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第八十二話

 壬生 新撰組屯所



 「・・・・・・ホントに一日で戻ってきやがったぜ・・・・・・」

 土方は目の前に座るあかねと近藤の姿に目を丸くしながら、小さく呟いた。



 思い返せば昨夜のこと。

 有馬にいる近藤へ知らせを送ろうとしていた土方の元に姿を見せたのは、あかねだった。


 『自分に任せてくれれば、一日で連れ帰る』

 自信有り気なあかねの口調に、半信半疑ながらも任せることにしたが。

 本心では早くても二日は掛かるだろうと思っていたのだ。


 いくら馬を飛ばしたところで限度がある。

 到底、一日で往復出来る距離ではない。

 と思っていたのだが・・・・・・。


 あかねは言ったとおり戻ってきたのだ。

 たった一日で。

 もちろん近藤を連れて。

 驚かないわけがない。



 「なぁ、おぃ・・・・・・どんな手ぇ使ったんだ!?お前はよ?」

 「どんな手もなにも・・・・・・馬を使っただけですよ?ね、局長?」

 「あ、あぁ。確かに馬、だが・・・・・・スマン、とりあえず座らせてくれ・・・・・・まだ身体が揺れてるようだ」

 崩れるように座る近藤。


 「お、おい。大丈夫か?」

 支えようと手を伸ばした土方に「大丈夫だ」とでも言うように笑みを向ける近藤。


 「あぁ・・・・・・なんとか、な。しかし・・・・・・普通では考えられないほどの見事な走りだったよ。トシが信じられないのも・・・・・・まぁ、無理はないな」

 乾いた笑みを浮かべる近藤の顔は、見るからに疲れきっていた。


 「すみません、局長。あれ以外に方法がなかったもので」

 申し訳けなさそうな表情を見せるあかねに近藤が首を横に振る。

 「いやいや、あかね君が謝ることではないよ。君でなければ出来ない芸当だろうからね」


 近藤の疲れきった表情から無理をさせたこと(・・・・・・・・)だけは読み取れる。

 「・・・・・・まぁ、いい。無事に近藤さんが戻ったことの方が重要だからな・・・・・・ご苦労だった」

 普段はあまり聞くことのない、土方からの(ねぎら)いの言葉。

 その言葉にあかねは少しくすぐったい心地がしながらも、素直に笑みで返す。



 「それで、トシ?容保様は本当に?」

 あかねの淹れた熱いお茶を飲み一息ついた近藤が口を開く。


 「あぁ、どうやら事実のようだ。しかも今回は将軍後見職の一橋慶喜公からのご指名だそうだ・・・・・・何度も断ったが、断り切れなかったらしい」

 土方は渋い表情を浮かべ、自分たちが集めた情報を簡潔に報告する。



 腕を組んだまま話しを聞いていた近藤は、暫く沈黙し考え込む表情をしていたが。

 やがて・・・・・・一言。

 「そうか・・・・・・」


 「そうか、って・・・・・・あんたはそれでいいのか!?そんな簡単に納得出来るってぇのかっ!?」

 「トシ、落ち着け」

 「俺はいつでも落ち着いてるぜっ!!」


 当然ながら・・・・・・。

 言葉と行動が伴っていない土方が声を荒げる。

 

 「・・・・・・まぁ、いいから聞け。俺たちは京都守護職の御預じゃない。あくまで会津藩御預の身・・・・・・そして、会津藩主が変わったわけではない」

 「!!」

 近藤の言葉に二の句を告げられず押し黙ってしまった土方。


 「だろ?・・・・・・何も慌てることはない。とりあえず明日にでも容保様にお会いしてくるよ。話はそれからだ」

 「・・・・・・わかった。あんたに任せる」


 土方の顔つきは納得していないことを物語ってはいたが、近藤に押し切られる形で一応頷いて見せる。

 が、やはり納得出来なかったらしく・・・・・・。

 無言のまま部屋から出て行ってしまった。



 それは。

 その場で二人のやりとりを見ていたあかねも同じだった。



 近藤の言っていることは、確かに理屈としては合っている。ようにも思えるが・・・・・・

 単なる屁理屈にしか聞こえない。

 それがまかり通るとは・・・・・・到底思えない。


 それを判っていながらも近藤が言い切るのなら、何か考えがあるのかもしれない。

 土方にしても、それを見抜いているからこそ何も言わなかったのかもしれない。



 「君も、わたしの考えがよくわからない・・・・・・ていう顔だね」

 「っ!!そんなつもりは・・・・・・」

 「ははは、構わないさ。そんな屁理屈が通るなど、わたしも思ってはいないからね」

 「!!で、では、やはり何かお考えがあってのことで?」


 「考え・・・・・と言えるかはわからないが・・・・・・」

 静かに腕を組みなおした近藤がゆっくりと目を伏せる。



 「解散も辞さないつもりだ」

 (りん)とした声でハッキリと言い放った近藤の言葉に、あかねは耳を疑った。


 (か、い・・・・・・さん!?)

