第四話
赤く染まった世界の真ん中に立つ少女。
目の前で繰り広げられた光景を茫然と見つめる3人の男たち。
そんな中。
初めに感嘆の声を漏らしたのは、総司だった。
「すごいっ」
総司の興奮したような声で近藤はハッと我に返る。
総司の声に反応し振り返ったあかねの姿には、返り血ひとつ付いていない。
改めて、その手際に感心する。
「お前、いったい・・・・・・・?」
目の前の出来事を理解しきれないのか、土方の顔は強張っていた。
(敵か?それとも、味方・・・か?)
近藤たちに向き直ったあかねは、地面に片膝をつけ深々と頭を下げた。
「出すぎた真似をして、申し訳ありません」
一瞬。刀に手をかけた土方を、近藤は無言で制する。
見れば、総司も刀に手をかけいつでも抜ける体勢を取っていた。
「あかねくん・・・・・・・君は一体何者なんだ?」
「・・・・・・・・はい・・・・・・お話しします・・・・・・」
そう言いながら顔をあげると、あかねは自分を引き取った里親のことを話し始める。
「私を引き取った里親は、忍びを家業とする一族で・・・」
「「忍び!?」」
予想外の話に近藤と総司が声を揃えて聞き返す。
「はい。今では随分と少なくはなりましたが」
「どうしてそんなところに?」
「それは・・・さすがに私にもわかりません。物心ついた頃には既にそこにいましたので」
「「「・・・・・・・・」」」
それもそうか、と思いながらも。
3人とも言葉を発することは出来ず、ただあかねが続ける次の言葉を待っていた。
正直言えば、驚きすぎて言葉が見つからなかっただけなのかもしれないが。
「生まれてすぐ預けられた私は、当たり前のように共に育った仲間たちとの修行に明け暮れて育ちました」
「修行・・・・・・・」
それまで黙っていた土方がふと呟く。
修行。
と、一言であかねは済ませたが、それはおそらく生半可なものではないだろうと土方は思う。
それは先程のあかねを見れば容易に想像がつく。
動きのひとつひとつに無駄はなく、確実に相手の急所だけを狙い仕留める。
相当な訓練と実戦を積まなければ得られない力。
自分たちが道場で木刀を振り回していたのとは次元が違う。
「ひとつ聞くが、お前は幕府側の人間か?」
「幕府側かと問われれば、そうだと頷きます」
「・・・なら朝廷側、か?」
「それも、また同じ答えになります」
的を得ない土方とあかねのやり取りに、総司が堪らず口を挟む。
「あのぉ、わたしにもわかるように説明して貰えませんか?」
「私はこの京・鞍馬で育ちましたが、先日まで江戸におりました」
「江戸に?」
「はい。江戸城を守る御庭番の一員として大奥に」
「お、御庭番っ!?大奥っ!!?」
自分たちには馴染みのない言葉に、総司は目を丸くするばかりだったが。
土方だけは眉間に寄せたシワを更に濃くする。
「・・・・・御庭番ってのは、将軍を守るためにあるのか?それとも、城を守るためか?」
「徳川の世を守るため、です」
土方の問いに迷うことなく答えたあかねの姿は、凛とした輝きを放つ。
(なるほど・・・・・・・肝が据わっているのも道理というわけか・・・・・・・)
「要するに、我々と志しは同じってことになるわけだ」
誰に問うわけでもなく近藤が呟くと、総司もつられるかのようにして口元を緩める。
「いやぁ、でも驚きましたねぇ・・・・・・もしかしてさっきの人達が付いて来てるのにも気付いてたんですか?」
「あっ、はい。さすがにあれだけの殺気を感じれば・・・・・・」
「あの人達も、まさか女子に斬られるとは思わなかったでしょうね・・・・・・」
言いながらも総司は動かなくなった刺客たちにチラっと視線を流す。
「本来であれば、初めにお話すべき事柄だったのでしょうが・・・・・・・なにぶん自分の正体を明かすことなど今までに経験してこなかったもので・・・・・・・結果的にこのような形になってしまい申し訳ございません」
心の底から詫びるように頭を垂れるあかね。
それを見つめながらも、近藤と総司が言葉を発っせられない中。
土方だけが鋭い眼差しをあかねに向ける。
「・・・・・・・・・信用出来ねぇな」
「お、おい、トシっ!?」
「だって、そうじゃねぇか?・・・・・・・コイツが間者じゃねぇって言い切れるのか?大体、総司の妹だって話が真の事だと何故言える?」
疑いだしたらキリがないとでも言いたげな口調で捲くし立てる土方に、珍しく総司が食い下がる。
