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第七十九話

 文久4年 2月初旬



 「有馬・・・・・・ですか?」

 「あぁ、護衛に何人か付き添わせるが・・・・・・・いい機会だから少し休養を取って貰おうと思ってな」

 「それは良い考えですね。有馬の湯はよく効くことで有名ですし、局長の胃も良くなるかもしれません」

 何事もなかったようにお茶を(すす)るあかねに、土方は驚きの表情を浮かべる。


 「・・・・・・気づいてやがったのか?お前」

 「?何がです?」

 「いや、なんでもない」



 2月に入り寒さも増したこの頃。

 局長である近藤勇は、会津藩主松平容保公が体調を崩したと聞き見舞いに黒谷本陣へと行ったのだが・・・・・・逆に顔色の悪さを指摘され、有馬に湯治に行くよう奨められたのだ。

 まさしく。

 本末転倒といったところだろう。


 その話を聞いた土方がいい機会だからと強く()し進めたのだ。

 長州者が入り込んでいることが確実となった今、この先大きなことが起こるかもしれない。

 近藤を休ませられるのは今しかないと考えたのだろう。



 「俺としてはお前を護衛にしたかったんだが・・・・・・さすがに他の奴らの手前そういうわけにもいかないと思ってな」

 「総司兄さまは?」

 「それも考えたが近藤さんが首を縦に振らねぇんだ」

 目を閉じた土方は険しい表情を浮かべる。


 「どうしてです?」

 「休暇に行く自分のために京の守りを手薄にするわけにはいかないとかなんとか・・・・・・」

 「あぁ、なるほど。それでそんな難しいお顔をされているのですか」


 「あぁ?」

 無意識だったのか眉間に深いシワを作っていたことに気づいた土方が、それを指で伸ばし始める。

 「そんなに気を揉まずとも大丈夫だと思いますよ?」


 「お前にしちゃ珍しく楽観的な物言いをするなぁ?何か根拠でもあんのか?」

 「いえ・・・・・・しいて言うなら勘、ですかね」

 「まぁたそんな総司みてぇなこと言いやがって」

 「あはは、何しろ双子ですからねぇ」


 明るく笑うあかねを横目に土方は「チッ」と舌打ちする。

 だが、不思議と大丈夫な気がしていた。


 それこそ理屈も理由もなく『なんとなく』だったが。

 あかねの言葉にはそんな不思議な力があることを土方は感じていた。




 その数日後。


 近藤は護衛に蟻通(ありどおし)と石井という2人の隊士を引き連れ、養生のため有馬へと出立することが決まった。


 その朝。


 「では留守を頼む」

 「あぁ。こっちのことは気にせずゆっくりして来い」

 「いいなぁ。私もお供したかったですよぉ」

 出発を見送る総司がつまらなさそうに口を(とが)らすと、土方がチラリと睨む。


 「お前が一緒じゃ(うるさ)くて近藤さんの休暇にならねぇだろ?それに・・・・・・心配しなくても寂しいなんて思えないほど仕事させてやるから」

 意地悪そうな笑みを浮かべる土方に、総司はウンザリした表情を浮かべる。


 「全然嬉しくないですよ・・・・・・鬼副長めっ」

 「んだとっ!?」

 相も変わらず言い合いをする2人を尻目に近藤はあかねに向き直る。


 「総司のことは頼んだよ?」

 「はい、お任せください。局長も道中くれぐれもお気をつけて」

 そう言ったあかねが赤い襟巻きを近藤の首にかける。


 「あぁ。ありがとう・・・・・・」

 暫くあかねの顔が見れなくなることに淋しさを感じながらも、近藤は笑みを見せる。

 それは。

 首元の襟巻きからは微かにあかねの匂いが感じられたからかもしれない。


 「それと・・・・・・」