 その4文字が何度も頭の中に響く。

 あかねにとっては思いもよらない言葉。

 まして近藤の口から聞くことになるなど、夢にも思ってはいなかった。


 「我らは容保様に命を預けたのだ。幕府という大きなものでもなく、会津藩という藩にでもなく・・・・・・松平容保公という一個人に。たとえお立場が変わられたとしても、それは変わらない。それだけはどうしても譲ることは出来ない・・・・・・明日、容保様にもそう申し上げるつもりだ。それでも、どうあっても聞き入れて頂けないのであれば・・・・・・新撰組は解散する他ない」


 「そ、そんなっ!?」

 「わたしは幕府の為に、と思って上洛した。そして容保様と出会った。あんなにも固い忠誠心をお持ちのお方・・・・・・今の幕臣にはそうはいないと思ったよ。会津は将軍家のために命を散らすことを名誉だと思っている。幕府ではなく、徳川宗家の御為にだ・・・・・・そのようなお方になら命を預けられる、そう思って今日(こんにち)まで仕えてきた」


 「で、でも」

 「聞けば後任予定の松平慶永(春嶽)様は、将軍継嗣問題の際に一橋慶喜公を推され今は亡き井伊大老から蟄居(ちっきょ)を命じられていたとか・・・・・・そのようなお方が家茂公の為に本当に命を懸けて将軍家を守ろうと思われているかなど、信用出来ない。信用出来ぬ以上、大切な同志たちの命を預けることも出来ない。それならば、いっそ・・・・・・」


 「だから、解散なのですか?」

 「あぁ。皆が何と言うかはわからないが・・・・・・これがわたしの出した答えだ」

 「・・・・・・」



 迷いの無い瞳で言い切る近藤に、あかねは言葉を続けられない。

 沈黙が部屋を包み、(たま)りかねた近藤が口を開こうとした時。

 静かな口調のままであかねが顔を上げた。



 「ひとつ・・・・・・申し上げても宜しいでしょうか?」

 「あ、あぁ。なんだい?」

 「では、失礼を承知で申し上げます」

 真っ直ぐに近藤を見据えるあかねに、近藤は思わず生唾をゴクリと飲み込む。


 「貴方の仰る事は甘い。もし土方副長がこの場に()られればきっと同じ事を仰ったでしょう」

 「ははは・・・・・・そうだろうね」

 想像通りのあかねの言葉に、近藤は乾いた笑みを(こぼ)す。


 「・・・・・・なれど、私は・・・・・・そんな甘さが大好きです。幕臣ではないお方が、いえ・・・・・・たとえ幕臣であったとしても・・・・・・そこまでの忠誠心をお持ちのお方と出逢えたことに感謝致します。公方様が聞かれたらきっとお喜びになるでしょう」

 「あかね、くん・・・・・・」


 「そのお考え、今のお言葉、そのまま会津様にお話下さりませ。そこまでの強い想いをお持ちの方々を無下に切り捨てるような事は出来ない筈です」

 「君にそう言われると・・・・・・なんだか自信が湧いてきたよ」



 「ありがとう、あかねくん」

 少し照れくさそうな表情をしながらも、近藤は真っ直ぐにあかねを見つめていた。



 何よりも。

 耳に残ったのは「大好きです」と言われたこと。

 そんなつもりで言ったのでは無いとわかってはいても・・・・・・惚れた女に言われて嬉しく思わないわけがない。

 近藤はその言葉をひとり噛み締めながら、胸が高鳴るのを感じていた。


 気がつけば深夜に二人っきり。

 しかも部屋に流れるのは優しい空気。

 その些細なことがとても幸せな時間に思える。


 出来る事なら。

 このまま時間が止まればいいのに・・・・・・とさえ思えるほどだ。



 だが、その幸せな時間を割って入ったのは・・・・・・

 他の誰でもなく。

 総司だった。


 深夜とは到底思えないほどの明るい声と表情で。



 その瞬間。

 近藤がガックリと肩を落とした・・・・・・のは言うまでもない。



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