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第六十六話

 文久三年 十二月 中旬


 大阪に出張していた土方・山南率いる十名が無事壬生へと帰ってきたこの日。

 屯所内はまるで祭りでも開いているかのような騒ぎになっていた。

 無事再会出来たことを心から喜びあい、飲めや歌えの大騒ぎである。


 そんな隊士たちの浮かれた様子を尻目に、土方は近藤と共に八木邸の離れで静かに(さかずき)を交わしていた。

 互いの無事を喜び、再会を祝して。



 「しかし・・・・・・払った代償はあまりにも大きいものになってしまったな」

 「あぁ・・・・・・俺の甘さが招いたことだ。何を言っても許されることじゃねぇ・・・・・・だが、あの人は俺を責めようともしねぇ・・・・・・俺に出来ることなんか数少ないってぇのに・・・・・・」

 「お前は昔からなんでも一人で背負い込む癖がある・・・・・悪い癖だな」


 「そりゃぁお互いさまだろ?・・・・・・あかねのことで自分を責めてるって顔に書いてあるぜ?んなことじゃ、余計あかねが気にするだろうよ?」

 「それはお前にも言えることだ」

 「・・・・・・(ちげ)ぇねぇな・・・・・・・」


 互いに顔を見合わせた二人は同時にフッと笑みを浮かべる。

 他人のことならこんなにも的確な判断が出来るというのに。

 自分のこととなると、そんな簡単な答えも出せない。


 だからこそ。

 自分達は一緒にいるのだろう。



 「山南さんのことは、ゆっくり本人の意向を聞きながら考えていこう。今は公方様のご上洛を控えていることだしな」

 「あぁ、そうだな・・・・・・」




 翌朝。

 澄み切った青い空の下。

 屯所の庭先には鼻歌交じりに洗濯物を干すあかねの姿があった。


 短くなった髪を揺らし、御機嫌な様子でテキパキと仕事続けるあかねの姿を偶然通りかかった土方が眩しそうに見つめる。


 「副長?何か御用ですか?」

 こちらを振り返ることなく、声を掛けるあかねに土方はフッと笑みを浮かべる。

 「さすがだな・・・・・・見ることなく気配だけで俺だとわかるのか?」


 「そりゃぁ、長く共にいますからねぇ」

 「で?なんでお前はそんなに楽しそうなんだ?」

 「今日はお天気がいいですからねぇ、つい嬉しくなっちゃって」

 手を休めることなく答えるあかねの背中を眺めながら、土方は少し首を傾げる。


 「・・・・・・そういうものか?」

 「そういうものですよ」

 初めて土方の方に顔を向けたあかねの顔は、嬉しそうに(ほころ)んでいた。


 「・・・・・・お前、その髪似合ってるな」

 何気なく言った土方の言葉に、あかねは目を丸くする。

 「副長でもそのようなこと言われるんですね?」


 「それは、どういう意味だ?」

 「あ、いえ。何の得もないのに私に褒め言葉を掛けて下さるなんて・・・・・・珍しいこともあるな、と・・・・・・」

 「・・・・・・相変わらず容赦ねぇな、お前は」

 「あはは、そうですかぁ?」


 「まったく・・・・・・自覚がねぇところが益々そっくりだぜ」

 溜息交じりにボヤく土方をあかねは楽しそうに見つめる。

 「副長?あまり気に病んではなりませんよ?副長が自分を責め続ける限り・・・・・・山南副長も気にされてしまいますから・・・・・・たまにはお二人で島原にでも行かれてはどうですか?きっといい気晴らしになると思いますから・・・・・・」


 「!!・・・・・近藤さんに聞いたのか?」

 「いいえ、何も聞いてませんよ?・・・・・・でも、お二人の様子を見れば何かあったことぐらいわかります。副長は顔に出やすいですから・・・・・・」

 「まったく・・・・・・お前には(かな)わねぇな。たいした女だぜ・・・・・・そうだな、たまには気晴らしも悪くねぇ・・・・・・ご忠告、有難く聞くとするか」



 あかねのさり気ない優しさが土方の(くす)ぶっていた心を軽くする。

 何も言わなくても。

 何もしなくても。

 自分を理解する者がいるというのは、こんなにも心強いものなのか。



 「どうだ?お前も一緒に来ないか?深雪とかいう太夫が首を長くして待っているのだろ?」

 「・・・・・・兄さまですね?」

 「あぁ、総司のやつちょっと妬いてやがったぜ?相手は女だってぇのに・・・・・・しっかしお(めぇ)も隅に置けねぇなぁ?太夫を虜にするとは」

 ニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべる土方に、あかねは溜息を吐く。


 「今回はさすがに驚きましたよ・・・・・・でも、誰かに想われているというのは有難いことですね」

 まんざらでもない様子のあかねに土方も目を丸くする。

 「お、おいっ、お前!?」


 「さぁ?どうでしょう?相手は太夫(たゆう)ですからねぇ・・・・・・あの色香に惑わされるのは殿方ばかり・・・・・・とは限りませんよ?」

 あはは。と笑ってその場を立ち去るあかねの後ろ姿を土方は複雑な表情で見送る。


 「・・・・・・いやいや、それはナイ。普通ナイだろ?ナイよな?ナイナイ・・・・・・いや、ナイって」

 土方の独り言に答えるものはなかった。

 ただ、冬の冷たい風がヒューっと吹き抜けるばかりで。




 この年の秋。

 新たに入隊したものの中に、武田観柳斎という男がいる。

 この武田という男。

 甲州流軍学を修めたところが近藤の目に留まり、入隊を許されたのだが・・・・・・。


 なぜか。

 あかねを敵視している風で、顔を合わせると必ずチクリと嫌味を言ってくる。

 言われたあかねの方は、たいして気に留めてはいないのだが周りで見ているものにすれば目に余るのだろう。


 しかも、この男。

 幹部連中には媚びへつらうので尚更、隊士たちの評判は良くない。

 ただ。

 甲州流軍学を教えて貰っている以上、下手なことを言うわけにいかないのもまた事実だ。


 そして。

 最近では、副長助勤のひとりである野口健司とよく行動を共にしている姿が目撃されていた。


 野口健司といえば、唯一残った芹沢派の人間で今では隊内での影も薄くなっている。

 少し前にあかねと話をしてから、少し表情は明るくなったがそれでも以前ほどではない。

 野口自身は副長助勤という役職から外して貰いたい、と何度も近藤に願い出ているらしいが近藤はそれを聞き入れようとはしなかった。


 野口の剣の腕と人柄を見れば当然の答えではあったが、理由はそれだけではない。

 芹沢派だった野口を役職から外すということは、芹沢自身を否定することにもなり兼ねないのだ。


 それは、芹沢を粛清したと認めるようなもの。

 そうなれば隊内に波紋を呼ぶことになるだろう。

 今の現状では、それは避けなければならないのだ。


 それが、近藤と土方・山南の両副長が導き出した答えだった。

 野口も今ではそれを理解してくれている。


 そんな経緯の中。

 武田観柳斎が野口に近づいているのだ。

 彼の真意はわからない。


 ただ。

 野心家の武田が何故(なにゆえ)野口に取り入ろうとしている様子をあかねは危惧(きぐ)していた。


 根拠はない。

 ただ。

 女の勘・・・・・というやつだ。


 あかねの考えすぎ・・・・・・ということも、もちろんあるだろう。

 もしかすると、二人が偶然気が合ったのかもしれない。

 だが、あからさまに幹部に取り入ろうとする武田の行動に疑問を持つのも仕方ないことだった。



 そしてその勘は。

 ・・・・・・当たることとなる。


 遠くない未来に。


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