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第六十八話

 文久4年 元旦


 年末に起こった突然の訃報(ふほう)

 その悲しみに暮れる暇もなく。

 新撰組屯所は、いつも以上の慌ただしさに見舞われていた。



 なぜなら・・・・・・。


 

 武家の頭領とも言うべき、14代将軍徳川家茂公が前年に続き再度上洛されるからである。



 前年の尊攘派一掃により、京都は公武合体派が勢力を握っていた。

 もちろん表向きの話である。


 そして公武合体の象徴とも言うべき徳川宗家と天皇家の婚姻。

 その張本人である将軍家茂公が、孝明天皇に請われ上洛となったのである。



 そして。

 我らが新撰組も将軍家茂公の上洛に伴い警護役を申し出、会津藩より許しを得ているのだ。

 本来なら正月を楽しみたいところだろうが・・・・・・今年はそうも言っていられない。

 皆、右へ左へと走り回り準備に追われるのも当然だ。




 そんな中。

 京都に残ることが決まっている山南は、島原の明里の元を訪れていた。


 もちろん(すす)めたのは土方だ。

 自分達が留守にしている間、屯所から離れることは出来ないだろうからと気を利かせたのだろう。


 真面目な山南が「こんな時に・・・・・・」と断ろうとしたのだが・・・・・・半ば無理矢理屯所から追い出した上、見張り代わりだと言ってあかねを同行させる・・・・・・という念の入れようだ。



 「なにもあかねくんを付けなくても・・・・・・」

 「あれでも土方副長は気にされているんですよ?山南副長が島原に行こうとされないので・・・・・・」

 島原までの道中、申し訳なさそうな表情を浮かべる山南にあかねは笑みを向けていた。


 「いや・・・・・・そういう意味ではなく・・・・・・女子(おなご)の君を連れて行くのは・・・・・どうも・・・・・・」

 「あぁ、そちらですか・・・・・・どうかお気になさらず・・・・・・局長たちに連れられて何度も足を運んでいるのでもう慣れてますから」


 あっさりと言い切るあかねに、複雑な表情を浮かべる山南。

 「それはそれで・・・・・・問題だね」

 「あはっ、言われてみればそうですよね?うっかり忘れていました」


 二人はそのまま談笑しながら島原の大門を(くぐ)り抜け、もはや行きつけとなった角屋の敷居を越えていた。




 同じ頃。

 果てしなく続く海原を進む翔鶴丸の船内には、真っ直ぐに前を見据えるひとりの男の姿があった。


 その視線の先に思い描くのは懐かしき京の都。

 そして約1年ぶりに再会するであろう、懐かしき者の姿。


 (驚くだろうな・・・・・・きっと・・・・・・)

 考えただけでもワクワクするのか、その男の顔には自然と笑みが浮かんでいた。



 「やけに楽しそうではないか?服部?」

 「!!上様!?・・・・・・これは、お恥ずかしいところを・・・・・・如何(いかが)なされました?」

 「なに、少し風に当たろうと思ってな・・・・・・」



 上様と呼ばれたその方こそが徳川幕府14代将軍家茂公であり、その隣にいるのは服部半蔵。

 つまりは江戸城御庭番を束ねる頭領であり、あかねの許婚(いいなずけ)でもある。



 「・・・・・・あかねに会うのは久しいのぉ。和宮も会いたいとしきりに言っておった」

 「そのお言葉を聞けば、あかねもさぞ喜ぶことでしょう」


 「しかし・・・・・・そなたがあかねを嫁に貰いたいと言ったのには、さすがに驚いたぞ?・・・・・・なにゆえもっと早くに言わなかったのだ?なにも江戸を離れた今でなくとも・・・・・・」

 「それは・・・・・・離れたから、にございます」

 心なしか頬を染め恥ずかしそうに答える服部。


 「・・・・・・というと?」

 「お恥ずかしながら・・・・・・離れてみて初めて(おのれ)の想いに気づいた、とでも申しましょうか・・・・・・その存在の大きさを思い知らされたとでも言いましょうか」

 家茂は服部の答えに視線を大海原へと移すと、愛しい者を思い浮かべるかのように優しい表情を見せると小さく頷いた。


 「・・・・・・その気持ち・・・・・・わからぬでもない。わたしとて和宮と離れていると思い知らされることがある。特に、今のような何もしない時間には思い出されてならないぞ」

