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第八十五話

 2月11日。

 兼ねてから話があった通り、会津藩主松平容保公が長州討伐に向け陸軍総裁職(軍事総裁職)に着任。


 そして。

 同15日。

 松平慶永公が正式に京都守護職に着任。


 と、同時に。

 京の町では『新撰組が新守護職の慶永公の命を狙っている』などというデマが密かに流れていたが、もちろん近藤にその気があるわけでもなく。

 新撰組は何も変わることなく、日々の任務にあたっていた。



 その5日後―。

 元号が文久から元治へと改元され・・・・・・

 ここに元治元年が始まった。


 と、言っても何か生活が変わるわけではない。

 もちろんだが。

 突然、乱れていた国内が治まるわけでもない。


 人々は昨日と変わらない日を過ごし、一日を終えていく。

 それは新撰組も同じだ。




 2月も終わりに近づき。

 少しづつ春の(きざ)しが見えはじめたこの頃。


 全身に陽射しを浴びながら庭先に立っていた総司が、大きく伸びをする。

 「もう春ですねぇ〜」

 暖かい春を思わせる陽気と同様、呑気な総司の言葉。

 縁側に座り胡座(あぐら)を掻いていた土方は、当然のことながら脱力する。


 「相変わらず呑気でいいよな、おメェはよぉ・・・・・・」

 呆れた表情を浮かべた土方の鼻先に、桃の香が(かす)かに届く。

 春はもうすぐだ、とでもいうかのように。


 「そろそろお花見計画を立てなきゃ」

 「花見ぃ!?」

 突然。

 ウキウキと楽しそうに話す総司に(いぶか)るような視線を向ける土方。

 だが、すぐに全てを見透かしたかのような笑みに変わる。


 「あかねと約束でもしてるのか?」

 ニヤリ。と口の端を上げる土方に、総司は心底嫌そうな顔を向ける。

 「土方さんはついて来ないで下さいよぉ?」


 「ハンッ、お前らみてぇなガキと何が嬉しくて花見なんぞ・・・・・・そこに酒と(おんな)がいるってぇなら別だが、な」

 小馬鹿にしたように鼻で笑う土方。

 それを横目に総司はげんなりとした表情を浮かべ・・・・・・溜め息を吐く。


 「土方さんみたいに不純な動機しか持たない人と見たら、折角の桜が色()せてしまいますよ」

 「けっ、言ってろ。俺からすりゃぁ、酒も飲まずに桜を見たって何が楽しいんだかわかりゃしねぇよ」

 「あ〜、やだやだ。こんな大人にはなりたくないですぅ」

 肩を(すく)めて首をイヤイヤと振る総司。


 「おっ・・・・・・と、待てよ?・・・・・・花見の宴か・・・・・・いいじゃねぇか、それ。花は桜木、人は武士って言うぐらいだからな」

 ブツブツと独り呟く土方に総司は怪訝(けげん)は視線を向ける。


 「まぁた、何か悪巧みですかぁ?」

 「ばーか、違げぇよ。富沢さんに京の桜でもどうかと思ってよ。土産話ぐれぇにはなるだろうよ」

 「あぁ、富沢さんとですか。それは名案ですね!」

 ポンッと手を打って、嬉しそうに答えた総司が土方の隣に腰を下ろす。


 「当然、お前も来るんだぞ?」

 「えぇ、もちろん!富沢さんとの酒宴なら喜んでお供しますよ」

 「・・・・・・なぁんか引っかかる言い方だな・・・・・・まぁ、いいが」

 総司の言葉に土方は眉間にシワを寄せながらも、諦めたような笑みを浮かべる。



 富沢とは日野蓮光寺村名主で近藤たちとは試衛館の頃から親交のある、云わば良き理解者とでも言えば良いだろうか?

