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第五十七話

 文久3年 11月15日


 一橋慶喜公の警護の為、大阪に向かうことになった土方、山南、原田、永倉の4人と平隊士6人。

 その出発を明日に控えたこの夜。


 もしかすると最後になるかもしれない、という名目で酒宴が催されていた。

 ・・・・・・要は飲むための口実である。

 もちろん言い出したのは永倉と原田の二人だ。



 そんな中。

 土方は局長である近藤の部屋を訪れていた。

 しばらく京都を留守にすることになり、不安がないとは言えない。

 留守の間に何が起こるかなど、誰にも想像出来ないのだ。


 永倉たちの言うとおり『最後』になるかもしれない。

 それは自分たちかもしれないし、京都に残った者の身に起こるかもしれない。

 ただ、自分たちがそんな中に身を投じていることだけは確かだ。


 それに。

 土方には少々、気にかかることもある。

 極力黙って見守ろうとは思っていたが、明日からはそれも叶わないのだ。



 「すまんな、トシ。本来ならわたしも行くべきところなのだろうが・・・・・・」

 「何言ってやがる、京都を留守にするほうが問題だろう?」

 「いや、まぁ。そうなんだが・・・・・・」


 「それに、年明け早々に決まった公方様のご上洛の際には新撰組総出で行くことになるだろう?あんたにはそん時にたっぷり働いて貰うさ」

 皮肉交じりな笑みを浮かべる土方に、近藤の顔も緩む。

 「あぁ、そうだな」


 「ところで・・・・・・」

 おもむろに真面目な表情をする土方に、近藤は首を傾げた。

 「ん?どうした?」


 「わかっているとは思うが・・・・・・あかねにヘタな事するなよ?」

 「っ!!・・・・・・な、な、なに言って・・・・・・!?」

 思いがけない土方の言葉に、近藤の顔には焦りの色が浮かぶ。


 「俺が気づいてねぇとでも思ってやがったのか?」

 「な、な、なんのことだっ!?」

 しらばっくれようとしても、近藤の額には汗が浮かび動揺を隠す事は出来ない。


 「かっちゃんっ!!」

 土方が昔の呼び名をすると、観念したのか近藤は視線を落とした。


 「あんたの気持ちはわからなくもねぇさ、あれは確かに良く出来た女だ」

 「えっ!?ま、ま、まさか・・・・・・!?」

 「誤解すんじゃねぇよ、俺は子供(ガキ)には興味ねぇ。俺にとってあかねは同志でしかねぇよ・・・・・・だが、忘れるな?あいつは既に許婚のある身だ。もしも手を出すようなことがあれば・・・・・・不義密通の罪に問われることにもなりかねねぇ」


 「・・・・・・わかってるさ、そんなこと・・・・・わたしは彼女とどうにかなりたい訳じゃないんだ」

 「抱きたいわけじゃねぇ・・・・・って・・・・・・あんた正気か!?」

 近藤の言葉に驚きを隠せないのか、土方は目を見開いて次の言葉を待っていた。


 「もちろん正気さ・・・・・・それに恋敵は未来の夫じゃなく総司だからな。勝てるなんて思ってないさ・・・・・・ただ傍で彼女が笑ってくれていれば・・・・・・それだけで充分だ」

 その言葉を裏付けるほど、近藤の表情は柔らかかった。


 「・・・・・・それほど惚れてるってぇワケか・・・・・・」

 「ははは、子供染みた考えだろう?自分でも驚いてるよ。自分の中にこんな感情があったなんてな・・・・・・だが、不思議と満たされているんだ。だから、心配するな?わたしは何も望んではいない。望むものがあるとすれば・・・・・・彼女がこのまま新撰組(ここ)にいることだけだ」

 「かっちゃん・・・・・・そうか・・・・・・わかった。なら、もう何も言わねぇ」


 「それに・・・・・・彼女にとってわたしは主君なんだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 「なんだよ、それ?」

