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第八十六話

 元治元年 3月中旬


 「夜は木津屋で合流だからな?忘れるんじゃねぇぞ?」

 「わかってますってばぁ。そんなに何度も言うなんて・・・・・・まるで母親みたいですね、土方さん・・・・・・あ、違うなぁ。どちらかと言えば小姑の方が近いか」

 「なんだとっ!?」


 朝食(あさげ)を終えた総司が出掛ける用意をしていると、土方が部屋の前で腕を組みながらその様子を見つめる。

 昨夜から何度も念押しする様は・・・・・・総司の言うとおりまるで小姑だ。


 「心配しなくても大丈夫ですよ。土方さんとの約束ならうっかり(・・・・)忘れてしまうかもしれませんが・・・・・・今日は富沢さんも来られるんでしょう?絶対に忘れませんって」

 「俺が相手ならうっかりじゃなくて、わざと(・・・)忘れるんだろ?お前はよ?」

 「あ、バレました?」

 悪びれることもなくペロリと舌を出す総司に、土方は拳を振り上げてみせる。


 「てめぇっ!コラッ、総司っ!!」

 「きゃーーーっ!鬼が怒ったぁぁぁぁ」

 「待ちやがれっ!!」


 逃げる総司に追う土方。

 それはいつもと変わらない平和な日常。

 通りがかった隊士たちも慣れているのか、楽しそうに笑って見ている。


 そして。

 玄関先で総司を待っていた近藤とあかねは・・・・・・。


 バタバタと走る足音が近づいてくるのを聞きながら「またやってる」とばかりに顔を見合わせ、笑みを浮かべていた。




 「お前は本当に、トシをからかうのが好きだな?」

 「だって。いっつも難しい顔ばっかりしてるんですもん。たまには息抜きさせてあげないと気が休まらないでしょ?それに・・・・・・からかい甲斐があって面白いですし」

 「ま、後者が本音だな」

 楽しげに話す総司に、呆れ顔の近藤。


 「ふふっ。それに、わたししか土方さんをからかえないでしょ?」

 「それは・・・・・・そうだな」

 「さすが、良く理解していらっしゃいますね?」

 妙な納得をする近藤に、あかねも(たま)らず笑みを零す。


 「こう見えて、土方さんのこと大好きですからねぇ。あっ、でも本人に言うとすっごく嫌そうな顔してましたけど・・・・・・あんなに照れるなんて、可愛いトコありますよねぇ?」

 ケラケラ笑って言い放つ総司に、さすがのあかねも少し驚きの表情を見せる。


 「・・・・・・新撰組の中で副長を可愛いと言い切れるのは・・・・・・兄さまだけでしょうね」

 「あかねくんの言うとおりだな」

 「そうですか?」


 苦笑いを浮かべる近藤とあかね。

 そんな二人を見て総司は楽しそうに笑っていた。



 「今日はいつも以上に楽しそうですね?兄さまはそんなに桜がお好きなのですか?」

 「やだなぁ、あかねさん。桜が好きなのではなく、大好きなお二人と一緒に桜を見れるのが嬉しいんじゃないですか」

 「兄さま」


 「こうやって好きなものだけに囲まれて穏やかな時間を過ごす・・・・・・これを幸せと言わずに何と言うのです?・・・・・・あっ、おじさん!お団子みっつ包んでくださぁい」