 上洛の時から資金面はもちろん、いろいろと世話になっている恩人だ。


 今の自分たちでは出来ることも少ないが、たまには感謝の気持ちを表す意味を込めてもてなしたいと考えていた土方にとっては絶好の機会といえよう。


 いつもは呑気な総司に(げき)を飛ばすばかりの土方だったが、この日ばかりは総司を褒めてやろうかと思ったほどだ。

 ・・・・・・実際にはしないのだが。



 「花は桜木、人は武士・・・・・・どちらも散り際の(いさぎよ)さを表しているんでしょうか?」

 ふいにポツリ。と呟く総司に、土方は眉を上げ視線を向ける。


 「・・・・・・そうだな。俺たちの散り際はどうだろうな・・・・・・桜のように一瞬でも輝いて人の目を楽しませて散ることが出来るか・・・・・・ま、今の俺たちじゃ到底桜にはなれねぇが」

 「珍しく謙虚なこと言いますね?自信家の土方さんらしくもない」

 思いがけず神妙な顔をする土方に、総司は驚いたように目を丸くする。


 「まぁ、たまには・・・・な。ところで、その花見・・・・・・近藤さんも連れて行け」

 「?もちろんいいですけど?」

 了承の言葉を述べてはいたが、総司の顔には「どうして?」と書いてある。


 「たまには息抜きも必要だろ?折角の有馬も俺が呼び戻しちまったからな・・・・・・まぁ、供がお前じゃ気は抜けないだろうが・・・・・・気晴らしにはなるだろうぜ?」

 「ヒドイなぁ、土方さん。でも、あかねさんも一緒ですし・・・・・・先生も喜んで下さいますよね」

 にこにこしながら空を見上げた総司の横顔を、今度は土方がポカンと眺めていた。


 そういうことには(うと)いハズの総司が、まるで近藤の気持ちに気づいているかのような言葉。


 「お、まえ・・・・・・?」

 「何しろ今年はあかねさんが桜の名所に案内してくれるんですよ?去年はなんだかんだでゆっくり楽しめなかったですし・・・・・・先生にも京の桜を堪能して貰えるなんて、今から楽しみですねぇ」

 「あぁ・・・・・・そういう意味か・・・・・・」


 一瞬でも総司に期待した自分が情けない。

 ・・・・・・とでも言うかのように土方は額に手をあて大きな溜め息を吐く。



 「失礼しますっ!」

 ドタドタという足音と共に姿を見せたのは一人の隊士。

 それも永倉と共に巡察に出ていた者の一人だ。

 屯所まで走って来たのか、息も荒い。


 「どうした?」

 そう答えた土方の顔つきは、つい今まで総司と他愛もない会話をしていたとは思えないほど険しい顔つきだ。


 途端に張り詰めた空気が流れる。


 「申し上げますっ、永倉先生より応援要請です」

 「場所は?」

 「五条大橋付近です」


 「わかった・・・・・・総司。手の空いている者を何人か連れて、すぐに向かえ」

 「承知」

 土方と同じく表情を引き締めた総司は短く答え一礼すると、人選のためその場を離れる。


 「長州人か?」

 「いえ。はっきりそうとは言い切れませんが、永倉先生はその可能性もあると仰せでした」

 「人数は?」

 「6、7人です。内、2人は仕留めましたが他の者は方々に散った為、現在探索中です」


 「わかった」

 「では、わたしは戻ります」


 クルリ、と背を向け走り出そうとした隊士を土方が呼び止める。

 「・・・・・・待て」

 「は?」


 「総司が頭数を揃えるまでに水を一杯飲んでおけ」

 「は、はい!」

 「よし。それから・・・・・・出来るなら捕縛(ほばく)して連れ帰れ。無理なら斬ってもかまわん」

 「はい!承知しました」

 一礼すると隊士は井戸の方へと走り出す。


 その背中を見送りながら土方は煙管(きせる)を取り出した。


 (捕縛出来れば長州情勢も少しは把握出来る・・・・・・か。奴らが何を考えているかは知らんが、将軍在京中にコトを起こすつもりかもしれねぇな・・・・・・どうせ幕府の腰抜け侍じゃあてにはならねぇし、下手すりゃ邪魔になるかもしれねぇな。しかも邪魔にしかならねぇくせに口出ししやがるから始末が悪い。いっそ黙って指でも咥えて見ててくれりゃぁいいものを・・・・・・)


 心の中とは言え、散々悪態を吐いていた土方がふと空を見上げる。

 そこに広がっているのは先程と変わらない青い空。

 総司と話していたときと何も変わってはいない。


 それでも今の土方の目には色褪せて映る。

 まるで。

 血生臭い自分の心を映しているかのように。


 それに気づいた土方は自嘲気味な笑みを浮かべていた。


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