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第七十四話

 文久4年 1月21日


 京都御所には将軍家茂公が参内し、孝明天皇と約1年ぶりの再会を果たしていた。

 公式の謁見(えっけん)を終えたあと、孝明天皇が人払いをすると家茂は表情を引き締めながらも次の言葉を待ち続ける。


 なにしろ前年参内(さんだい)した際には、攘夷決行の日にちを半ば強引に決められ約束までさせられたという苦い経験がある。

 幕府としては兵を動かす気はなかったのだが、あろうことか長州藩が砲撃を行なってしまったのだ。


 元々攘夷を唱えていた長州にとっては、帝の言葉が後ろ盾になったのだろう。

 だが、勝てる見込みのない戦を仕掛けたことで負けは明白。

 幕府はそれがわかっていたからこそ兵を動かさなかったのだから当然の結果だろう。


 どう見ても兵力が違い過ぎるのだ。

 持っている武器も、大砲の数も・・・・・・。

 その苦い経験がこの先の長州藩の進む道を変えたと言っても過言ではないのかもしれない。


 これが世にいう馬関戦争(下関戦争)であり、のちに幕府は300万ドルもの賠償金を請求されることとなる。


 ・・・・・・話は元に戻るが。



 「そう、固くならずならずとも良い」

 「は」

 「そちに会わせたいものがおるだけじゃ。もっとも余も会うのは久しいのじゃが」

 先ほどまでとは違って、嬉しそうなのが御簾(みす)越しでも伝わってくる。


 「それに・・・・・・そちと余は義理とはいえ兄弟ではないか?臣下のおらぬ今は気を張る必要などないであろう?」

 「勿体なきお言葉。有難き幸せにございます」

 帝の言葉に家茂も固い表情を少し緩めた。

 

 と、同時に部屋に入ってきたのはひとりの老婆。

 その姿を目に止めた瞬間、帝の声は更に明るいものへと変わった。


 「おぉ、待っておったぞ。共に参ったか?」

 「はい。ここに・・・・・・」

 そう言って老婆が視線を自分の後方に移すと、そこには頭を下げたあかねの姿があった。


 「!!」

 あかねの姿を目に止めた家茂は驚きに目を丸くしながらも孝明天皇の方に顔を向ける。

 その視線に気づいた帝は、嬉しそうに大きく頷いて見せた。

 「さ、さ。(ちこ)う参ってよく顔を見せてはくれぬか?」


 「は」

 あかねは一礼すると静かに部屋の中へと足を進め、二人の近くで腰を下ろし深々と頭を下げる。


 「苦しゅうない、(おもて)を上げよ」

 帝の言葉にあかねは少し頭を上げ視線を合わせる。

 「ご無沙汰致しております。本日はお目通り叶い、祝着至極にございます」


 「変わりなく息災であるか?」

 あかねの顔を懐かしそうに見ながら、帝の表情は更に柔らかいものへとなる。

 「はい。帝におかれましても御機嫌麗しいご様子にて、謹んでお喜び申し上げます」


 「固い挨拶などよい・・・・・・家茂殿に会うのも久しいのであろう?」

 「はい。約一年ぶりにございます」

 帝の言葉にあかねは家茂と視線を合わせると、にこりと微笑んだ。


 「ここでそなたに会えるとは・・・・・・宮へのいい土産話になりそうだ」

 「和宮さまはお(すこ)やかにお過ごしにございますか?」

 「あぁ、変わりない」


 家茂の言葉にあかねの顔が嬉しそうに(ほころ)ぶ。

 「それはなによりにございます。宮さまのおかげで無事に兄とも再会出来ましたこと、どうかお伝え下さりませ」

 「そうか、無事に再会を果たしたか。それで、そなたの兄上とはどのような者なのだ?」


 「はい。とても純粋で真っ直ぐなお方にございます。そして、これは兄だけに限ったことではございませんが・・・・・・わたくしが今いる新撰組には義に厚いお方ばかりにございます」