 「上様・・・・・・」


 「しかし、(めと)った後も離れて暮らすのであろう?・・・・・・良いのか?それで?」

 「正直言えば、嫌ですが・・・・・今はこの国の一大事にございますれば・・・・・・この難局を乗り越え、平和な世が訪れれば・・・・・・良き想い出となりましょう」


 「すまぬな」

 「上、様?」


 「そなたたちを(まつりごと)の犠牲にしてしまったのは、わたしの力不足に他ならぬ」

 「そのような勿体なきお言葉、痛み入ります。なれど、これは我らが忍びの宿命にございます。我が父母も長く離れて暮らす夫婦(めおと)にございましたが、私の知る限り2人は幸せそうに見えました。ですから、我らにとっては普通のことにございます。泰平の世にあっても、動乱の世にあっても・・・・・・忍びである限りの運命(さだめ)にございます」


 「服部・・・・・・」

 「・・・・・・少し風が冷たくなって参りましたね・・・・・・中へ戻ると致しましょう」

 「あぁ・・・・・・そうだな」



  ― 運命(さだめ) ―



 服部が自然と口にしたその言葉を、家茂は何度も心の中で呟いていた。



 人はこの世に生まれ落ちた瞬間(とき)から、それぞれに宿命を背負っている。

 自分が将軍になったように。

 その自分の元へ嫁いだ和宮もまた、宿命だったのだろう。


 それを自分は悲観してきた。

 唯一の救いは和宮との夫婦仲が円満だということぐらいだ、と。


 だが服部は違う。

 背負った宿命を悲観することもなく、全てを前向きに受け入れ受け止めている。

 決して幸せといえる道ではない。


 自分に仕えることで自由はないのだ。

 好きなときに好きなところへ飛んでいく鳥にはなれない。

 言うなれば、自分と同じ駕籠(かご)の鳥。

 幕府という囲いの中でしか飛ぶ事を許されない。


 それでも。

 その運命を受け入れ駕籠(かご)の中で精一杯、羽を広げはばたこうとしている。


 そんな服部だからこそ。

 自分は無条件で信頼出来るのだろう。

 その生き方を眩しいとすら思ってしまうのだろう。


 そんな服部だからこそ。

 幸せになって欲しいと願ってしまう。


 自分が和宮という拠り所を得たように。



 「そういえば、和宮さまへの土産物はお決まりですか?」

 「あぁ、京の反物はどうかと思っておるのだが・・・・・・」

 「それはお喜びになられるでしょうね・・・・・・確か贔屓にされていた反物屋があったはずです・・・・・・京に着いたら早速手配致しましょう」

 「それは助かるぞ、わたしでは選び兼ねると思っていたのだ」



 服部のさり気ない気遣いに、家茂は心が温かくなるのを感じながら船内へと入って行く。


 土産を受け取った愛する妻の喜ぶ顔を思い浮かべながら・・・・・・。




 年が明けてすぐの1月2日に大阪に向けて出発した新撰組一同は、同月8日に大阪の地へ到着した将軍家茂公を安治川河口付近で出迎え、大阪城へ入城されるまでの間警備にあたっていた。

 と、言っても。


 天下の将軍様に御目見え出来るような身分ではないので、その姿を見ることも叶わない。

 だが「将軍様警備をしている」という事実がとても誇らしく思えた。


 考えても見れば、ただの農民に過ぎなかった自分達が刀を持っている方が不思議なのだ。

 そんな自分達が将軍様の警護をしているのだ。

 これ以上に名誉に思う事はないだろう。


 たとえ家茂公の目に留まらなくても、この瞬間だけは武士になれたような・・・・・・永年の夢が叶ったような・・・・・・そんな心持ちだったのだろう。

 あのお堅い土方でさえ、この名誉ある任務には少し浮かれていた。


 ただ。

 何か大切なことを忘れているような・・・・・・。

 将軍上洛に合わせて何かがあったような・・・・・・。


 土方の心には何かが引っかかっていた。

 それが何かは思い出せないまま。


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