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第七十七話

 文久4年 2月1日


 早朝。

 四条大橋。


 恐らくは夜中のうちに掲げられたであろうその高札には・・・・・・・・・・

 会津藩と新撰組に対する誹謗中傷が書き綴られていた。


 しかも、である。

 そこには新撰組の名はなく『壬生に集う浪人集団』という書き方がされており・・・・・・それは明らかに、前年8月に京都を追放された長州者の仕業と思われた。


 新撰組の名を(たまわ)ったのはその8月の働きを認められたからであり、あの時京都を追われた長州並びに公卿たちがそれを知らないのは当然である。

 つまり彼らの中では未だに『壬生狼』でしかないのだ。



 当然のことながら。

 隊士たちはその高札に激怒し犯人探しに躍起(やっき)になったのだが、近藤を初めとする幹部連中は長州者が密かに入京している事実に愕然(がくぜん)としていた。


 どんなに探索の手を広げてみても京都の(たみ)が長州贔屓であることには変わりはなく、所詮新撰組は『(あずま)から来た田舎侍』であり『よそ者』なのだ。

 その気になれば長州者を(かくま)うなど、たやすいこと。

 この一件でそれを露呈することになった。 



 「京都に住む者が我々を快く思っていないのは知っていたが・・・・・・まさかここまでとはな・・・・・・・これではどちらが朝敵かわからんな」

 土方が眉間に深くシワを寄せ、大きなため息を吐く。


 「特に京都はよそ者を忌み嫌うからな。八木さんたちが良くしてくれるからつい忘れがちになってしまうが・・・・・・・」

 ため息交じりに話す近藤は、無意識のうちに胃の辺りを(さす)りながら庭へと視線を移していた。



 外にはチラチラと雪が舞い、その光景が寒さをより一層濃く感じさせる。



 「・・・・・・痛むのか?」

 近藤の様子に土方が心配そうな表情を向けると、近藤は誤魔化すような笑みを浮かべる。

 「いや、大丈夫だ。たいした事はない・・・・・・それより、長州者の探索を強めなければならんな。奴らが京都に戻って来たとういうことは・・・・・・何かを企んでいるのかもしれん」


 「あ、あぁ・・・・・・そうだな」

 上手くはぐらかされてしまったことでそれ以上聞くことは出来なかったが、どことなく顔色も優れないように土方の目には映る。


 「しかし・・・・・我らのせいで容保様にまでご迷惑をお掛けすることになるとは・・・・・どうお詫びすれば・・・・」

 「大半は芹沢さんの悪行を差すものだったが・・・・・・会津藩の名誉を傷つけたことに変わりはないからな。早々に呼び出しがあるかもしれん」

 「オイオイ。あんまり脅かさないでくれよ、トシ」

 近藤は見るからに嫌そうな表情を浮かべ、胃の辺りを押さえた。



 「それにしても・・・・・・・・もう一年か・・・・・・・時が経つのは早いな」

 「そうだな・・・・・・この一年の間に得たもの、失ったもの、どちらが多いんだろうな」

 しみじみと語る土方の表情を見ながら、近藤がポツリと呟く。


 「この道は正しいのだろうか?」

 「っ!?」

 「トシ・・・・・・・俺たちは攘夷のために上洛したんだよな?」

 「何を今さら・・・・・・」


 「いや・・・・・・同じ攘夷を目指している長州と、俺たちは何が違うのかと思ってな。何故(なにゆえ)・・・・・・追う立場と追われる立場になってしまったんだ?攘夷という志しは同じだというのに」

 「近藤、さん・・・・・・・」

 憂いを含んだ近藤のその表情に土方は固まる。


 「スマン。俺がこんなこと言えば新撰組の存在が揺らぐことは理解している・・・・・・だが、今の現状に疑問がないとは言えなくてな」

 「そうだな。確かに志しは同じかもしれねぇ・・・・・・だが俺たちは幕府に楯突くつもりはねぇ」

 真っ直ぐに近藤を見つめ返した土方の瞳には、(ゆる)ぎ無い強い意志が込められていた。



 「長州は・・・・・・本気で幕府を倒すつもり、だと思うか?」


 近藤の発した問いに暫く宙を(にら)んでいた土方が、ゆっくり言葉を選びながら答える。


 「そうだな。長州の考えはわからねぇが・・・・・・そう考えてもいいと思うぜ?だとすれば・・・・・・幕府の敵というのは明らかだ。ならば、俺たちの敵・・・・・・たとえ尊王攘夷の志しが同じだとしても、見ている未来が違い過ぎる」