 真面目な話をしていたかと思うと、突然団子屋に向かって走って行く総司。

 その後姿だけではしゃいでいるのが充分伝わってくる。


 「・・・・・・総司の場合は花より団子、だな」

 「ふふっ、本当に」

 「まるで子供に戻ったみたいだな」

 「では、さしずめ局長は・・・・・・お父上、と言ったところでしょうか?」

 「いやいや、そこは兄上と言って欲しいところだね」

 「あははは」


 あかねが見せる屈託のない笑顔。

 その表情に近藤は心を奪われてしまう。


 日ごとに増す想い。

 それはどんなに抑えようとしても簡単に溢れ出す。

 顔を見なければ胸が苦しくなる。

 顔を見ても苦しくなる。


 けれど。

 それが嫌な痛みではないことを知っている。

 切ない想いが心の大半を占めても、その苦しさが心地いい。


 「重症だな・・・・・・・わたしは」

 ポツリと呟いた近藤の心の言葉は。

 優しく吹く春の風がかき消し、誰の耳にも届くことはなかった。




 花見に出かけた近藤たちを見送った土方は、その足で山南の部屋を訪れていた。


 「先日は永倉くんたちの活躍もあって、浪士たちを数名捕縛出来ましたが・・・・・・結局口を割らずじまいで・・・・・・」

 「あぁ。まるでトカゲの尻尾切りだな。次から次へと湧いてきやがるからキリがねぇ」

 「確かに・・・・・・わかることといえば・・・・・・何か企んでいるだろう、ということぐらいですからね」


 難しい顔をつき合わせて腕を組む二人。

 今の段階では何もわからない、ということがわかっているだけでは手の打ちようもないのだ。


 「頼みの綱は監察方ってぇことになるが・・・・・・」

 「そうですねぇ」

 「・・・・・・あとは花街からの情報だな」


 土方の何気ない言葉に山南は固まる。

 それを見逃すような土方ではない。


 「なんだ、最近会ってないのか?明里とかいう馴染みの(おんな)と・・・・・・」

 「え、えぇ。ここのところ忙しかったので」

 「ふ〜ん。まぁ、俺が口出すことじゃねぇしな・・・・・・仕方ねぇ今夜は久しぶりに島原に泊まることにするか・・・・・・・あぁ、そうだ。今日は別の用件もあったんだ」


 「なんです?」

 「あんたの肩書き、副長から総長にしようと思うんだが・・・・・・どうだ?」

 「総長?」


 「あぁ。新体制として局長、総長、副長の三役に変えるのはどうかと思ってな。芹沢さんたちの抜けた穴を別の奴で埋めるわけにはいかねぇだろ?だったら体制を変えるのが一番自然だと思ってな。あんたは近藤さんの頭脳補佐、俺は現場指揮。今までと何も変わらねぇが、わかり易くていいかと思ってな」


 土方はハッキリと口に出さないが。

 それとなく山南を現場に出なくていいような肩書きを新しく創り出したのは明らかだ。


 それは誰でもなく。

 山南のため。


 誰にも気づかれることなく刀を下ろさせ。

 それでいて不自然さを感じさせない重要な役職(ポスト)


 山南の腕を気遣った土方が、考えに考えて出した山南の居場所。

 刀を持つことが出来なくても。

 新撰組に必要だ、と。


 それを示した、土方の答えだ。

 土方の考えを読み取った山南は、その提案を素直に受け入れる。


 「ありがとう、土方くん」

 「あん?礼を言われるようなことはしてねぇぞ」

 「そうですね。でも・・・・・・ありがとう」


 噛み締めるような山南の言葉に、土方は照れ臭いのか視線を逸らしながら小さく頷く。




 その頃。


 花見に出掛けていたあかね達はというと・・・・・・



 朝からはしゃいでいた総司は、早くも疲れてしまったのか、桜の木の下で気持ち良さそうに寝息を立てていた。


 その右側にはあかねが座り、ただ静かに風に舞う桜をぼんやりと見ている。

 そして。

 総司の左側に座っている近藤は・・・・・・そんなあかねの横顔をそっと見守っていた。



 「桜というのは・・・・・・何故こんなにも人の心を惹き付けるのでしょうか?やはり、散り逝く姿が美しいと・・・・・・儚い命と知りながら花を咲かせるからでしょうか?」

 「うーん、確かにそれもあるかもしれないね・・・・・・でも、わたしは少し違うかな」


 「というと?」

 違うと言った近藤に、あかねは驚いたような視線を送る。


 「花の命は確かに短い。けれど、この花を咲かせるために暑い夏も寒い冬も耐えてきたんだ。それって凄く力強く感じられないかい?耐えている時間があるからこその美しさだと、わたしはいつも思う。だから桜を見ると自分も頑張ろうって思えるんだ。たとえ今が辛い冬だとしても、きっと春がくるってね」

 そう言って笑った近藤の顔が、あかねにはとても眩しく映る。


 「局長はやっぱり凄いです」

 空を見上げてしみじみと呟くあかね。


 「ん?何がだい?」

 「私は今まで桜を見て、美しいとか、散る姿が哀しいとしか思いませんでした。桜の木から力強さを学ぶなど…考えもしませんでした。だから・・・・・・やっぱり局長は凄いです」


 曇りのない真っ直ぐな瞳を向けるあかねに、近藤は少し顔を赤くする。


 「わたしは・・・・・・あかね君も充分凄いと思うよ?」

 「えっ?」

 「君の存在は総司に生きる理由を与えた・・・・・・わたしには出来なかったことだ」

 「でも、兄さまにとって局長は・・・・・・」


 「あぁ・・・・・・命を懸ける存在・・・・・・だが、それは生きる理由ではなく命を捨てる理由でしかない」

 「そんなことは・・・・・・」

 「いや、そうだってことは君も気づいているはずだよ?」

 「・・・・・・」


 「でも・・・・・・最近はそれでいいと、思えるようになったよ。あかね君のおかげでね。だから・・・・・・出来る限りこのまま総司の傍に居て欲しい」

 「もちろんです。私の居場所は兄さまの傍でしかないと、ずっと傍にいたいと・・・・・・私の願いはそれだけです」


 そう言って笑みを交わす二人の間で、眠っている総司の顔が嬉しそうに緩んでいた。


 まるで。

 とても幸せな夢でも見ているかのように。


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