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第七十一話

 壬生 新撰組屯所


 「本当ですかっ!?」

 近藤の部屋で朝食(あさげ)を取っていた総司が、ご飯粒を飛ばしながら聞き返した。

 ・・・・・・その餌食になったのは、言うまでもなく正面に座っていた土方だ。


 「兄さま・・・・・・落ち着いて下さい。副長がキレてます」

 チラチラと土方の方に視線を送りながら、あかねは近藤のお膳にお茶を置く。

 「落ち着いてなんかいられませんよっ、今のは真実(まこと)なのですかっ!?」

 総司の口からは、更にご飯粒が飛んでいた・・・・・・。



 「今の私は新撰組に仕える身。その身で嫁ぐわけには参りません」

 キッパリと言い放つあかねに、総司は少し小首を傾げる。

 「お相手の方は納得されたのですか?」

 「はい・・・・・・ただし、この乱世が治まり平和な世となったあかつきには・・・・・・と(おお)せでした」


 総司の飛ばしたご飯粒を拭き取りながら話を聞いていた土方はニヤリと笑みを浮かべる。

 「なんと奇特(きとく)な・・・・・・よほどの変わり者だな」

 「本当に副長の仰る通りです。私のような何の取り得もない者に・・・・・・でも正直、嬉しく思いました」

 少し頬を染めて話すあかねの様子に、それまで黙っていた近藤が口を開く。


 「で、では許婚であることには変わりはないと?」

 「いえ、あちらにも立場がございます。いずれは妻を(めと)らなければならない身の上。いつまでもお待たせするわけには参りませぬゆえ・・・・・今回は全て白紙に戻して頂きました」

 「そ、そうか・・・・・・」


 少しだけ安心したような表情を浮かべる近藤に、土方は視線を送る。

 まるで「良かったな」とでも言うかのように。


 「なんにしても、安心しましたよ?」

 「心配かけしてしまって・・・・・・でも、これで確実に行き遅れるのは決定ですね?」

 あっけらかんと笑い飛ばすあかねに、総司は満面の笑みを向ける。


 「大丈夫です、その時はわたしがお嫁さんに貰いますから」

 「兄さま」

 ほんわかした空気に包まれる二人を横目に、土方がボソリと呟く。


 「バカ総司・・・・・・」

 その呟きはもちろん当人の耳には届かない。

 ただ、近藤が苦笑いを浮かべているだけだった。



 あかねの縁談が白紙に戻ったことを聞いて、ホッとしたのもつかの間。

 その日の昼過ぎに当事者である服部半蔵が壬生を訪れた。


 それも。

 まだ何も聞かされていない銀三(ぎんぞう)の前に・・・・・・。




 「新撰組(ここ)の居心地はどうだ?斉藤一殿」

 「!?と、頭領!?」

 突然目の前に姿を見せた半蔵に、銀三は驚きのあまり目を丸くする。


 「久しいな、銀。息災か?」

 「は、はい。おかげ様でこの通り・・・・・・」

 「肥後守(会津藩主松平容保)様もお変わりないか?」

 「はい」

 人目を避けるかのように木陰へと場所を移すふたり。



 「ところで・・・・・・もう聞いているか?此度(こたび)のこと」

 「はい、聞き及んでおります」

 そう言って銀三は少し辛そうに顔を下に向ける。



 半蔵が言っているのはあかねとの縁談のことだろう、と銀三は思っていた。

 白紙になったなど夢にも思わず・・・・・・。



 「今日はあかねに会いに来られたのですか?」

 「いや、お前達が暮らす新撰組とはどのような場所かと思ってな。局長の近藤とやらにもお目に掛かりたいものだが・・・・・・さすがにお前に口を聞いて貰うわけにはいかないな」

 「それは、さすがにマズイですね・・・・・・なんならあかねを呼んで来ましょうか?」

 「あぁ・・・・・・そうだな。だが、その前に・・・・・・」

 背中を向けようとする銀三に、半蔵は真剣な眼差しを送る。


 「頭領?」

 「・・・・・・お前は、それでいいのか?」

 全てを見透かすような強い視線。


 「え?」

 「あかねに何も言わず、そのままでいいのか?」

 「なっ!?」


 「昔からお前があかねに惚れていたのは知っている。今回の話が持ち上がったとき、少しは抗議してくるかと思っていたのだが・・・・・・結局お前は何も言ってはこなかった。もう、なんとも思っていないということか?それとも俺に遠慮しているのか?」

 「・・・・・・・」

 「そのまま何も告げず、ただ黙って見ているつもりか?銀」


 「お、俺は・・・・・・」

 半蔵の言葉に知らず知らずの内に拳を握る手に力が入る。


 「男なら立ち向かう勇気も必要だと思うぞ?奪う勇気もな・・・・・・」

 「で、でも、あかねが嫁ぐのは・・・・・・もはや決まっている事実。今自分の気持ちを伝えても、それはあかねを苦しめることにしか・・・・・・それなら何も言わない方が・・・・・・」

 「!!」


 この時はじめて半蔵は気づいた。

 銀三はあかねと自分が祝言を挙げると思っている、ということに。

 この時ふいに半蔵の心に悪戯(いたずら)心が芽生えた。 



 「何もしないのは、なんとも想っていないのと同じだぞ?それに・・・・・・あかねがお前の気持ちを知って苦しむかなど、誰にもわからないことだ。もしあかねがお前の言葉を待っていたら・・・・・・その方が苦しいだろうな」

 「なっ!?仮にも頭領にとっては許婚。恋敵でもある俺に想いを伝えろとっ!?」


 「ふっ・・・・・・恋敵、だと?・・・・・・・土俵にあがることを恐れて見ているだけの男を、俺が恐れるとでも?今のお前は恋敵でもなんでもない。ただの臆病者だ。自分が傷つきたくないだけの弱虫に負ける気などしない。恋敵などという言葉は土俵に上がってから言うんだな」

 「くっ・・・・・・」

 半蔵の言葉に言い返すことも出来ずに顔を歪ませる銀三。



 その表情に半蔵は少し「イジメ過ぎたか」と肩をすくめるが、本当のことを言っただけだとすぐに思い直す。

 それに・・・・・・。

 あかねに断られた腹いせもある。

 ・・・・・・もっとも、銀三のせいではないのだが。



 「悔しいと思うなら・・・・・・行動に移せ、銀。欲しいものを欲しいと言え、銀。今の悔しさは必ず後悔に繋がるぞ?・・・・・・少なくとも今一番近くにいるのはお前なんだ・・・・・・これを好機とせず、眺めているだけでお前は満足か?・・・・・・まぁ、お前が何もしないというなら・・・・・・俺にとっては好都合だが、な」

 そう捨て台詞を吐くと半蔵は右手をヒラヒラさせながら去っていく。


 残された銀三はその背中を見送りながら、唇をギュッと噛み締めていた。


 半蔵の言葉のひとつひとつが銀三の胸に突き刺さる。

 言い返す言葉も見つからないほど、その言葉は当たっていた。



 自分は逃げているのだ、と。

 傷つきたくないだけなのだ、と。


 こんなにも傍にいるというのに。

 伝える機会は何度もあったというのに。


 想いを告げてあかねとの今の関係が壊れたら・・・・・・。

 そう思うと何も出来なかった自分。


 全てが半蔵の言うとおりだ。

 自分はいつからこんなにも臆病になってしまったのだろう。

 傷つく事を恐れるばかりで、何を護れるというのだ?



 小さくなっていく半蔵の背中を見つめながら、銀三は強く拳を握り締めていた。

 瞳に強い決意を宿して・・・・・・。


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