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第四十七話

 「気づいておった・・・・・・お前がワシを殺したいと思っていること・・・・・・」

 自室に入った芹沢が掴んでいたお梅の腕を放し、静かに告げた。

 「!!」

 芹沢の言葉に目を見開くお梅。

 それは2人を追いかけてきたあかねも同じだった。


 「時折・・・・・お前から感じた殺気・・・・・そうか・・・・・・ワシが斬ったあのときの力士・・・・・・お前の弟だったのか・・・・・それで合点がいった。ワシを殺したいと思うのも道理じゃな」

 そう言って微かに笑った芹沢の顔が悲しそうに見え、あかねは黙ったまま廊下に立ち尽くしていた。


 「・・・・・・構わぬ・・・・弟の仇であるワシを斬れ。お前に斬られて果てるのであれば・・・・・ワシも思い残すことはない」

 自分の腰に差していた脇差を、お梅に手渡そうとする芹沢にあかねは思わず駆け寄ろうとした。


 「止まれっ、あかねっ!!・・・・・・そなたはそこで黙って見届けてくれまいか?ワシの、最期の、頼みじゃ・・・・・」

 「せ、芹沢局長っ!?」

 「同じ死ぬなら・・・・・本気で惚れた女の手に掛かってワシは死にたい。だから・・・・頼む。酷なことを言っているのはわかっているが・・・・・見届けてくれ」

 「で、でもっ!!」

 それでも足を進めようとするあかねを制止するかのように、誰かがあかねの肩を掴んだ。


 ハッとして振り向いたあかねの目に飛び込んできたのは悲しげな瞳をした総司だった。

 「!!」

 「・・・・・・」

 あかねと目を合わせた総司は何も言わずに首を横に振ると、あかねの肩を抱き寄せ芹沢の方を真っ直ぐ見据えた。


 「わたしが見届けます、芹沢先生の御最期を・・・先生の魂を・・・・・・」

 「沖田、か・・・・・・そうか、頼む」

 突然現れた総司の姿に一瞬驚いた表情を浮かべた芹沢だったが、すぐに視線をお梅へと戻した。


 「お梅、これでワシを斬れ。弟の恨みを晴らし屯所(ここ)から去れ。そして全てを忘れ自分の道を生きろ・・・・・・お前のことは沖田が見逃してくれる。何も心配することはない・・・・・・さぁ」

 刀を受け取らないお梅に、芹沢は一歩近づきその手に握らせようとする。


 「・・・・・・まへん」

 「ん?」

 「でき、まへんっ、うちには出来まへんのやっっ!」

 ずっと(うつむ)いていたお梅が芹沢の手を振り払い刀を落とさせると、涙を流しながら芹沢に抱きついた。


 いきなりの事に驚いたのか、芹沢は少し態勢を崩しながらもお梅の身体を抱きとめる。

 「あんたが憎いっ・・・・・けど、それ以上に()いとるんやっ!!あんたと一緒にいたいんやっ、こんなんどないしたらええのぉ!?こんな気持ちどないしたらええのぉ!?」

 嗚咽(おえつ)混じりに泣きじゃくるお梅の悲痛な叫びに、芹沢は目を見開き固まる。


 「馬鹿な女、じゃな・・・・・・おまえは・・・・・仇討ちの為にワシに近づいたのであろう?そんなことでは弟の恨みは晴らせまい?ワシを()らねば・・・・・弟も浮かばれんぞ?」

 お梅の身体を抱きしめながら話す芹沢の顔はどこか優しげで、愛しいものを()でるような表情を浮かべている。



 「・・・・・・もうすぐここに土方たちが来る・・・・・ワシを斬る為に、だ。どの道ワシは今夜死ぬ運命・・・・・・同じ死を迎えるなら、お前に斬られたい・・・・・・お梅。お前の手に掛かって逝きたい」

 芹沢の言葉にあかねは目を見開き、隣にいる総司へと視線を向けた。


 「・・・・・ご存知、だったのですか・・・・・」

 ポツリと呟く総司に、芹沢は自嘲気味に笑う。

 「いずれこういう日が来るだろうと思っていた。お前はその為に来たのではないのか?」


 「わたしは知らされていません・・・・・ただ、近藤さんや土方さんの様子がいつもと違っていたので・・・・・なんとなく気づいただけで・・・・・・」

 あかねは瞳を伏せ答える総司の横顔を、ただ見つめることしか出来なかった。


 「そうか・・・・・沖田。お前になら斬られても良いと思ったのだが・・・・・お前がそのつもりで来たのでないなら、やはり、ここは・・・・・・お梅。お前にワシの命、くれてやる」

 「でき・・まへんっ、うち・・・・・うちは・・・・・・」

 溢れ出る涙を止めることなく、お梅は震える声で答える。


 「惚れた女ひとり幸せに出来ぬ男のことなど早く忘れて新しく生き直せ。ワシはお前の家族を奪ったんじゃぞ?お前の弟は何の罪もないのに・・・・・ワシが命を奪った・・・・・それでも出来ぬと申すか?」

 両手でお梅の頬を包み込むように挟み、その泣き顔に言い聞かせるように話す芹沢。

 それでも、お梅は首を横に振り続けていた。


 「・・・・・・・聞き分けのない女じゃなぁ。ワシの最期の頼みだ」

 最期という言葉にピクッと反応するお梅に、芹沢は優しい笑みを浮かべた。

 「これがお前にやれる最期のものだ・・・・・いや、ワシがお前に与えたものなど苦痛意外には何も無かったな・・・・・・最初で最期・・・・・・ワシの命・・・・・貰ってくれるか?」


