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第四十四話

 ― 新撰組 屯所 ―


 「新見さんとっ!?どこですかっ!!どこで見たんですかっっ」

 「えっ、じ、自分が見たのは祇園方面に向かって歩くお2人の姿でっ・・・・・そ、それ以上はっ・・・・・・」


 あかねが戻らないと、屯所内でも少し騒ぎになり始めた頃。

 巡察に出ていた隊士の1人があかねの姿を見た、と総司に報告しに来たのだ。

 掴みかからんばかりの総司の迫力に、隊士は顔を引き攣らせていた。


 「誰か、野口さんに聞いてこいっ!新見さんの行きつけ店があるはずだっ!」

 「は!」

 慌ただしく土方の部屋を飛び出す隊士。


 屯所内をバタバタと走りまわる足音に、何も知らされていなかった近藤が顔を出した。

 「どうした?トシ」

 「いや、ちょっとあかねが戻らなくてな」

 「あかねくんが?」

 土方の言葉を聞きながら総司に視線を移し「なるほど」と頷いた。


 「あぁ、だがもう大丈夫だ。居場所がわかりそうなんで総司と迎えに行ってくる」

 「そ、そうか。で?一体どこに?」

 「いや、よくはわからねぇが・・・・・・どうやら新見さんと一緒らしい」

 「新見さんっ!?」

 思わず声を大きくした近藤に、土方は怪訝な視線を向ける。


 「どうした?何かあるのか?」

 「あ、いや・・・・・・あくまでも噂だが・・・・・長州と通じてるという話を聞いてな」

 「なにっ!?なんで早く言わなかったんだっ!?」

 

 「いや、噂だけで確信を得たわけじゃ・・・・・・ま、まさか・・・・・あかねくんもそれを耳にして!?」

 「・・・・・・有り得るな・・・・・・それなら新見と一緒に居たことも頷ける」

 「だとしたら・・・・・・」

 近藤はそこまで言って言葉を止めた。

 いや、止めずにはいられなかった。

 総司の全身から殺気を感じたからだ。


 「そ、総司!落ち着けっ!」

 「あっ!ま、待てっ、総司っっ!」

 近藤と土方の制止も聞かず、総司はそのまま部屋を飛び出す。

 その後ろを追うようにして土方も出て行く。


 「あっ、近藤さんっ!屯所のことは任せたぜっ!!」

 部屋を出た土方が、一瞬足を止め振り返る。

 「あぁ、そっちは任せたぞっ!!」

 走り去る土方の背中に、近藤の声が響いた。




 ― 祇園 料亭「山緒」 ―


 あかねは血のついた懐刀を自分の喉に押し当て新見を睨みつけていた。

 「それ以上近づいたら、この刀で喉を掻き斬りますっっ!!さすれば、貴方の目論見(もくろみ)は泡となり消え果てるっ!」


 帯が解かれ着物は乱れ、中の長襦袢が(あら)わになった姿でもあかねは最後の抵抗をしていた。

 さっきまでの強い睡魔は、自分で刺した左足の痛みで誤魔化されなんとか意識は保てている。

 それでも、身体は思うように動いてくれない。

 少しでも気を抜けば、瞼が落ちてしまいそうだ。


 「き、貴様っ・・・・・・まぁ、いい・・・・・・どんなに抵抗してみてもいずれ力尽き意識を無くすのは明白。時間はたっぷりあるからな、お前がどこまで頑張るか見届けてやるさ」

 勝ち誇った笑みであかねを見下ろす新見は、距離を取ったまま腰を下ろし酒を飲み始めた。


 「しかし、まさか自分の足を刺して意識を保とうとするとは・・・・・・なかなか肝の座った女だな。芹沢さんが気に入ったのも頷ける」

 ヘラヘラと笑みを浮かべる新見に、あかねは吐き気がした。


 こんな男の思い通りにさせてたまるかっ。

 そう思いながらも、次の策は浮かばない。

 唯一の逃げ道は、新見の後ろにある出入り口のみだ。

 だが新見の横を通り過ぎなければそこには辿り着けない。


 しかも物音を聞きつけて仲居が様子を見にくる気配すら感じられない。

 誰も近づくな、とでも言ってあるのだろう。

 となれば、夜が明けるまでこのまま粘るしかない。

 さすがに朝になれば誰かが来る筈だ。

 ・・・・・・それまで、保てるか?


