。
明後日の方向へと飛んでいくが、その石は『弾丸』と言っても過言ではない速度で飛んでいた。
異常の極みに至る事態に混乱しつつも『なにかお前が変化するかもしれんが、それも一興』と言った青年の言葉を思い出し、確実に自分自身になんらかの変化が起きてしまっている事を否応なく理解した。
そして、改めて男達と襲われている馬車に目を向ける。
その馬車には年端もいかない少女が乗っているように見えた。
「私は……一生懸命に生きると決めたんだ!
今度こそは、私は……いや、俺は! 思うままに生きてやる!」
今、伝説の男の運命がはじまった。
「投げっぱなし」
そんな終わり方も一般文芸にありがちだよね。
なんて思っていたりする。