 キッパリと言い放つ土方に近藤はどこか諦めにも似た笑みを見せた。


 「あぁ・・・・・・そうか・・・そうだな。同じ思想でありながら相容れない関係になってしまったことは、もはや変えることの出来ない事実、という訳か」

 「そういうことになる・・・・・・あんたが揺らぐのもわからなくもないが・・・・・・あんたが揺らげば隊士たちが動揺する」



 迷うな。

 立ち止まるな。

 振り返るな。


 自分達の進む道は真っ直ぐでなければならない。

 土方はそう言いたいのだろう。

 それは近藤もよく理解している。 

 それが局長としての勤めだということもわかってはいる。


 迷ってはいけない。

 立ち止まってはいけない。

 振り返ってはいけない。


 だが、これが本当に正しい道なのか?

 幕府と朝廷が共に手を取り合おうとしているのなら、自分達も手を(たずさ)えることは出来ないのだろうか?


 近藤の中に沸き起こった疑問。

 それが消え去る事は無かった。

 まるで外に広がる曇った冬の空のように・・・・・・。




 一方―。


 高札の存在を知り怒り狂った幹部もいる。

 永倉と原田だ。

 元々血の気が多く喧嘩っ早い二人が荒れるのは当然のことだろう。


 「どこのドイツだぁぁぁぁぁ!!」

 「見つけ出して血祭りにあげてやるっ!!」

 怒りを(あら)わにした二人が屯所を飛び出して行くと、その後ろを藤堂が追いかけて走って行く。


 「左之さんっ!(ぱち)さんっ!待ってよぉ〜」

 「おぅ!平助っ!さっさと来やがれっっ」

 藤堂の呼ぶ声に永倉は少し歩みを緩め、振り返った。


 そんな三人の様子をちょうど見回りから戻ってきたばかりの井上が見送る。

 「おいおい、当ても無くどこを探すつもりだ?」

 そう呟きながら溜息を吐いた井上だったが、その言葉が三人の耳に届くはずはない。


 「まぁ、あの状態の二人を止めるのは無理でしょうから・・・・・・そのうち頭が冷えれば帰ってきますよ」

 そんな井上の隣にはいつの間にか山南が立っていた。


 (・・・・・・いつからそこに?)

 驚いた井上の顔は少し引き攣っていた。


 「それに万が一、下手人と出くわすようなことがあっても藤堂くんが一緒なら心配ないでしょう?」

 同意を求めるかのように山南がニコリと笑みを向ける。

 「あぁ、まぁ、そうかもしれないね」



 藤堂平助。

 年は若いがなかなか頼りになる男で、なにより永倉と原田の良き抑え役なのだ。

 本人が意識してやっているかは別だが。


 血の気が多い二人の暴走を止めるのは、いつも藤堂の役目だった。

 試衛館にいた頃も、そして今も。

 永倉と原田にしてみれば可愛い弟分といったところだろう。

 まぁ、藤堂にしてみれば世話のかかる兄なのだろうが・・・・・・。



 「それより、雪の中ご苦労でしたね。あかねくんが熱いお茶を淹れてくれてるようですから顔を見せてあげてくださいね?」

 「いやぁ、それは有難い」

 嬉しそうな表情を見せる井上の鼻は寒さのせいで赤くなっていた。


 「ところで市中の様子はどうでした?」

 「あ、あぁ。これといって目立った動きがあるわけじゃなかったよ。高札の噂は飛び交っていたようだがね」

 「でしょうね。人というのは噂が好きですから・・・・・・それは京でも江戸でも同じですよ」

 「ははは。確かに山南さんの言うとおりだ」


 井上は苦笑いを浮かべ、ポンッと山南の肩の手を置くとそのまま建物の中へと消えて行く。

 残された山南は空を見上げると、降り続ける白い雪を眺めていた。

 「今夜も・・・・・・冷えそうだ・・・・・・」



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