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第六十四話

 「あかねくんの容態は?」

 処置室から出てきた近藤に声を掛けたのは、桂小五郎だった。

 「今はよく眠っています・・・・・2、3日もすれば元気になると・・・・・・」

 安心したのか力が抜けたようにストンと隣に座った近藤に、桂も安堵の息を漏らす。

 「そうですか・・・・・・良かった・・・・・・」



 町はずれに位置する、とある診療所。

 その待合室に並んで座る近藤と桂。

 普段では考えられない光景だ。



 「申し訳ない・・・・・・わたしの目が行き届かなかったせいで・・・・・・・彼女を危険に(さら)してしまって・・・・・・」

 「いえ・・・・・・わたしも貴方の同志を傷つけましたから・・・・・・それに桂さんのおかげで彼女をこんなに早く医者に診せることが出来たのです・・・・・・わたし1人だったら壬生まで戻っていたでしょうし・・・・・・」


 そう言った近藤の顔には安堵の色が広がっていた。



 「近藤さん・・・・・・今夜はただの昔馴染みの男同士として話してもいいかい?」

 「?」


 「君は・・・・・本当にあかねくんを大切に想っているんだね・・・・・・これを幾松が知ったら・・・・・・きっと喜ぶだろう・・・・・・」

 「桂さん・・・・・・」



 「あかねくんは君がよこした密偵だったのだろう?」

 「!!・・・・・・気づいて・・・・・いらしたのですか?」

 「これでも勘がいい方でね・・・・・・でなければ、今頃牢獄に入っているさ」

 皮肉交じりに笑う桂に、近藤も思わず笑みを零した。


 「ハハハ・・・・・・それもそうですね」

 「もちろん幾松も知っている・・・・・・知った上であかねくんを気に入っているのだから複雑だがね」

 「いつから・・・・・・気づいてらしたんですか?」


 「君が身請けを申し出たとき・・・・・かな?」

 「なるほど・・・・・・確かにあれは急ぎすぎましたね」

 「君らしくなかったからね?でも折角潜り込ませた密偵を何故(なにゆえ)急いで迎えに来たんだい?」

 「いや・・・・・それは、まぁ・・・・・・いろいろありまして・・・・・・」



 さすがに総司の妹だから、とは言えない。

 それにあの時あかねを身請けしたのは総司の為だけだ・・・・・・とは言えない。

 総司の心を壊さない為という建て前の裏側に、自分個人の欲があったのも確かだ。



 「まぁ、戦略上言えぬこともあるだろう・・・・・・これ以上は聞くまいよ」

 「桂さん・・・・・・すいません」

 「いや、君があかねくんを大切にしていることがわかれば満足だよ、部下としてではなく女子(おなご)として・・・・・・ね」



 立場は違えど。

 誰かを護りたいと願うのは同じ。

 誰かを愛する気持ちは皆が持っている。

 そしてその想いがどれほどの力を秘めているかは、測り知れないものだ。



 「わたしたちの歩む道は違ってしまった・・・・・・だが互いに護りたいもののために戦っている・・・・・・出来る事なら同じ未来を見ていたかったよ」

 独り言のように呟いた桂。


 「いつから道が変わってしまったのでしょうね・・・・・・もう、交わることは出来ないのでしょうか?」

 桂の言葉に遠くを見つめるように答える近藤。



 「君が幕府を捨ててくれれば・・・・・・・」

 「貴方が幕府についてくれれば・・・・・・・」



 ほぼ同時に。

 2人の言葉が重なる。

 全く別の意味を示しながら。



 同時に互いの言葉を耳にしながら固まる2人は、思わず顔を見合わせて吹き出す。

 「どうやら、交じり合うことはないらしい」

 「ハハ・・・・・・そのようですね。お互い信念のもとに選んだ道です、そう簡単には変えられない」


 「そうだな・・・・・・さて、わたしは行くとするよ。今夜は幾松のもとに顔を出す約束をしていてね・・・・・・あまり遅くなると機嫌を損ねてしまう」

 おもむろに立ち上がった桂が、近藤の方に向き直る。


 「今夜は助かりました・・・・・・幾松殿にもよろしくお伝えください」

 「あぁ、もちろん伝えておくよ・・・・・・たまには幾松に顔を見せてやってくれと、あかねくんにも伝えて貰えるかな?もちろん密偵としてではなく、ただの妹分として・・・・・」

