第七話
引きずるようにして連れ込まれた木陰で。
あかねの耳元に囁かれた声。
「案ずるな。危害を加えるつもりはない」
(!?誰!?)
身動きの取れないあかねが従うとばかりに小さく頷くと、口を押さえていた手が離された。
振り返ったあかねの目に映ったのは、斉藤一の姿だった。
「お前、何故ここにいる?」
「え!?」
「江戸にいるのではなかったのか?」
「!!!!」
斉藤の発する一言一言があかねの心拍数を一気に上げ、ドクンッドクンッと大きな鼓動を打つ。
「なんだ、まだわからないのか?俺だよ、銀だ」
(銀!?)
その名には心当たりがあった。
幼いころ共に修行に励み、一緒に育った仲間の一人だ。
歳が同じだったこともあってか、幼い頃はよく行動を共にした。
「銀?・・・・・・銀三!?あの銀三!?ホントに!?」
興奮気味にあかねが銀三の着物を掴む。
「銀三言うなっ!・・・・・・・まぁ、わからないのも無理はないか。京を離れて確か十年・・・・・あの頃とは見違えるほど男っぷりがあがっただろ?」
屈託のない笑みを浮かべ、自分の額をポンっと叩くと「はははは」と笑う。
くしゃりと顔を崩して笑うと、幼い頃の面影が確かにある。
「なんで!?なんでここに!?会津にいたハズじゃ!?それに、その髷!?」
あかねが銀三の頭を指さすと、銀三は「なかなか似合うだろう?」と言わんばかりに自分の頭の月代を撫でる。
「会津に行ってからは城勤めだったからな。今ではこれでないと、シックリこない・・・・・・ってか、俺のことより、お前がここに居る訳を教えろ。任務か?」
先ほどとは違って真剣な眼差しで問う。
「沖田総司」
「・・・・・はぁ?沖田さんがなんだ?」
「沖田総司が私の兄なの」
「えぇーっ!?あの沖田さんが?双子の片割れ!?」
思わず大声を出してしまった銀三が慌てて自分の口を押さえる。
「だから、私はここにいる」
それだけで他に説明は要らなかった。
子供の頃からあかねがいつも言っていたからだ。
兄に会うのだ・・・・・・・と。
「そうか。やっと、願いが叶えられたのか・・・・・・良かったな、あかね」
昔と変わらない優しい笑みを浮かべると、あかねの頭をクシャリと撫でる。
それは子供のころから変わらない銀三の癖。
「それで?銀三・・・・・・いや、銀はどうして?・・・・・・会津のお城に・・・・・あぁ、そうか松平容保公が京都守護を命ぜられたんだっけ?」
あかねの問いに一瞬ドキッっとするが、やがてふぅっとひとつ息をつくと口を開く。
「相変わらずイイ勘してるなぁ、お前は。そのとおりだよ。容保様につき従い上洛したんだ」
「で、その会津様のお言いつけで、壬生に潜り込んだ。ってとこ?」
「ま、まぁな・・・・・・・・」
あかねの鋭い分析に一瞬たじろぐ。
それを見破ってか、あかねは一歩踏み出しグッと顔を近づける。
「つまり、抱えてはみたものの会津藩にとって吉か凶か見極めろって命が下った?」
「わはははは」
(敵わねぇな。まったく・・・・・・)
さすがにここまで言い当てられると、言い訳の言葉も思いつかないのか銀三は観念したように頷いた。
が、すぐに何かを思い出したのか体勢を整える。
「・・・・・・・そうだ!お前、昨日のアレお前の仕業だろっ!?」
「???」
銀三が形勢逆転とばかりにグイッと一歩踏み込むと、反射的にあかねが後ずさりする。
「昨日の浪士たち、あの後検分して気付いたんだ。アレは沖田さんでも土方さんでも、もちろん近藤さんでもない。あのやり口は俺たちのものだって・・・・・・で、思い当たった。そういえば、あの場に女がいたってことをな」
初めは似た女がいるものだと気にも留めていなかったのだが、浪士たちの身体に残った傷痕を見てすぐに気がついた。
あの場にいたのは間違いなく自分と同じ修行を積んだ同志だということに。
そして、あかねに似た女の姿。
それは他人の空似などではなく、本人だということにすぐに行き当たった。
「あははは・・・・・あは、あは・・・・・」
今度はあかねが笑って誤魔化そうとする。
「コラッ!笑って誤魔化せると思うなよ?」
「ははははは・・・・・・だって、兄さまに剣を向けられて・・・・・・気がついたら身体が勝手に・・・・・・・」
もじもじとしながら言い訳するあかねの仕草は、まるで悪戯を見つけられた子供のようだ。
(まったくコイツは・・・・・・昔から後先考えない奴だったな・・・・・・・)
銀三は、はぁ。と溜息を吐くと額に手をやり目を閉じる。
「つまり、だ。正体を知った上でお前をここに置くって決めたわけだな?土方さんは」
ここであえて近藤ではなく土方の指示だと読み取った銀三は、さすがである。
つまりは土方の考えまでお見通し、ということだろう。
「さっすが、銀三!なんでもお見通しだねぇ!」
あかねは明るい声でポンッと手を打って笑った。
「だから、銀三言うなっ!!」
銀三と呼ばれることを嫌がっていたのは、昔からだった。
嫌がるのを知っていて、皆はからかうように銀三と呼び続けたという、なんとも可哀相な思い出まである。
「今朝の様子からいくと、近藤さんと土方さん。あとは沖田さんだけが知ってる風だったな?」
「うん。あとは井上さん。井上さんは私が妹ということだけ知ってるよ」
「あぁ、やっぱりな」
「・・・・・・・やっぱりって・・・・・・さすが、人の心を読み取るのがうまいね銀ちゃんは」
感心したようにあかねが頷くと、まんざらでもないのか銀三は得意げに笑う。
「まぁ、目を見ればそれくらい・・・・・・って、銀ちゃんってなんだよっ!?・・・・・・と、とにかく、だ。ここでは他人。俺は斉藤一。間違っても銀なんて呼ぶなよ?」
「わかってるよぉ。これでも、私は忍び一族の端くれ。心配しないでよ?ね、ぎ~んぞう?」
あかねはイタズラっ子のような目でわざと「銀三」と呼び、逃げる。
「あっ、コラ!!」
銀三がそれを追いかけようとすると、あかねがふいに足を止め振り返った。
「銀は私の味方だよね?」
『銀』と呼ぶときのあかねは決まって真剣なときだ。
それがわからないハズはない。
「当たり前だろ?」
ゆっくりあかねに近づきながら、銀三も真面目な顔で答える。
「良かったぁ。・・・・・・・じゃあ、もちろんお互いに得た情報は共用だよね?」
銀三の言葉に安心したのか、あかねは柔らかい笑みを浮かべる。
それが銀三の目には小悪魔のように映った。
(まったく、俺は昔からコイツには甘いよな・・・・・・・)
そう思いながらも、銀三は諦めたように笑う。
「あぁ、もちろんだ」
銀三の返答を聞き満足気に笑ったあかねが、嬉しそうに走り出す。
その背中を見送りながら、斉藤一コト銀三は深い深い溜め息を吐いていた。