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第七十五話

 文久4年 1月22日


 御所にて天皇と将軍が無事に会談を終えた翌日。


 壬生にある新撰組の屯所前にはウロウロと不審な動きをする男・・・・・・服部半蔵の姿があった。

 門の前を何度も通り過ぎ、立ち止まってはため息を吐く・・・・・・その姿はとても江戸城御庭番衆を束ねる頭領には見えない。


 当然。

 門番をしていた隊士はその不審者の様子に目を光らせていたのだが、当の半蔵はそれすら気づかない様子で行ったり来たりを繰り返している。


 「はぁ・・・・・・」

 本日何度目かのため息を吐いた半蔵。

 さすがに見かねたのか門番の隊士が声をかけようとしたその時。


 突然、屯所の中から誰かがもの凄い勢いで飛び出してくると半蔵の手を引き走り去ってしまった。


 「・・・・・・なんだ?今の・・・・・・」

 「さぁ・・・・・・斉藤先生のように見えたが・・・・・・」


 呆気に取られている隊士たちのことは、ひとまず置いておくとして・・・・・・。




 「と、と、と、頭領っ!?あんな目立つ場所で何をやっているんですかっ!?」

 「おぉ、銀か・・・・・・」

 「おぉ・・・・・・じゃ、ありませんよっ!」


 「いや、スマン。ちょっと考え事をしていて・・・・・・」

 「だとしても、いつもの頭領らしくありませんよ!?一体どうしたと言うのです!?」

 「あぁ・・・・・・うん・・・・・・」


 「うん、じゃないですって。まぁ、どうせあかね絡みのことでしょうけど・・・・・・なんなら呼んできましょうか?今なら朝食(あさげ)も終わって一息ついている頃でしょうから・・・・・・」

 そう言った銀三が屯所へ戻ろうと背を向けると、半蔵が呼び止める。


 「・・・・・・あかねは、何か言ってたか?」

 「は?いえ、昨日は御所警護に出ていたので会ってませんから・・・・・・何かあったのですか?」

 「それが・・・・・・」

 やっと落ち着きを取り戻したのか、半蔵は重い口を開こうと顔を上げた。

 のだが・・・・・・。


 「あれぇ?斉藤さん?」

 「!?お、沖田、さんっ!?」

 声のした方に視線を向ければ、そこには近所の子供達と並んで歩く総司の姿。


 「こんなところで何してるんです?」

 いつものようにニコニコと満面の笑みを浮かべる総司がこちらに向かって歩いてくる。

 「お、沖田さんこそっ!?」

 突然のことに動揺して不覚にも声が少し上擦るのが、自分でも滑稽(こっけい)に思える。

 それを総司が見逃すとは銀三にも思えなかった。


 (まずいっ、まずいぞ・・・・・・どう切り抜ければ・・・・・・)

 背中に嫌な汗が流れるのを感じながらも銀三は頭を精一杯働かせる。


 「わたしはこの子たちと遊ぶ約束をしていたので・・・・・・そちらは?」

 笑みを絶やす事はなかったが、総司の目は半蔵に向けられている。

 「あ、こちらは・・・・・・」


 そこまで言って、銀三は言葉に詰まる。

 さて。どう答えるべきか・・・・・・。

 だが、どんな嘘を並べてみても総司には通用しないだろう。


 「・・・・・・こちらは、あかねさんの()許婚で服部殿と申されるそうです。あかねさんに会いにこられたそうで」

 あえて「元」というところに力を込めた銀三。

 それを横で聞いていた半蔵が、嫌そうな表情で銀三を軽く睨みつける。


 「えっ!?この方が?」

 銀三の言葉に総司は目を丸くして半蔵の顔を凝視していた。

 「ちょうどあかねさんを呼びに行こうとしていたところで・・・・・・今なら台所仕事も一段落したころですよね?」


 「それなら、わたしが屯所へご案内しますよ!さぁ、どうぞこちらです」

 何を考えているのか、半蔵の腕を掴むと有無を言わさず歩き出す総司。

 「「えっ!?」」

 思いもよらなかった総司の言葉に、驚きのあまり声を揃えるふたり。


 「だって、折角会いに来られたのでしょう?遠慮などなさらずともお茶ぐらいお出ししますから」

 そう言って歩き出した総司の背中は、どことなくウキウキしているようにも見えた。




 先ほどまで屯所の前をウロウロしていた不審な男が、斉藤に連れ去られたかと思えば今度は総司に手を引かれて戻って来たことに、門にいた隊士たちは首を傾げていたが・・・・・・。