 「そんな、こと・・・・・・おへん・・・・・・あんたは一番大事なもんをくれはった。他の誰もがくれへんかった大事なもんをっ!」

 「・・・・・・・」

 「うちは、あんたと出逢(でお)おて初めて愛される喜びを知りましたんえ?・・・・・誰かを愛する気持ちも・・・・・・教えてくれたんは芹沢はん、あんたどす」

 「だが、ワシがお前の幸せを奪ったのも事実じゃろう?」

 真っ直ぐな瞳で見つめあう2人の間を流れる時間が一瞬止まる。



 長い沈黙のあと。

 口を開いたのはお梅だった。

 決意を秘めた迷いの無い瞳。

 その瞳は真っ直ぐに芹沢を捕らえていた。


 「・・・・・・それやったら・・・・・うちも一緒に連れていってくれまへんか?あんたの手ぇでうちのことも殺してくれまへんか?うちも好いた人の手ぇで死ねるんやったら本望どす・・・・・あんたとやったら地獄でもどこでも行ける・・・・・どうせあんたと一緒に居られへんのやったら、この世におっても面白(おもしろ)うないし・・・・・もう行くとこかてあらへん。な?いっそ一緒に死のうって言うて?」

 お梅の涙に濡れる瞳が芹沢を釘付けにした。


  この女は・・・・・・。

  どこまで自分を虜にするのか・・・・・・。

  どこまで自分を溺れさせれば気が済むのか・・・・・。


 芹沢は自嘲気味な笑みを浮かべ短く溜め息を()くと、諦めたかのようにお梅の身体を強く抱きしめていた。


  こんなワシと共に逝ってくれると?

  お前を苦しめたはずのワシと?

  それでも愛してくれると・・・・・・

  共にありたいと・・・・・・

  そう・・・・・願ってくれると言うのか?



 2人のやりとりを黙って見つめていたあかねは言葉を失っていた。


  共に逝くことを望み

  互いの命を差し出す


  そこまでして守りたいほどの想い

  それほどまでに強い絆


  仇を愛したからこその末路か?

  それとも・・・・・・



  どちらにしても、自分たちに口を出せることではない。

  ただ、見守り見届けることしか・・・・・・

  それをわかっているから総司は何も言わないのだろう。


 あかねは堪らず瞳を伏せ、それに気づいた総司の手があかねの手をそっと握った。


  これもひとつの愛の形だろう。

  どちらかを失っても残された方は生きてはいけない。

  それほどまでに深く愛し愛される。

  ふたりが最期に見つけた愛。



 「ちゃんと見届けましょう・・・・・・おふたりの最期。わたしたち2人に出来るのは、それだけなのですから・・・・・・」

 (りん)とした表情で、真っ直ぐに前を見つめる総司にあかねは(こぼ)れ落ちそうになる涙を拭いコクリと頷いた。




 芹沢とお梅は共に向き合って座ると、互いの顔を見つめていた。

 最期の一瞬まで相手の顔を瞳に焼き付けるかのように。


 「ワシと共に逝くなら、行き先は地獄じゃぞ?」

 「そんなん言われんでも、最初っからわかってますえ?ふふっ、たぶん・・・・・・あんたを好いた時から・・・・・・」

 濡れた瞳のままで芹沢を見上げるお梅の顔は、幸せそうに笑っていた。


 「ふっ・・・・・最期まで口の減らない女じゃな・・・・・」

 「へぇ、おおきに。最高の褒め言葉どす」

 「・・・・・・じゃが・・・・・・最高にいい女だ」

 「・・・・・あんたもえぇ男どすえ?うちが惚れた最初で最期の男はんどすからなぁ」


 そう言って話す2人の姿は、これ以上もないぐらいに幸せそうで・・・・・・。

 とても死を決意したようには見えないほどだった。



 芹沢はお梅に脇差を握らせると、その上に自分の手を添える。

 「お前と出逢えて、お前を愛せて・・・・・ワシは幸せじゃった」

 「うちもあんたに惚れて幸せどした。精一杯の愛情を与えてくれて・・・・・おおきに」

 2人は互いに微笑み合うと刀を芹沢の心臓へと突き立てる。

 まるでそこに鞘があるかのように・・・・・・。



 「ぐっっ・・・・・はっ」

 芹沢の胸からは止め処なく血が流れ落ち、芹沢の身体はグラリと傾く。

 それでも芹沢は最期の力を振り絞って、お梅の身体を抱き寄せ耳元に最期の言葉を(ささや)く。

 「あ、い・・・・し、て・・・・る」

 その言葉と同時にお梅の首に当てられた刀が、振り下ろされた。

 「お、お・・・・・き・・・・・に」


 2人の身体は重なり合うようにその場に崩れ落ち、同時に息絶えた。

 互いの手を握り合い。

 幸せそうな笑みを浮かべたまま。


 最期の一瞬まで。

 互いに愛情を向け、互いの愛情を感じながら。

 共に互いの手を取り、黄泉への長い旅路につく。


 全てを見届けたあかねと総司の瞳には、見えないはずの2人の魂が天高く昇っていくのが映る。


 そこには幸せそうに微笑むふたりの姿があった。


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