 「えぇ、わかりました。必ず伝えます」


 近藤の言葉を聞き終えた桂は満足気にひとつ頷くと、その場を後にする。


 「ありがとう・・・・・・桂さん」

 その背中を見送った近藤は、そう小さく呟いた。




 ― 同じ頃 新撰組屯所 ―


 「あかねさんが無事だったようで安心しました・・・・・・もっとも体調の方は心配ですけど・・・・・・」

 総司は隣に座る斉藤に視線を移すと、小さく呟く。



 少し前に近藤からもたらされた知らせには、あかねの無事が記されていた。

 ただ風邪で倒れたというのは心配ではあったが、命に別状はないのだ。

 それさえわかれば一安心といったところだろう。

 


 「今夜は局長が付き添うとのことですから・・・・・・明日にでも行かれてはどうですか?」

 「そうですね・・・・・・斉藤さんも一緒にどうです?」

 「えっ!?わたしも・・・・・・ですか?」

 思わぬ総司の言葉に、斉藤は目を丸くしていた。


 「だって、心配でしょう?」

 「・・・・・・えぇ・・・・・それは、まぁ・・・・・」

 「・・・・・・斉藤さんって・・・・・・不思議ですよね?」


 「え?」

 「時々思うんです・・・・・・斉藤さんはあかねさんのことをよく理解していらっしゃるなぁーって」

 チラリと視線を移す総司に、斉藤は動揺が隠し切れない。


 「そ、そんなことは・・・・・・」

 「そうですかぁ?でも・・・・・・あかねさんが三本木で芸妓をしていることを知ってましたよね?」

 「!!・・・・・・まさか・・・・・わたしはただ、いい(おんな)がいると聞いたのでお教えしただけですよ?」



 「それに・・・・・・御所警護に出動したあの夜・・・・・・姿の見えなかったあかねさんを見つけてきてくれたのは斉藤さんでしたよね?」

 「あ、あれは、本当に偶然で」


 「あの時の怪我の理由・・・・・・斉藤さんはご存知なのではないですか?」

 「い、いえ・・・・・・わたしは気を失って倒れている彼女を見つけただけなので、何があったのかは・・・・・・」



 「ふーん・・・・・・まぁ、そういうことにしておきますけど・・・・・・」

 全く信じてはいないとでも言いたげな顔で受け流す総司に、斉藤は苦笑いを浮かべる。



 さすがによく見ている。

 あかねを大切にしているだけのことはある。

 まるで全てを知っているかのような総司の言葉に、斉藤は感心するしかなかった。



 「明日は一緒に行きましょうね?」

 にっこり微笑む総司に半ば押し切られる形で、コクリと斉藤は頷く。



 きっと。

 追及するつもりはないのだろう。

 敵か味方かわからなくても。


 あかねの味方ならば、自分たちの敵ではないだろう・・・・・・と。

 総司なりに答えを出しているのだ。


 だからこそ。

 近藤や土方に告げることもせず。

 責めることもしない。


 ある意味では。

 誰よりも器が大きいのかもしれない。

 特に。

 あかねに関係する人に対しては、無条件で受け入れようとしているのだろう。


 逆に。

 あかねを傷つけようとする者に対しては、鬼にもなれる。

 以前、容赦なく攘夷浪士たちを斬り捨てたように。


 斉藤は総司の中に鬼と仏が同時に存在しているのをヒシヒシと感じていた。


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