 総司は気に留めることなく屯所の中へと突き進む。

 目指す場所は・・・・・・ただひとつ。



 「ひっじかったさぁん、入りますよ〜」

 そう言って入ったのは土方の部屋。

 そして部屋の中には、先ほどまで一緒に朝食(あさげ)を取っていた近藤の姿。と、いつものようにお茶を運びに来ていたあかね。


 「なんだ、総司。出かけたんじゃなかったのか?」

 火鉢に手をかざしながら興味なさ気に返事だけをする土方。

 総司は少しだけ開けた襖から顔だけ覗かせている。


 「そうなんですけどねぇ・・・・・・そこで奇特(・・)な方に会ったので、ついお連れしてしまいましたぁ」

 そして・・・・・・いつものように緊張感のない総司の声。


 「はぁ?なんだよ、それ?」

 土方が顔を上げると同時に、近藤とあかねは顔を見合わせながら首を傾げていた。



 総司の少し後ろには、押し殺すような声でヒソヒソと話す半蔵と銀三の姿。

 「まずくないのか?コレ?」

 「いやぁ、ここまで来て逃げるわけにも・・・・・・まぁ沖田さんに見つかったのが運の尽きってことでしょうね」


 「いや、やっぱ帰りたいんだけど。 俺、あかねの誤解を解きに来ただけなんだけど・・・・・・なんかおかしなことになってない??」

 「もう諦めて覚悟決めて下さい・・・・・・それに、頭領も近藤局長に会ってみたいと仰っていたでしょ?いい機会じゃないですか」

 「・・・・・・なんか、お前楽しんでない?」

 「そんなことないですよ?」


 「そんなことない」と言いながらも銀三の顔は心なしかニヤけている。

 それを横目に半蔵は小さく舌打ちをしていた。


 「やっぱ出直す・・・・・・」

 と言いかけ背中を向けかた半蔵だったが・・・・・・

 「どうぞ、こちらです。お入りください」

 と言う総司の声に引きとめられる。


 「は、はぁ・・・・・・」

 困った表情を浮かべる半蔵に、銀三がそっと耳打ちする。

 「ホラ、覚悟決めてください」

 「・・・・・・」

 銀三が背中をトンッと押すと、その反動で半蔵の重い足が部屋へと向かう。



 「えっ!?」 

 部屋の中にいた3人のうち、一番初めに声を上げたのは・・・・・・もちろん、あかねだった。


 「「??」」

 あかねの反応に不思議そうな顔をする近藤と土方だったが、すぐに総司の言葉が降り注ぐ。


 「こちらが服部半蔵殿です」

 「「!?」」

 「あっ、やっぱり驚きましたぁ?驚いたでしょう?驚きますよねぇ?」

 さも面白そうに笑う総司とは対照的に、近藤と土方は目を大きく見開いて固まっていた。


 「ど、どうしてここに??」

 あかねの声には驚きが込められていた。

 「偶然そこでお会いしたのでお連れしたんです。あかねさんに会いに来られたようでしたので・・・・・・」

 皆の驚く様子に満足したのか、総司は寒そうに背中を丸めると土方の隣にしゃがみ火鉢に手をかざす。



 「あ、あの、どうぞ。散らかしていますが・・・・・・い、今お茶を・・・・・・ぅわぁっち!!」

 動揺した近藤が半蔵に座布団を奨め、お茶を淹れようとして急須をひっくり返す。

 「だ、大丈夫ですか!?局長!?」

 隣にいたあかねは慌てて手拭いを取り出すと、濡れた近藤の着物を拭き始めた。


 「あ、すまない。あかねくん・・・・・・」

 「大丈夫ですか?どこか火傷はなされていませんか?」

 「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう・・・・・・」


 そんな些細な出来事だったが、半蔵は目を離せずにいた。

 はっきり理由があるわけではない。

 ただの勘だ。


 近藤のあかねを見る眼差しは、ただの主従ではない。

 自分と同じ『男』としてのものだ。

 自分の耳にそう誰かが囁いているような気がしていた。




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