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第六十三話

  京都 朱雀村


 (よい)五つにもなると辺りは真っ暗で、不気味なほどの静けさが近藤を包んでいた。

 あかねが(とら)われていると思われる廃寺まではあと少し。

 それがわかっていても、焦る心がその距離をとても遠くに思わせる。


 必ず助ける。



 近藤の胸にあるのはそれだけだ。

 たとえ自分の命を落とすことになっても。

 愛する女を護りたい。


 この時の近藤は、新撰組の局長ではなく。

 ひとりの男。

 愛する者を護りたいと願う。

 ただの男に過ぎなかった。




 指定された廃寺に足を踏み入れた近藤を待っていたのは3人の浪士で、そこにあかねの姿は見当たらない。

 「あかね・・・・・・駒野はどこだ?無事、だろうなっ!?」

 声を張り上げる近藤に、浪士のひとりがニヤリと笑みを浮かべ(あご)で自分たちの後ろを指し示す。


 「さすがの狼も女は大事と見える・・・・・・案ずるな、女は丁重に預っている」

 「っ!!」

 男の示した方には、ぐったりとしたあかねの姿があった。

 そしてその隣には刀をチラつかせる別の男。


 あかねはその場に座らせられると、後ろに束ねた髪を(つか)まれ顔を上げさせられる。

 暗がりの中、その表情までは見えなかったが様子がおかしいことは明らかだった。


 「彼女に何をしたっ!?」

 「何も・・・・・そんなことより腰の刀は捨てて貰おうか」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべた浪士たちの顔。