「けど・・・・・・今だってわたしたちを助けてくれたじゃないですか?それにおミツ姉さんの文も持っていたし・・・・・・・」
それでも納得出来ない土方が総司の言葉をバッサリ切り捨てる。
「そんなもの、俺たちを信用させるために用意しただけかもしれねぇだろ?忍びだって話だけが真だとしたら、簡単に手に入れられるかもしれねぇしな」
疑い深い土方がそう易々と信じるハズはない。
それは長い付き合いの中で、近藤も総司も充分知っている。
「あかねくん。ひとつ聞かせてくれるかい?・・・・・・どうして刀を抜いたんだい?」
近藤があかねの顔を覗き込み尋ねると、あかねは顔を上げはっきりとした口調で答えた。
「もちろん。総司兄さまと、総司兄さまが大切に思う方を守るためです」
その瞳に嘘偽りがあるとは到底思えない。
「わたしたちがやられると?」
「いえ、滅相もございません。ただ・・・降りかかる火の粉があって、私が払える量ならばお手を煩わせることはないと思っただけで」
「なるほど」
フムフムとでも言うかのように頷くと、近藤はあかねの頭にポンッと手を置いた。
「トシ。わたしは彼女を信じるよ」
土方に背中を向けたままだったが、よく通るその声が近藤の意思を示していた。
土方が言うのも一理ある。
だが、目の前にいる少女の真っ直ぐな眼差しを嘘だとは言い切れない。
そして土方も疑う気持ちはあるが、信じたくない訳ではない。
だが、どちらにしろ確証はない。
「・・・・・・・・・」
土方がどう答えるべきかと悩んでいるとバタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえ、それぞれが反射的に刀に手を掛ける。
「大丈夫ですかっ!?」
あかね以外の三人には聞き覚えのある声だった。
「斉藤さん、でしたか・・・・・・・見てのとおり、大事ありませんよ」
「そうですか。ちょうどそこで巡察隊と出くわしまして、何かあったようだと聞いたもので」
「大坂から戻られたばかりだというのに、相変わらず仕事熱心ですね。熱心ついでに、後のことお願いしてもいいですか?」
斉藤は近藤たちの姿を確認し、ホッとした表情を浮かべたのも束の間。
飄々と仕事を押し付けようとする総司に苦笑いを浮かべる。
「いいですよ。巡察隊がすぐ到着する筈ですし、彼らに押し付けますから」
「さっすが、斉藤さん!頼りになるなぁ」
殺伐とした現場で交わす言葉とは到底思えないが、おかげでピリピリと張り詰められていた緊張感はすっかり消えていた。
その場を斉藤に任せた4人は、重い空気のまま屯所へと戻り始める。
気がつけば。
すっかり日は西へと傾きはじめていた。
その道中。
土方は近藤の隣を無言のまま歩き続ける。
「お前はホント、昔から変わらないなぁ。頑固なことろは特に・・・・・・・」
「・・・・・・・頑固、は余計だ」
腕を組んだままの土方がボソッと答える。
「でも・・・単純に凄いと、思わないか?彼女のこと」
「剣の腕は確かだな。女にしておくのはもったいない」
「まぁ・・・・・・それもそうだけど、それ以上に命知らずなところが、総司によく似ている」
「・・・・・・・・・・」
「信じてみてもいいんじゃないか?トシ?」
その言い方はまるで子供に言い聞かせるような口調だった。
(似ている、か。そういえば総司の影になりたいと言ってたな。そんなところも似ているな)
土方はふとあかねが来た日のことを思い出しながら近藤の声を聞いていた。
「局長がそう決めたんなら、俺はそれに従うだけだ」
フイッと顔を横に背けた土方を見て、近藤は笑った。
「まったく、素直じゃないなぁ。ホントは仲間になって欲しいって顔に・・・・・」
近藤がからかうように言うと土方は動揺して顔を赤らめる。
「んなわけねぇだろ!?俺は、俺はただ・・・ただ敵にまわられたら厄介だと思って!」
「はいはい、わかったわかった」
慌てて言い訳する土方の姿が可笑しく、まるで昔と変わらないと近藤は笑った。
知り合った頃から、土方は頑固者で素直じゃなかった。
が、それと同じくらい情に厚く仲間思いなことも知っている。
それに本音を言い当てられると、いつも心とは裏腹なことを言って誤魔化そうとするのも昔から変わらない。
要するに、天邪鬼なのだ。
そんな人間味のある土方の姿を知るのは隊内でも限られている。
近藤は内心、土方を理解する者がまた一人増えてくれることを期待していた。