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第五十一話

 文久3年 9月26日 未明


 島原から逃げるように屯所に戻ってきた御倉・松井・松永・荒木田・越後の5名は、一旦部屋に引き上げたもののすぐに脱走するために動き出す。


 それは自分たちの身の危険を感じてのことだったが、逆に命を縮める結果になるとは・・・・・・。

 この時誰が気づいただろうか。

 それとも、それを覚悟した上での行動だったのか・・・・・・。

 今となっては知ることは出来ない。


 とにかく5人はそれぞれ別行動を取り、後ほど安全な場所で落ち合うという計画を実行に移す。

 だがそれは先回りをしていた幹部たちによってことごとく(はば)まれる事となる。



 御倉伊勢武(みくらいせたけ)は裏口から出ようとしたところを待ち構えていた斉藤一に討ち取られ、荒木田左馬之介(あらきださまのすけ)は庭に出たところで沖田総司の手に掛かった。

 辛うじて屯所の外に出ることが出来たのは、藤堂平助の襲撃を窓を破って逃走した松井と越後、そして井上の一撃を受けながらも逃げ出した松永の三人だった。

 松永は右腕を失いながらも追っ手を振り切るが、待ち構えていたあかねの手によってあっさり討ち取られ息絶えた。


 残った松井と越後の2人は共に塀を乗り越え屯所の外に出たところで、土方に発見され追い詰められている。


 「もう、逃げ場はないぞ?観念したらどうだ?」

 落ち着き払った土方の態度に、ジリジリと後退りする2人だったが自分達の背後に偶然居合わせる形になったあかねの姿に気づくと勝ち誇ったように口の端を上げた。

 もちろん、あかねの方はわかっていて姿を見せたのだが。

 そんなことをこの2人が知る筈もなく・・・・・・。



 「それは・・・・・・どうでしょう?」

 そう松井が言うが早いか、越後の手があかねの腕を掴み手にした刀を突きつけた。

 「この女を殺されたくなければ動かないで下さいっ!!」

 緊張感の走る場面だというのに、当の本人は呆れた表情を浮かべ小さく溜め息を吐いていた。


 「・・・・・・・チッ・・・・・・侍のくせに女を盾にするとは・・・・・・武士の風上にも置けねぇ野郎だな・・・・・・」

 土方の方も心底呆れたとでも言いたげな表情で溜め息を吐く。

 (それで逃げれると思っているあたりが・・・・・・心底甘いな・・・・・・見ろよあのあかねの顔。人質の方が落ち着いてるじゃねぇか・・・・・・)

 そう思った土方の視界に、あかねの顔がニヤッと笑むのが目に入った。



 「なんと言われようと、ここで死ぬわけにはいかないっ!!」

 噛み付かんばかりの表情で怒鳴る松井。

 それに対しあかねの首に腕をまわし刀を突きつける越後は、少し震えていた。

 その様子をチラリと横目で盗み見るあかね。


 「きゃぁ、たすけてぇ」

 一応、人質らしく声を上げてみたが自分でも驚くほどの棒読みで逆に恥ずかしさがこみ上げる。

 (あー、言わなきゃ良かった・・・・・・副長なんて必死で笑いを堪えてるし・・・・・・これじゃあ、どっちが人質なのかわからないや・・・・・・って言うか副長、緊張感なさすぎ・・・・・・あ、そうか・・・・・・自分のことは自分でなんとかしろってコトかぁ・・・・・・あの鬼め・・・・・・)


 越後にしろ松井にしろ、恐らく人を斬った事など無いのだろう。

 でなければ刀を突きつけたぐらいで震えることなどない。

 刀を持つ手は震え、額には冷や汗まで浮かべている。

 その上あかねの事をただの女子(おなご)と思っているせいか、隙だらけなのだ。

 それをあかねが見逃すはずはない。

 