 「先日、ハッキリそう言われた。主君だから命を懸けて護る・・・・・とね」

 複雑な表情を浮かべる近藤に、土方も黙りこくってしまう。


 あかねの考えはよくわかる。

 だが、惚れた相手(おんな)にそう言われて喜ぶものなどいないだろう。

 それは近藤の悲しげな表情を見ればわかる。


 男として見ていない。

 そう言われたのと同じことだ。

 初めから叶わない想いだとしても。

 一度抱いた想いは簡単には断ち切れない。


 傍に居ても居なくても同じ辛い思いをするのなら。

 せめて惚れた女の笑顔を見ていたい。

 それが近藤の出した答えなのだろう。




 ― 同じ頃 ―


 八木邸にあるあかねの部屋には珍しく斉藤一コト銀三(ぎんぞう)が訪れていた。

 なにしろ同じ敷地内にいるというのに、2人で話せる機会は数少ない。

 慌ただしい毎日の隊務のせいもあるが、あかねの傍には決まって誰かがいるのも事実だ。


 特に。

 近藤、土方、そして総司。

 この三人の誰かがいつもあかねの近くにいるせいで、思うように話しかけることが出来ないのだ。


 だが、今夜に限っては三人ともが屯所で明日出発の下阪組と(しば)しの別れを惜しんでいるのだ。

 こんな機会はそうそうない。

 そう思った銀三があかねの部屋を訪れるのは当然というわけだ。



 「聞いたぞ?縁談のこと・・・・・・」

 「あ・・・・・・うん。びっくりだよね?って私が一番びっくりしたんだけど・・・・・」

 ははは。と乾いた笑みを漏らすあかね。


 「まさか服部半蔵殿がお前を選ぶとはなぁ・・・・・・」

 「それ、どういう意味?」

 キッと睨む真似をしながらも、あかねの表情は柔らかかった。


 「・・・・・・お前の気持ちは吹っ切れてるみたいだな?」

 「?・・・・・心配してくれてたの?」

 銀三の顔を覗き込むように下から見上げたあかねの表情にドキッとしたのか、銀三は視線を天井へと向けた。

 無理もない。

 至近距離で上目遣いされたのだ。

 問題があるとすれば、あかねに自覚がないことだろう。


 「い、いや、まぁ・・・・・その、なんだ・・・・・・一応な」

 「ありがとね。でも、もう大丈夫だよ?・・・・・・そりゃ初めは驚いたけど・・・・・でもおかげで初心を思い出せた」

 「初心?」

 首を傾げる銀三にあかねはふふっと笑った。



 「ね、名前を貰ったときのこと覚えてる?」

 「なんだよ、いきなり・・・・・・」

 「私、この名前を貰ったとき自分がちゃんとやれるか不安で不安で・・・・・・夜こっそり泣いてたなぁ・・・・・って思って」

 昔を思い出すかのように遠くを見つめるあかねの様子に、銀三も頬を緩めた。


 「そういや、そうだったな。俺は嫌で嫌でたまらなかったぜ?銀()だったら格好よかったのに・・・・・なんで()なんだっ!?ってな」

 「そうだったね・・・・・・数字を貰って怒ったのは銀が初めてだって師匠もボヤいてた」

 銀三の言葉に、あかねも頬を緩め笑みを浮かべる。


 「あの頃・・・・・意味なんて知らなかったからな。あとから意味を知って(ひそ)かに震えたのを覚えてる・・・・・あっ、震えたって言っても怖かったわけじゃねぇぞ!?自分に課せられた大役に武者震いしただけだからなっ!」

 「・・・・・・なにも言ってないし・・・・・・」

 ひとり焦ったように弁解する銀三に、あかねは呆れた表情をしていた。


 「けど、なんで急にそんなこと?」

 「うん・・・・・・玄にぃがいない今、龍にぃに何かあったら服部半蔵の名を継ぐのは銀なんだなって思って・・・・・・」

 「・・・・・・」



 鞍馬の里では昔から男子の元服に合わせて名に数字を与えられる者がいる。

 もちろん全員ではない。

 要するに将来有望株に与えられる名誉のようなものだ。

 そして、徳川家との繋がりが出来てからは江戸城御庭番頭領となることを示していた。


 つまり。

 現在の頭領を襲名した龍一にもしもの事があれば、そのあとを玄二が継ぐ。

 玄二に何かあれば銀三・・・・・・という具合である。



 話は戻るが・・・・・・。


 少し寂しそうに笑うあかねの表情を見ながら銀三の胸はキュウと締め付けられていた。

 (よみがえ)るのはあの夜のあかねの泣き顔と、幼き頃の楽しい想い出。

 どちらも真実だが、あまりにもかけ離れた事実。


 だが、どちらの自分もあかねを想う気持ちだけは変わっていない。

 たとえあかねが他の男の元に嫁いだとしても。

 その気持ちだけは変わらないのだろう。

 それだけは銀三の中にある唯一の真実でもあった。


 もちろん。

 縁談の話を聞いたときには、動揺もしたし苛立ちも覚えた。

 だが、日が経つにつれ自分にはどうすることも出来ないことだと理解出来た。

 たとえ自分が想いを告げたところで事態は変わらない。

 逆にあかねを苦しめるだけだろう。


 ならば。

 この想いは胸に秘めたままで。

 そうすれば少なくとも今まで通り傍にいれる。

 ただの幼馴染として見守り続けることが出来る。


 元々、一緒になろうなど思ってはいなかった。

 ただ同じ時間を共に過ごせれば満足だった。

 何年も離れて暮らしたこともあったが、今は同じ場所で同じものを見ている。

 会津にいた頃に比べれば、毎日顔を見れるのだ。


 それだけで充分。

 それだけで満足。

 何度も自分に言い聞かせ、自分自身を納得させてきた。


 それが自分に出来る最善の方法だと信じて・・・・・・。


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