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第九十話

 元治元年 四月二十二日 未明


 暗闇に包まれた京の空が赤く染まり、静まり返っていた町には火事を知らせる警鐘の音が響き渡る。


 それは壬生にいた近藤の耳にも届き、いつもなら寝静まっているはずの屯所内でも隊士たちが慌ただしく走り回っていた。



 現在でも有名な花街、祇園。

 そのすぐ近くにある木屋町で突然火の手は上がった。


 深夜の静まり返った街には、取るものもとりあえず大慌てで逃げ出した人々で溢れかえり、まるで戦場のような混乱に見舞われている。


 燃え盛る炎。

 焼け崩れる建物。


 飛び交う怒号。

 人の悲鳴。


 皆が少しでも遠くに離れようとする中。

 壬生から取り急ぎ駆けつけた新撰組の面々は、人の流れに逆らうようにして木屋町方向へと突き進む。


 「永倉、原田たちは火消しを手伝えっ!源さんと平助たちは表通りの人の誘導をっ!総司と斉藤たちは裏通りだっ!」

 「「「「承知っ!」」」」


 的確に指示を出す土方。

 それを聞き終えると同時に方々に散らばる隊士。

 その背中に近藤の声が響く。


 「最優先は人命救助だっ!それ以外の余計なことは考えるなっ!!」

 「「「「承知っ!!」」」」


 皆の背中を見送った近藤と土方は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく頷き合い燃え盛る炎に向かって走り出す。




 「皆さ〜んっ!落ち着いてゆっくり進んで下さぁ〜いっ!!」

 「押すと危ないですからね!安全なところまでご案内しますから、落ち着いてっ!」

 藤堂と井上が必死に叫びながら誘導するが、混乱状態(パニック)に陥っている人々の耳にはなかなか届かない。


 それぞれが我先に、と進もうとする群集の前では成す術もなく・・・・・・藤堂たちの声は掻き消されてしまう。

 それでも二人をはじめとする新撰組隊士は、根気良く誘導を続けていた。


 そんな中。

 ひとりの少女が人の群れから(はじ)き出されるようにして、藤堂の目の前に飛び出す。

 胸には大切そうに三味線を抱き、道端に倒れ込む少女。


 「だ、大丈夫ですかっ!?ちょ、っと押さないでっっ!!のわぁっ!!」

 慌てて駆け寄った藤堂が、押し潰されそうになる少女を守ろうと転がるようにして(おお)いかぶさる。

 「きゃっ!」

 なんの前触れもなく自分の身体に突然重みを感じた少女は、怯えながらも身を小さくしてうずくまっていた。


 「わぁ!?ご、ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」

 慌てて少女の上から飛び退いた藤堂が少女に向かって手を伸ばす。

 だが、目の前に出されたその手を少女が掴むことはなかった。


 「む、娘さん?」

 ピクリとも動こうとしない少女を目の前に、藤堂は焦ったように肩に手を置きその顔を覗き込む。

 「どこか痛みますか?」


 その場にしゃがみ込み、視線を合わせようとする藤堂。

 だがその視線がかみ合うことは無かった。

 「・・・・・・いえ」


 「立て、ますか?」

 「へ、へぇ。転んでしもうただけどす・・・・・・」

 そう言って立ち上がろうとする少女だったが、その瞳には藤堂はおろか何も映ってはいない。

 それに気づいた藤堂が、そっと少女の手を取る。


 「!?」

 突然感じた手の温もりに、少女の身体が固くなる。

 「あの、安全なところまでご案内しますから。少しの間だけ我慢してくださいね」

 申し訳なさそうな顔をする藤堂だったが、もちろんその表情が少女に見えるわけではない。


 だが。手のひらから伝わる優しさに安心したのか、少女は頬を緩めた。

 「どなたはんかは存じまへんけど・・・・・・おおきに」

 「い、いえ。あっ、足元に気をつけてくださいね?」


 少女の手を取った藤堂だったが、ふとその視線は大切そうに抱えられている三味線にとまる。


 「あ、あの。それ・・・・持ちましょうか?」

 「大丈夫どす。これはうちの商売道具どすさかい、自分で」

 「お弾きになるのですか?」

 「へぇ。目をやられたうちにとって、これが唯一出来るおマンマの種どす。良かったら今度聞きに来ておくれやすな?・・・・・・と、言うても暫くは商売にならしまへんなぁ」

 

