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第八十話

 近藤が壬生を発って数日。


 久しぶりに休暇を貰えた総司は、いつものようにあかねの部屋で(くつろ)いでいた。

 本隊のある前川邸の屯所とは違って、八木邸には昼間でも静かな時間が流れ総司にとってはお気に入りの場所なのだ。


 なにより。

 あかねと過ごす時間は穏やかで、日々の殺伐とした時間をも忘れさせてくれる。

 そんな至福のひと時。



 「そろそろ先生はお着きになられたでしょうか?」

 「そうですねぇ・・・・・・今頃は既に湯に浸かっていらっしゃるかもしれませんね」

 寝転ぶ総司の(かたわ)らで、繕いものをするあかねが答える。


 「それは・・・・・・わたしの綿入れではないですか?」

 久しぶりに降り注ぐ暖かい日差しを顔いっぱいに浴びながら、(まぶ)しそうに目を細めた総司が首だけをあかねの方へと向ける。


 「えぇ、袖のところに(ほころ)びがあったので・・・・・・まだまだ寒い日が続きますから」

 「なんだかそうしていると・・・・・・おミツ姉上を見ているようですね」


 総司の言葉にあかねの顔が嬉しそうに(ほころ)ぶ。

 「ふふっ、姉さまもこうして兄さまの物を?」

 「えぇ。亡き母の代わりに・・・・・・」

 懐かしそうな表情を浮かべていた総司だったが、その顔つきが一転硬いものへと変わる。


 「あかねさんは・・・・・・わたしを恨んではいませんか?」

 「・・・・は?」

 思いがけない総司の言葉。

 あかねは針を手に持ったまま目を大きく見開いていた。


 「いえ・・・・・・双子だったばかりに、あなたは里子に出され・・・・・・わたしだけが沖田の家に残った・・・・・・きっと恨んだこともあっただろうと」

 「兄さ、ま・・・・・・?」


 「わたしが男であなたが女だった・・・・・・理由はただそれだけだったのに。逆であればどんなに良かっただろうと・・・・・・或いは、わたしがいなければ・・・・・・あなたの存在を知ってからずっとそう思って」

 横たえていた身体を起こし、真っ直ぐにあかねを見つめる総司の瞳は揺れていた。



 そうだ。と言われるのが怖い。

 けれど・・・・・・。

 違うという保証はない。


 本心を知りたい。

 でも・・・・・・。


 そんな複雑な感情が入り乱れ、総司の心は今にも押し潰されてしまいそうになっていた。

 


 「そのようなことお考えにならないで下さい、兄さま。私は自分の生い立ちを不幸に思ったことも、ましてや兄さまを恨んだこともありません。逆に双子の妹に生まれたことを幸せだと思っているのですよ?何よりも・・・・・・こうしてお傍にいられることがとても嬉しいのです。この幸せを味わせて下さった兄さまを恨むなど・・・・・・有り得ません」

 柔らかな表情を変えることなく、あかねはキッパリと言い切る。


 「あかね、さん・・・・・・」

 総司が視線を上げると、そこには穏やかに微笑むあかねの顔があった。


 「もしも・・・・・・私が男子(おのこ)であれば、そのようなことを考えたのかもしれません・・・・・・なれど私は女子(おなご)としてこの世に生を受けた。兄さまの持たぬ部分を持ち、兄さまとは別の身体を持って・・・・・・でなければ、兄さまの綿入れを(つくろ)うことも、食事のお世話を出来ることもなかったのでしょう?だとすれば、私は妹として生まれたことを幸せだとしか思えませんよ?」



 総司との再会。

 それは、ずっと思い描いてきたこと。

 あかねにとっては長年の夢。



 「あなたって人は・・・・・・」

 「それに・・・・・・こんな楽しい人生、普通の女子(おなご)には経験出来ないでしょうし。やはり感謝こそしても、恨むことなどありません」



 楽しそうな笑みを浮かべるあかねの顔。

 その表情から総司は目を離すことが出来ずにいた。


 恵まれた環境だったわけではない。

 だからと言って辛いことばかりだったわけでもない。


 なにより。

 今は。


 総司と逢えた結果がある。

 新撰組という新しい場所もある。


 悲観する理由などあかねには無い。

 