 そして。

 苦しそうに顔を(ゆが)め、額に汗を浮かべるあかねの顔。



 近藤はあかねから視線を外す事なく腰の刀へと手をやり外そうとした、まさにその瞬間。

 一番聞きたかった愛しい声が近藤の耳に届いた。

 「き、きょ・・・・く、ちょう・・・・・・」


 その声は弱々しく。

 聞き逃してしまいそうなほど小さく。

 だが、間違いなくあかねの声だった。


 「あかねくんっ!!」

 「す、みません・・・・・ご迷惑を・・・・・・」

 「そんなことはいいんだっ!君さえ無事ならっ!!」

 「刀・・・・・・捨てないでください・・・・・・」


 ゆっくりと顔を上げたあかねの瞳は、真っ直ぐに近藤を見つめていた。

 「あかねくんっ!?」

 「それは・・・・・・武士の、誇り・・・・・いえ、魂・・・・・魂を捨てては・・・・・なりません」


 苦しそうに肩で息をしながらも、あかねの言葉はハッキリと近藤の耳に届く。

 それは同時に、その場にいた浪士たちにも聞こえていた。


 「どうかお捨て置きください・・・・・・無様(ぶざま)にも敵の手に落ちた駒など・・・・・・どうか・・・・・お願いです・・・・・・・」

 「!!」



 こんな状況でさえ。

 自分のことよりも。

 局長という立場にある近藤のことを優先させようとするあかね。



 「こ、このアマっ!!おいっ、そいつを黙らせろっ!!」

 近藤に対峙(たいじ)していた浪士が叫ぶと、あかねの隣にいた浪士が掴んでいた髪をグイッと引っ張りあかねの頬をパチンと平手打ちした。



 「あかねくんに手を出すなッッッ!!お前達が欲しいのはわたしの首だろうっ!?」

 「ははは、なんだ話が早いではないか。その通りだ、お前の首を取れればそれでいい。さ、刀を捨てて貰おうか?」


 ゆっくりと間合いを詰めながらも、3人の浪士たちはそれぞれが刀を抜き近藤が刀を捨てるのを待っていた。



 「彼女を無事帰すと、約束してくれ」


 護りたい。

 彼女を。

 愛する女を。


 必ず、護る。



 「あぁ、もちろんだ。武士に二言はない」


 相手の言葉に近藤はひとつ(うなづ)くと、鞘ごと刀を外し地面へとゆっくり置いた。



 「かかれっ!!」

 という浪士の言葉と同時に、あかねを捕らえていたはずの浪士の悲鳴が重なった。

 「ぅぎゃぁぁぁぁっっっ!!!」


 今にも飛び掛ろうとしていた浪士たちが、その悲鳴に驚いたように振り返る。

 と、そこには血で赤く染まった(あかね)と倒れ込んだ仲間の姿があった。


 「な、何っ!?」

 状況を飲み込めない浪士たちが浮き足立ったのを、近藤が見逃すはずはない。

 地面に置かれたばかりの自分の愛刀を手に取ると、すぐさま(さや)から抜き去り一番近くにいた浪士へと斬りかかる。



 近藤の太刀は迷いなく浪士目掛けて振り下ろされる。

 だが、近藤の目はその先にいるあかねの姿だけを追っていた。

 「あかねくんっっっ!!!」


 近藤の目に映ったあかねの姿。

 その手にはいつもの愛刀が握られ、頬には返り血を浴びている。

 なによりも近藤が目を(みは)ったのは、あかねの短くなった髪。


 近藤は込み上げる怒りの全てをぶつけるかのように、刀を振り上げていた。

 獲物を捕らえた狼のように。



 「双方、静まれっっっ!!!」



 血の匂いがたち込める廃寺に響く声。

 その声は寺の入り口に立つひとりの男から発せられたもの。

 その場にいた全員が一斉にそちらへと視線を向ける。



 「近藤さん・・・・・・今回はわたしの目が行き届かず、大変申し訳ないことをした・・・・・・どうか、刀を退()いて貰えませんか?」


 その男はゆっくりとした足取りのまま、こちらへと近づいて立ち止まる。

 その時、雲に(おお)われていた月が姿を現し男の姿をゆっくりと照らした。



 「か、桂先生っ!!」

 「この愚か者どもがっ!女子(おなご)を盾にするなどっ、恥ずかしいとは思わないのかっ!!」

 桂の迫力ある一喝が辺りに響き渡る。


 「で、でもっ!!」

 「そのような卑怯な手を使うような者・・・・・・攘夷を志す我らの仲間ではないっ!!すぐにこの場を立ち去れっ!!」

 桂の殺気立った言葉は浪士たちの戦意を消失させるには充分すぎるものだった。




 ― 数分前 ― 

 後ろ手に縛られていたはずのあかねの手は、いつのまにか自由になっていて浪士たちの意識が近藤に集中している間に懐に入れていた刀を握りしめていた。

 あかねに刀を向けていた男は、それに気づくことなくただあかねの髪を掴んでいる。

 それは月が雲間に隠れていたことも味方したのだろう。



 機会(チャンス)は一度だけ。

 自分に注意を向けられていない、今。

 この瞬間を逃せば勝機はない。



 あかねは咄嗟(とっさ)の判断で迷うことなく自分の髪を切り落としていた。

 意表を突かれた浪士が態勢を崩したのと同時に、あかねの刀が浪士の首元を切り裂く。

 突然襲われた痛みに、悲鳴を上げた男はそのまま動かなくなった。


 だが、それを知る者はいない。

 見ていた者も、いない。

 近藤も、敵である浪士たちも、もちろん桂小五郎も。




 近藤は柱に寄りかかるようにして立っているあかねのもとに駆け寄ると、短くなってしまった髪へと手を伸ばす。

 「あかねくん・・・・・・髪・・・・・・」

 「大丈夫、ですよ?・・・・・・髪など、時間が経てばまた伸びますから・・・・・・それよりお怪我は?」


 「わたしならこの通り・・・・・・だが女子(おなご)にとって髪というのは命と言うだろう?」

 「局長の命以上に大切なものなど・・・・・・ありませんよ?」

 そう言って笑ったあかねの身体は、近藤の腕に吸い込まれるように倒れ込む。


 「あかねくんっ!?しっかり・・・・・・って、すごい熱じゃないかっ!?」

 「だ、い・・・・・じょうぶ・・・・・・です」

 「大丈夫なわけがないだろうっ!?」

 倒れ込むあかねの身体を抱きとめながらも、近藤は明らかに取り乱した様子であかねの額に手を当てる。



 近藤の様子に桂が声を掛ける。

 「近藤さん、この近くに知っている医者がいるから・・・・・・案内させてくれないか?」


 桂の申し出に、近藤はすぐさま大きく(うなづ)く。

 「桂さん・・・・・・お願い出来ますか?」

 「もちろんだよ」



 普段ならば敵同士のはずの近藤と桂だが。

 この時ばかりはそんなことは言ってられない。


 近藤にとっては大切な人。

 そして桂にとっても可愛い妹のような存在。


 お互いの利害が一致すれば、そこに敵も味方もない。

 2人は時折あかねの様子を心配そうに見ながら、医者の所へと向かっていた。


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