 「なかなか充実した日々を送っているようで安心した。宮にもその旨よく伝えておこう」

 「は。有難き幸せにございます」


 「時に、あかね?」

 それまで黙って話を聞いていた孝明天皇がおもむろに口を開く。


 「はい」

 「そなた、鞍馬の首領になるつもりはないのか?」

 「は?」

 「そろそろ隠居してもよい歳であろう、のぉ(おぼろ)?」

 突然話を振られた師匠は言葉を発することが出来ずに固まるばかりだ。


 「わたくしのような者が師匠の跡を継ぐなど、お(たわむ)れが過ぎます」

 「そなたは自分を知らなすぎるのではないか?」

 「滅相もございません。わたくしはそのような器ではございません」


 「そのようなことはない。朧も裏で手をまわさず、はっきりと申せばよいものを・・・・・・」

 「?何の話にございますか?」

 「お、御上(おかみ)っ。その話はまた後日にっ!」


 普段から冷静沈着な師匠の慌てように、あかねは首を傾げるが帝は構うことなく言葉を続ける。

 「服部との縁談は流れたのであろう?」

 「!!」

 「な、ぜ・・・・・・それ、を?」


 疑問が浮かんだあかねだったが、その視線はすぐさま養母である朧に向けられる。

 「ま、さかっ!?縁談は服部殿の申し出ではなく・・・・・・師匠が仕向けたことだったのですかっ!?」


 「ほぉ、さすがは朧の懐刀だけのことはある。なかなか良い勘をしておるな」

 「お、御上っ」

 「・・・・・・どういうことか・・・・・・ご説明下さいっ、師匠!!」

 面白そうに口元を緩める帝に、焦る朧。

 そして怒りを(あら)わに拳を震わせるあかね。

 その三者三様の様子をヒヤヒヤしながら見つめる家茂。


 「いや、まぁ、落ち着け。御前(ごぜん)の前であるぞ?」

 「っっ」

 朧の言葉にあかねは唇を噛み締め口を(つぐ)む。


 「構わぬ。なかなか面白い見世物じゃ、のぉ?家茂殿?」

 帝から同意を求められた家茂は、困ったように苦笑いを浮かべる。


 「そちに跡を継がせるために服部と夫婦(めおと)にさせるつもりだったようじゃが・・・・・・さすがの朧もあかねが断るとは思っていなかったようでな。報告を聞いたときなど・・・・・・真っ青な顔をしておったぞ?あのような顔は久しく見ておらなんだ故、なかなか楽しめたわ」

 言葉通り、さも可笑しそうに目尻を下げる帝。


 「では、全ては師匠の(はかりごと)だったというわけですか・・・・・・」

 「そ、そうでもせねばお前は首を縦には振らぬであろう!?」

 「だから・・・・・・外堀から埋めようと?」


 あかねの(まと)う空気が怒りの頂点に達したその時。

 二人の間に割って入ったのは、外で控えているはずの服部半蔵だった。


 「落ち着けっ、二人とも!!」

 「半蔵っ!?」

 「頭領っ!?」


 「帝と公方様の御前で何をしているっ!?控えよ!」

 御庭番の頭領らしい言葉ではあったのだが・・・・・・今のあかねの耳には聞こえるわけがない。


 「頭領はご存知だったのですね!?いえ、頭領ほどのお方が気付かぬはずはない・・・・・・知った上で、師匠の策にのり・・・・・・・私を(たばか)ったというわけですねっ!!先日のあのお言葉全てが師匠のためだったということですかっ!?」


 あかねの迫力に割って入ったはずの半蔵がたじろぐ。

 「な、なんのことだ??」

 「あの時のお言葉を(まこと)のお心だと思った私が・・・・・・馬鹿だったというわけですねっ!!」

 「ちょ、待て。話が見えん。何をそんなに怒っているのだ?」



 「半蔵・・・・・・なんとも間の悪いときに出てきたものだ・・・・・・・」

 その様子に家茂が小声で呟き、ため息を吐く。


 「まことに間の悪い男よのぉ」

 家茂の言葉に帝も大きく頷くと、(あわ)れみの視線を向ける。 



 「え?え?何?俺?俺が何かしたのか?」

 未だ話の見えない半蔵は焦りの表情を浮かべ、目の前にいるあかねに詰め寄られていた。

 「師匠に肩入れしてわたしを(たばか)ろうとなされたこと・・・・・・この期に及んでまだシラを切るおつもりですかっ!?」

 「い、いや、だから・・・・・・何のことかサッパリ・・・・・・」


 冷や汗を浮かべる半蔵に代わって口を開いたのは、原因を作った張本人でもある朧だった。

 「元はと言えば、あかねが跡を継ぐと言っていればこんなことにはならなかったのだ。そなた以外の誰にワシの跡を継げると言うのか?そなたが素直に首を縦に振っていれば良かったのだ」


 「開き直るおつもりですかっ!?師匠っ!」

 「そなたにその気があれば、このような手段を取ることもなかったのだぞ?」

 「なんと勝手な」


 「では朝廷に仕える我が里が滅んでも良いと申すのか!?」

 「誰もそんなことは申しておりませんっ!!私を騙して跡目に()えようとなさったその行為に抗議しているのですっっ!!」

 朧の言葉にあかねはだんだん声を荒げていく。


 「では騙してでなければ継ぐと申すか?」

 「そ、それは・・・・・・・」

 「ほぉれ、見ろ。継ぐ気などないではないか」


 「・・・・・・私はもはや鞍馬から離れた身。今は朱雀部隊も他の者が率いているのですよ?部隊ももたぬ私に誰がついて来ると言うのです!?今の現状からいけば他の適任者に譲るのが上策だと申しているのです」

 「いや、そなた以外に考えられぬ」

 「だから、どうしてそうなるのです!?」


 互いに一歩も退く事なく言い合いを続ける二人の女に、挟まれる形になった半蔵は今更ばがらに話の内容を理解していた。

 だが既に口を挟む隙さえ与えては貰えず、ただ二人の顔を交互に見比べるばかりだ。



 そして。

 そんな三人の様子を傍観していた孝明天皇はそっと家茂を自分の傍に呼び寄せ、小声で耳打ちをしていた。


 「あれが本当の親子というものなのかもしれぬ。余もそちも持つことの出来なかった本当の意味での親子・・・・・・血など繋がっていなくとも、言いたいことを言い合えるのは誠に(うらや)ましきことであるのぉ」

 「は。確かに・・・・・・」

 二人はヒソヒソと話しながらその場に似つかわしくないほどの穏やかな表情を浮かべ、ただただ傍観し続けていた。


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