 花が開くかのようにフワリと微笑む少女に、藤堂は頬を赤らめ歩き出す。

 なるべく人の少ない歩きやすい道を選びながら。

 ゆっくりと。




 その頃。

 現場へと向かっていた永倉と原田たちは、なにか()めている人だかりを見つけていた。


 「お、おいっ!何やってんだ!?」

 駆け寄った永倉が近くにいた火消しに声を掛ける。

 「俺にも良くわからんが、現場は目の前やて言うのに前に進めん。はよ行かな隣に燃え移るかもしれんっ!!」

 吐き捨てるような火消しの言葉に、永倉の顔色が変わる。


 「なんだとっ!?一体前で何やってやがるんだっ!?」

 「そんなん、こっちが知りたいわ!!」

 「チッ、なんだってんだっ?」

 苛立ちを隠せない火消したちの様子に、原田も舌打ちをする。


 「ここでこうしてても始まらねぇ。おい、左之っ!前に進むぞ」

 隣で必死に背伸びし、前を見ようとしている原田にそう告げると永倉は人の間を割って入って行く。

 「あっ、おい、待ってくれよっ!八っぁん」


 「ちょっと、御免よ。通してくれや」

 人だかりを押しのけ無理に通ろうとする永倉。

 当然。野次馬の中にいた火消しから怒号を浴びせられる。


 「おいっ!何や?あんたっ!?素人は下がってろっ!!」

 火消しの鍛えられた太い腕が永倉を押し返すが、それぐらいで引っ込むような男ではない。

 「俺は新撰組の永倉だっ!!チンタラやってるおメェらの加勢に来たんだっ!?無理にでも通してもらうぜっ!!」


 「何っ?新撰組やて!?」

 「新撰組!?」

 永倉の言葉にまわりの火消しが一瞬(ひる)む。

 と、同時に一番前で揉めていた集団の一人が永倉たちの方を見て顔色を変えた。


 「!!新撰組っ!?」

 その男は小さく呟くと隣にいた仲間らしき男の腕を掴む。

 「おい、逃げるぞっ!!」


 ほんの数秒のことだったが、永倉と原田の目にはしっかり留まっていた。

 「おい、左之っ!」

 「あぁ、八っぁん!!」


 逃げる男たちから視線を外すことなく二人は互いの名を呼ぶと、群衆を掻き分けるようにして走り出そうと足に力を込める。


 「待ちやがれっ!!おいっ!誰かそいつらを捕まえろっ!!」

 永倉はありったけの大声で叫ぶが、野次馬たちは捕まえるどころか必死の形相で向かってくる男たちを思わず()けてしまう。


 「コラーッ!!待ちやがれっ!!」

 人の波を掻き分け抜け出そうとする永倉と原田だったが、不審な男たちがその場を離れたことで消火に入ろうとする火消したちに行く手を(はば)まれ思うように動けない。


 「チックショーっ!!誰かあいつらを止めてくれーっっ!!」

 懇願にも似た永倉の叫び。

 その声は燃え盛る炎が掻き消し、京の空に虚しく響いていた。




 同じ頃。

 裏手にまわっていた総司と銀三たちは、逃げ遅れている者がいないか手分けして確認していた。

 と、その時。


 「ん?」

 ふと足を止めた銀三。

 それにつられて総司も足を止める。


 「どうかしました?斉藤さん?」

 「あっ、いや・・・・・・永倉さんの声が聞こえたような・・・・・・・」

 「えっ?」


 そう言って表通りに駆け寄った銀三。

 その視界に不審な男たちの姿が入る。

 逃げようとする人を押しのけ、明らかに後ろを気にしながら走る男。


 見ようによれば火事から逃げているようにも見えるが、銀三の勘が『違う』と告げる。

 「沖田さん」

 「えぇ」


 銀三の呼びかけに、静かに答えた総司。

 それは、総司も同じことを感じていることを表していた。


 二人は静かに通りに立つと、走ってくる男たちを真正面から見据える。

 その表情は静かだが、身体からは「これでもか」というほどの殺気が(にじ)み出ている。

 普通の人ならばそれだけで足が(すく)んで動けなくなるほどだが、逃げることで精一杯の男たちは構わず突っ込んでくる。


 「どけーーーっ!!」

 「死にてぇのかっ!!」

 口々に叫ぶ男たちに、総司はふっと口元を緩める。


 「・・・・・・だ、そうですよ。斉藤さん?」

 「全く・・・・・・命知らずとはああいう(やから)のことを言うのでしょうね」

 楽しげにも見える総司の横顔を見ながら、呆れ顔の銀三。


 「ですが、どうやら斬るわけにはいかないですね。何か知ってそうですし」

 「そのようです・・・・・・あっ、永倉さんと原田さん」

 向かってくる男たちの肩越しには、人ごみを掻き分けジタバタもがく二人の姿。


 「あはっ、ほんとですねぇ。あれじゃ、どっちが不審者かわからないや」

 相変わらず軽い口調のままで辛口発言を続ける総司。

 それを聞き苦笑いを浮かべた銀三は腰の愛刀に手を掛けた。



 目を血走らせて向かってくる方と、冷静にそれを待ち受け余裕すらみせる方。

 どちらに軍配が上がるか・・・・・・など、一目瞭然である。



 不審な二人の捕縛(ほばく)にあっさりと成功した総司と銀三の元に、永倉たちが駆け寄ったのは・・・・・・そのすぐ後のことだった。


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