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第八十一話

 近藤が有馬へ行ってちょうど一週間。

 局長不在を何事もなく過ごせそうだと思っていた矢先。

 予期せぬ知らせが舞い込んだ。



 『会津藩主松平容保公に陸軍総裁職を任じ、京都守護職を免じる』



 それは新撰組にとっては寝耳に水。

 突然すぎる知らせに山南も土方も顔色を変えていた。


 その上。

 京都守護職は越前藩前藩主松平慶永(春嶽)が後任を務めるというのだ。




 「俺たちはどうなるんだっ!?なぁ、山南さんっ!!」

 動揺を隠せない土方が声を荒げる。

 「(あるじ)が変わる・・・・・・ということでしょうか?それとも解散?」

 考え込む仕草を見せながらも、その口からは最悪の状況が語られる。


 「んなっ!?」

 「有り得なくは、ないでしょう・・・・・・元々、我らのような寄せ集めを抱えるなど容保様以外には出来ぬこと。我らとて容保様だからこそ命を預けたと言っても過言ではないでしょう。何にせよ困りましたね・・・・・・局長は不在だというのに」

 「すぐに早馬をっ!」


 「そうですね。それが先決でしょう。お戻りになるのは早くても三日後・・・・・・それまで隊士たちの耳に入らない様にしなければ」

 「あ、あぁ。そうだな」



 山南が部屋から出て行くと、土方は大きな溜め息をひとつ吐く。

 落ち着きを取り戻すために手にした愛用の煙管を咥えてみるが、火を点ける気にはなれない。


 「・・・・・・・どうすりゃいいんだ・・・・・・・近藤さん」

 思わず漏れた呟きが静まり返った部屋の中に響き、より一層不安を駆り立てる。




 ― 翌早朝 ―


 休養の為に近藤が滞在している旅籠(はたご)には、あかねの姿があった。


 「お迎えにあがりました、局長。すぐにご出立のご用意を」



 まだ夜も明けきらぬ時刻に突然揺り起こされた近藤。

 働かない頭のまま目の前のあかねをジッと見つめる。

 状況を理解出来ない近藤にとっては、夢の中の出来事でしかない。


 「・・・・・・あかね、くん?」

 「どうしても局長にお戻り頂きたく、こうしてお迎えにあがった次第にございます」

 夢うつつになりながらもあかねの声が心地よく近藤の頭に響き渡る。


 「これは夢かい?」

 思わず口から零れて出た言葉。


 会いたいと思う気持ちが強すぎて、幻覚でも見ているのではないか?

 そう思った矢先。


 「いいえ、夢ではございません。土方副長の命にございます」


 土方の名が出た途端。

 頭が条件反射のように動き出す。


 「!!・・・・・・何があったんだい!?」

 「容保様が京都守護職を辞任されるとの一報がございました」

 「な、んだってっ!?」


 「今、土方・山南両副長が情報を集めておられます。局長には即刻壬生にお戻り頂き事態の収拾並びに今後の隊のあり方を示して頂かねばなりません。幸い昨夜の時点では、まだ隊士たちに知られてはないようですが・・・・・・いつまでも隠せることではありません」

 「なっ、なにゆえ容保様が!?先日の高札の一件かっ!?・・・・・・いや、それぐらいで任を解かれるなど・・・・・・」


 「京都守護職を解任されたというより、新たに陸軍総裁職に命ぜられたとのこと。これはあくまでも私個人の見解ですが・・・・・・長州討伐を見据えてのことかと」

 「長州討伐・・・・・・!?」


 「あくまでも私個人の想像に過ぎませんが・・・・・・それより今はご出立のご用意を」

 「あ、あぁ。わかった・・・・・・蟻通(ありどおし)くんと石井くんは?」

 「先ほど声を掛けましたので、準備を整えているはずです。それから・・・・・・宿の者に言って朝食(あさげ)を用意させています。私は準備をしてきますので、その間に食べておいて下さい」