 「あなたは、やっぱりわたしに似ていますね?」

 「?そうですか?」

 「えぇ、大変な変わり者です」

 「ふふふっ、沖田家の女子(おなご)は強いんです」

 そう言って力こぶを作るような仕草をするあかねに思わず総司の顔が緩む。


 「あはっ、そうですね。おミツ姉上も大変な頑固者ですし」 

 「それは言い得てますね」


 二人は顔を見合わせると声を立てて笑い合う。

 あかねにとってはまだ見ぬ姉。

 だが、彼女の芯の強さは届いた(ふみ)から充分過ぎるほど伝わってきた。


 会わずとも、その人の良さはわかる。

 なにより。

 総司を見れば大抵の想像もつく。


 今は叶わぬ夢だとしても。

 いつか兄妹3人揃って食卓を囲む・・・・・・。

 そんな日が来るかもしれない。



 「そういえば、シロは元気ですか?」

 「えぇ、変わらず飛び回ってくれています」

 「そうですか・・・・・・ずっと気になっていたのですが・・・・・・」


 「はい?」

 「何故(なにゆえ)シロなのです?真っ黒なのに」

 「ふふっ、本当ですね。でも・・・・・・シロの本名は白いと言う意味ではなく、四番目という意味の四郎と言うのですよ」


 「えっ!?そうなんですか?」

 「えぇ・・・・・・つい四郎ではなく、シロと呼んでしまうのですが・・・・・・というより四郎と呼んでも返事をしてくれない、というのが本当のところなのですが」


 「えっ?どうして?」

 「たぶん・・・・・・私が思うに・・・・・・・四番目というのが気に入らないのではないかと」

 「カラスなのに!?」

 驚いたように目をパチクリさせる総司。


 「カラスというのは利口な生き物ですから・・・・・・きっとわかるのでしょう。昔から四郎と呼んでも来た試しがないんです」

 「へぇ〜、一郎だったら良かったってことですか?」


 「そうなのでしょうか?・・・・・・でもシロが私の所に来た時には、既に一郎も次郎も三郎もいたので仕方ないんですけどね・・・・・・あっ、でも皆イチとかジロとかサブって呼んでいたような・・・・・・」

 視線を天井に向け考え込む仕草をするあかねに、総司は思わず吹き出す。


 「あははは。知らない人が聞けばカラスの名とは思わないでしょうね」

 「あはっ、確かに」



 穏やかな時間。

 至福の瞬間(とき)


 この時間がいつまでも続けばいい、と二人は願っていた。

 離れていた時間を取り戻すかのように。



  この先ずっとこうして一緒に居られれば・・・・・・。



 それはたったひとつの願い。

 そして唯一の希望。



 そんなささやかな願いすら。

 運命という大きな波は飲み込もうとしていた。



 まわり始めた歴史という名の歯車が・・・・・・。


 止まることは、ない。




 その頃。


 無事に有馬の地に到着していた近藤は、あかねに渡された赤い襟巻きを見つめ物思いにふけっていた。


 暫くの間、顔を見ることが出来ない淋しさを感じながら溜め息を吐く。


 (それにしても・・・・・・この襟巻き・・・・・・)

 自分の手の中にあるそれは、どこからどう見ても何の変わりもないモノ。


 だが、ここに来るまでの道中。

 襟巻きを目にした人から声を掛けられ、親切にされた。



 『よい物をお持ちですね』

 『よくお似合いですね』


 など、何人にも声を掛けられた。

 そればかりか、何故か茶をご馳走になったり泊めて貰えたり・・・・・・。


 初めは田舎の人は親切なものだ。とも思ったが、どうにも続きすぎる。

 しかも皆、初めに襟巻きを褒めて近づいてくるのだ。


 (そんなにも目立つのか?・・・・・・ただの襟巻きでしかないというのに・・・・・・)

 近藤は大事そうに襟巻きを手にしながら、首を傾げていた。



 その襟巻きの端には金糸で小さな刺繍がなされている。

 一見、鳥にしか見えないそれは・・・・・・。



 翼を広げた神獣『朱雀』の姿だった。


 

 

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