 首にまわされた腕に思いっきり噛み付くと、背中越しにその鳩尾(みぞおち)へと肘を食らわせるあかね。

 それと同時に斬りかかった土方が松井を仕留めた。


 「さすがだな、相変わらずお前の手際の良さには感服するぜ?・・・・・ククッ」

 「滅相も無い。彼が震えていたおかげですよ?・・・・・って、なに笑ってるんですかっ!?」

 チラリと視線を送ると、越後は白目を()いて伸びたままだ。


 「いやいや、見事なほどに棒読みだったなと思ってな・・・・・・ククッ・・・・・・あれで緊張感が一気にほぐれたぜっ・・・・・・」

 「もうっ!笑いすぎですっ、っていうか忘れて下さいっ!大体、ハナっから緊張感なんてもの副長にはなかったじゃないですかっ!」

 「クククッ・・・・・・わかったわかった、忘れてやるからちょっと待て・・・・・プッ」



 ひと通り笑って落ち着いた土方が、思い出したかのように越後に歩み寄る。

 「ま、女に負けるとは想像もしてなかっただろうよ。そいつも」

 土方はフンッと鼻で笑うと倒れたままの越後を蹴った。

 「おい、起きろっ。オメェには聞きてぇことがある」


 「うぅ・・っ・・・・」

 顔を(しか)めながらも目を開けた越後の首には、土方の刀が妖しく光っていた。

 「お前、長州者だろ?桂の居場所を知ってるな?」


 気を失う前と後では形勢逆転している現状に越後は目を見開く。

 そしてその視界に動かなくなった松井の姿を捕らえると、逆上したかのように怒鳴った。

 「きっ、キサマっ!!」


 自分の刀を抜こうとした越後の首に、土方の刀が押し当てられうっすらと血が(にじ)む。

 「おいおい、自分の状況考えろよ?お前の命は俺の手中にあるってこと、忘れてもらっちゃぁ困るぜ?」

 ニヤリと笑う土方の顔を月明かりが妖しく照らしていた。


 「クッ・・・・・・」

 憎々しい表情を浮かべ唇を噛む越後の姿に、土方は更に笑みを濃くした。

 「桂はどこにいる?」


 「・・・・・・・知らん。たとえ知っていたとしても言うと思うか?」

 「そうか、所詮は捨て駒。桂の居場所を教えて貰えるハズもないか」

 「な、にっ!?」

 鬼のような形相で土方を睨みつける越後。

 その視線を真正面から受け止めながらも、土方は顔色ひとつ変えずに言葉を続ける。


 「その程度の奴を捕縛したとて、使い道などないということだ」

 「お、俺はっ!俺たちは捨て駒などではないっ!」

 噛み付かんばかりの越後に、土方の容赦ない言葉が続く。


 「そうか?こんなすぐに尻尾を出す間者、長州にしてみりゃ用無しということだろ?だから桂の居場所すら知らされていない。こうなることを予見していたんだ、桂小五郎は。見つかるのを承知で送り込む間者など捨て駒以外になんと言うんだ?結果、全員が死に桂は逃げ(おお)せる。お前たちは桂に利用されたんだよ」

 土方の冷酷な瞳が越後を追い詰める。


 「桂先生はそんな方ではないっ!」

 「なら、桂の居場所知ってるとでも言うのか?」

 どうせ知らないだろう、とでも言いたげな瞳で挑発を続ける土方。


 「い、言うわけがないだろうっ!!」

 「知らないのを言わない、とは言わねぇぜ?」

 「っっ・・・・・・さっさと殺せっ!話すことなどないっ!!」

 「そうかよ、折角命乞いの機会を与えてやろうと思ったのによ?」

 「敵の情けなど要らぬわっ!!」

 土方を見上げ睨みつける越後の瞳には殺気がみなぎっていた。


 「そうか。なら・・・・・・」

 刀を握りなおした瞬間。

 土方の(まと)う空気が一遍する。

 冷たい視線。

 凍りついた空気。

 それを感じてか、越後は目を閉じ身体の力を抜いた。


 「越後三郎。長州間者として処断する」

 低い声が響いたと同時に、振り下ろされた土方の刀が越後の命を絶った。


 辺りに残ったのは静寂のみ。

 土方は自分が始末した2人を見つめながらポツリと呟いた。

 「最期は立派に務めを果たしたな、敵ながら天晴(あっぱ)れだったぜ・・・・・・」


 間者として処断されながらも、最期まで口を割らなかった越後。

 それも土方からの執拗な挑発を受けながらも、だ。

 それは確かに立派に役目を果たしたということだろう。


 それに敬意を表するかのように、あかねは静かにふたりに手を合わせるとその場を後にした。



 この夜6人の隊士が命を落とし、隊内に吹き荒れた粛清の嵐はひとまず終わりを告げ新撰組は近藤勇を局長とする武装剣客集団としての新たな一歩を踏み出すことになる。




 ―― 後日 ――


 「ところで土方さんよぉ?俺はまだ一両、貰ってねぇんだが?」

 「あぁ?なんのことだ?」

 「ほら、朝廷から(たまわ)ったってぇいう褒美のことだよぉ。オレに渡すの忘れてるんじゃねぇの?」

 満面の笑みで自分の顔を指差す永倉に、土方は背中を向けたままサラリと答える。


 「あぁ、あれか・・・・・・お前の分はない」

 「えぇっ!?なんでぇ!?」

 永倉からの抗議の言葉を受け、土方はゆっくり振り返ると鋭い眼差しを向ける。

 「・・・・・・なんでぇ!?・・・・・だと?あの日、お前が角屋で飲み食いした分を支払ったからに決まってるだろっ!?」


 「えぇぇぇぇぇ!あれは土方さんが払ってくれたんじゃなかったのか!?」

 「なんで俺がお前の遊び代を出してやらにゃならん」

 腕を組み呆れた表情を浮かべる土方。

 それでも永倉は引き下がろうとはしない。


 「えぇぇぇぇぇ!でもオレ命狙われたりして、結構可哀相だったじゃん!?」

 「はぁぁ?誰のせいで無駄な労力使ったと思ってやがるっ!?」

 「・・・・・・スイマセン・・・・・・」

 「一両で命拾いしたんだ、文句ねぇよなっ!?」

 「・・・・・・ハイ」


 ガックリと肩を落とす永倉の様子に、総司とあかねは顔を見合わせ笑いを(こら)えていた。


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