 そう言ってあかねが取り出したのは赤い鈴。

 それを近藤の手に握らせると柔らかな笑みを向ける。


 「何か困ったことがあれば、その鈴を鳴らして下さいね?」

 「??」

 「鈴には昔から魔除けの力があると言われています。きっとその音色が局長に幸運をもたらす筈ですから」

 「あ、あぁ・・・・・・ありがとう。覚えておくよ」

 あかねの言葉に少し首を傾げながらも近藤は頷く。




 近藤たちを見送ったあと。

 いつもの慌ただしさが戻った新撰組屯所。


 道場からは木刀のぶつかる音と気合いの入った声が響き渡り、特に永倉の迫力には目を(みは)るものがあった。



 「(ぱち)さん、今日はえらく気合入ってますね〜?」

 「んぁ?そんな事ねぇぞ。俺はいつもノリノリだぜっと」

 「いやいや・・・・・・いつも以上ですよ。だってホラ・・・・・・あまりの気迫にまわりが怯えてますもん」


 永倉の打ち込む木刀を受けていた藤堂がチラリと周りに視線を流すと、顔を引き()らせる隊士の姿が視界に入る。


 「俺はよぉ、平助。今、もんのすごぉく燃えてんだ」

 「や、それは見ればわかりますけど・・・・・・」

 互いの力を受けた木刀が折れるのではないかと思えるほどギリギリと音を立てる。


 「結局あの高札を立てた下手人はわからず仕舞いだし、いつまでたっても攘夷はならねぇし・・・・・・金はねぇし・・・・・・」

 永倉が最後にボソリと呟いた言葉に藤堂は呆れた表情を浮かべる。


 「なんだ、金欠でイラついてたんですか?まだ給金を貰って日も浅いっていうのに、また島原で使いきったんですね?」

 「()げぇぞっ!?あれは左之がしつこく誘うから・・・・・・」

 痛いところを突かれたと言わんばかりに永倉の目が泳ぐ。


 「まったく・・・・・・行ったことは事実でしょ?だったら自業自得じゃないですか?」

 「・・・・・・そりゃ、そうだけどよぉ・・・・・・」

 捨て犬のような目をする永倉に藤堂の力が一瞬緩む。


  ― パァァァンッ ―


 「一本っ!!それまでっ!!」

 藤堂の木刀が天井高くに吹っ飛ぶと、永倉の次の一手が放たれ藤堂の喉元に突きつけられる。


 「は、ははは・・・・・・参りました」 

 「オメェは優しすぎるところが欠点だよな。すぐに情に(ほだ)されやがって・・・・・・んなことじゃぁ実戦で命落とすぜ?」

 「実戦で気を抜いたりしませんよぉっ!!」

 フフン、と鼻を鳴らす永倉。


 「さぁ、どうだかなぁ〜。お前も総司を見習えっての、あいつは剣を握ったら人格が変わるからな」

 「でも最近の沖田さん・・・・・・昔に比べて丸くなったと思いませんか?」

 飛ばされた木刀を拾い上げながらも藤堂が呟く。


 「お?そういやそうだな・・・・・・前なら問答無用に刀を抜いてたあいつが最近はそうでもねぇって隊士も話してたっけ・・・・・・」

 「どんな心境の変化があったんでしょうね?」


 「ま、いいコトには変わりねぇさ。俺たちは人斬り集団なんかじゃねぇんだからよ」

 「へぇ〜」

 藤堂が思わず漏らした驚きの声。


 「あん?」

 「いやぁ、(パチ)さんでもたまには真面目なこと言うんだなぁ〜って思って」

 「ぁんだとっ!!」

 顔を真っ赤にしながら怒る永倉が拳を振り上げると、藤堂は一目散に逃げていく。


 「ぁんにゃろぉぉぉ」

 道場には残された永倉の叫び声が響いていた。


 と同時に、道場にいた隊士たちは思わず永倉から視線を逸らす。

 まるで。

 火の粉を(かぶ)るのはご免だとでも言うかのように。

 


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