 「ありがとう・・・・・・でも、良くここがわかったね?他にも温泉宿があるというのに」

 あかねの手回しの良さに感心しながらも、近藤の口からは疑問が(こぼ)れる。


 「それは・・・・・・」

 あかねは身支度を手伝いながら近藤に渡した赤い襟巻きを手にすると、にっこり微笑む。

 「局長がこれを肌身離さず着けてらしたおかげです」

 「??」


 「さて、そろそろ馬が到着するはず・・・・・・ちょっと見てきますね」

 「あ、あぁ・・・・・・」

 あかねの言葉の意味がよく理解出来ないまま、近藤はその背中を見送る。

 どこにでもありそうなその襟巻きを手にしながら・・・・・・。



 近藤の部屋を出たあかねを待っていたのは、蟻通と石井の二人と宿の主人だった。

 「馬の用意が出来たそうです」

 「食事の方も・・・・・・」


 「ありがとう。二人もしっかり食べておいてね?壬生まで突っ走る予定だから」

 「「承知」」

 二人は同時に片膝を立てる姿勢で(こうべ)を垂れる。


 「それにしても・・・・・・壬生から夜通しこの有馬まで来られるとは・・・・・・相変わらず無茶なことをなさりますなぁ」

 宿の店主が苦笑いを浮かべると、あかねはキョトンとした顔で小首を傾げる。


 「そう?江戸に行く事を思えば近いし・・・・・・」

 「・・・・・・いや、江戸と比べられても」

 あかねが平然と答えると、三人の表情が苦笑いから呆れたものへと変わる。


 「大変なのは帰りだよ。私は慣れてるけど、近藤局長の身が持つか・・・・・・」

 「まぁ、普通は無理でしょうなぁ・・・・・・」

 想像しただけで恐ろしく思えたのか、店主が小さく身震いをする。


 「何しろあかね様の早駆けは鞍馬で一番と(うた)われる程。我々も着いて行けるかどうか・・・・・・危ういところですよ」

 蟻通が腕を組みながらボヤくと、隣の石井もウンウンと頷く。


 「大袈裟だなぁ、もう」

 皆の言葉にあかねは頬を膨らませるとプイッと顔を背けた。


 「なれど・・・・・・京にお戻りとは聞いていましたが、まさか新撰組などという新参者に手を貸していらっしゃるとは夢にも思いませんでしたぞ?あの(しるし)をこの目にした時は・・・・・・正直驚きました」

 店主の言う(しるし)とは、あの赤い襟巻きのことだ。


 「この二人が供についているとはいえ、この宿に泊まる保証はなかったからね。でもアレに気づいてくれていれば間違いなくここに誘い込まれるだろうと思って」

 「全ては思惑通り・・・・・・といったところですな」


 「まぁね。それに道中、何かの助けになればとも思って鈴もお渡ししたし」

 「アレを目にして素通り出来るような者は・・・・・・鞍馬の里にはおりませんからなぁ。このわたくしも・・・・・・お恥ずかしながら懐かしき音色に誘われ、貴方様の小さき頃のことを思い返してしまいました」

 そう言いながら店主は懐かしそうに目を細める。


 「・・・・・・・あかね様、よぉお戻りになられましたなぁ。これで里も安泰。朧様もさぞお喜びのことでしょう」

 「いろいろ(・・・・)と心配かけたけど・・・・・・これからも西の砦として頼りにしているよ?」

 心なしか淋しげな表情を見せるあかねに店主は柔らかい笑みを向ける。


 「お任せください・・・・・・あかね様。あなたはあなたの信じる道をお進み下さい。我らはそれに従います。なれど・・・・・・もし間違っていると思った時には遠慮のぉ意見させて貰いますぞ?それが・・・・・・この年寄りに与えられた役目と思うております(ゆえ)

 「・・・・・・ありがとう」

 真っ直ぐに店主を見つめるあかねの瞳には曇りひとつなかった。



 そこに映るのは里の長になることを決めた決意。

 誰かに言われたからではなく、自分で選んだのだという意思。

 そしてあかね自信が持つ信念。


 その強い想いを持つ若き(おさ)を前にした三人は、更に忠誠心を強くしていた。



 「何より・・・・・・ここは長州からも近き場所。変事あらばすぐに知らせます」

 「うん・・・・・・どんな些細なことでも、お願い」

 「承知仕りました」


 店主が頭を下げると同時にその場に居た二人もそれに習う。

 忠誠を示す、右手を左胸に当てる仕草で。




 その小半時後。

 有馬を出た近藤はあかねが手綱を握る馬上にいた。

 ・・・・・・といえば格好良いのだろうが。

 実際には振り落とされないよう馬にしがみ付いている、としか言えない状態だった。


 「しばらくのご辛抱にございます、局長」

 背中越しに聞こえるあかねの声に返答することすら出来ない。

 なぜなら・・・・・・。

 口を開けば舌を噛んでしまいそうだからだ。


 馬に乗ったことがないわけではないが、こんなにも早く走る馬になど乗ったことはない。

 その揺れようは、さながら暴れ馬の如きこと。

 その暴れ馬の手綱を握り操るあかねの姿は見事だが、その状況にあっても平然としていることが一番驚かされる。


 (本当に驚かされてばかりだ。君という子には・・・・・・しかし女子(おなご)を馬に乗せて走るのなら格好もつくが・・・・・・その逆を経験することになるとはなぁ)


 近藤は情けない表情をしながらも腕に力を込めていた。

 少しでも気を抜けば落馬することは必然。

 しかも、自分だけではなく手綱を握るあかね諸共(もろとも)なのは歴然だからだ。



 山道を駆け抜ける近藤とあかねを柔らかな日差しが包む。

 まるで。

 この先に待つ未来が、明るいものであるかのように・・・・・・。


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