 あかねは悔しさに顔を歪め、唇をきつく噛み締める。

 痛みを与えないと眠ってしまいそうだ。

 身体さえ動けば・・・・・・こんな男・・・・・・。


 あかねは握り締めていた刀を、握りなおそうと手を動かす。

 感覚の戻らない自分の手は、思った以上に鈍く動き・・・・・・。

 最後の砦だった筈の刀はあかねの手から滑るように落ちた。


 ― コ、トンッ ―


 その音に気づいた新見の顔が、さも可笑しそうに歪む。

 「なんだ、もう終わりか?」

 その言葉に全身の血の気が引く。


 ガタガタと震えだしたあかねの身体に、ゆっくり近づく新見。

 その手が肩に置かれ、肌蹴た着物は()り下ろされ白い長襦袢の襟に手がかけられた。

 「いやぁぁぁぁぁぁ」


 あかねは最後の力を振り絞って大声を上げた。

 「どんなに声を上げても、誰も来ない・・・・・・朝まで邪魔は入らぬ・・・・・ゆっくり楽しもうではないか?」

 あかねの(あご)を持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべる新見。


 あかねはそこで耐え切れず、目をギュッと閉じた。

 間近にある新見の瞳の中に映る、怯えた自分の姿。

 

 見たくない。

 見たくない。

 見たくない。


 自分を汚そうとする男の顔も。

 それに怯える自分の顔も。

 この部屋にある全てのものさえも。

 自分の瞳に映したくはない。


 目を閉じたあかねの身体に新見の身体がのしかかる。

 ギュッと閉じられたあかねの目からは涙が零れた。



 もう、終わりだ。

 もう、総司に顔向け出来ない。

 身体が動くようになれば、この男を殺して・・・・・・自分も・・・・・・。



 だが、のしかかった新見の身体はそれ以上ピクリとも動かない。

 次の瞬間、新見の身体の重みが離れる。


 「あかねさんっ!!」

 自分の名を呼ぶ声。

 それは一番聞きたかった声だ。


 「・・・・にぃ、さま?」

 重い瞼をゆっくり上げたあかねの目に飛び込んで来たのは、総司の泣きそうな顔だった。

 弱々しく呟かれた声に、総司は堪らずあかねを抱きしめる。


 「遅くなってしまって・・・・・・すいません」

 耳元に聞こえた総司の声にあかねは安心したのか、その身体に腕をまわした。

 「にぃ・・・・・さま・・・・・・」


 「もう、大丈夫・・・・・・安心してください。もう、大丈夫ですから・・・・・・」

 何度も言い聞かせるように呟く総司の言葉が、怯えきったあかねの心に染み渡る。

 総司の胸に顔を埋めたあかねは、コクリコクリと何度も頷いた。



 総司の後を追って来た土方は、部屋の真ん中で立ち尽くしたまま暫く何かを考え込んでいた。



 部屋の前に辿り着いた自分たちの耳に飛び込んできたのは、あかねの悲痛な叫び声。

 と、同時に部屋に飛び込む総司。

 その背中は殺気が満ち、止める暇さえ無かった。

 いや、止める理由もなかった。


 部屋に踏み込んだ自分たちが見た光景。

 その場に総司が居なかったら、間違いなく自分が刀を抜いていただろう。


 血で染まったあかねの身体。

 その身体に(またが)り馬乗りになる新見の姿。

 それは吐き気がする光景だった。



 「とりあえず、止血をしてやれ」

 あかねの身体を抱いたまま動かない総司に声をかける。

 土方の声に総司は我に返ったのか、首だけを土方に向け頷いた。


 その時初めてあかねが土方の存在に気づく。

 焦点が合わないのか、虚ろな視線を向けるあかねに土方は表情を強張らせた。


 「お、まえ・・・・・・まさか薬でも盛られたのかっ!?」

 土方の言葉にあかねはコクン、と首を縦に振る。

 「・・・・・・なんて野郎だっ・・・・・・その傷はっ!?」

 「・・・・・じぶ、んで・・・・眠ったら・・・・・終わり・・・・・」

 まわらない舌で、必死に話そうとするあかねに土方は胸が締め付けられる。


 「よく・・・・・・頑張ったな?あとは俺達に任せて・・・・・・お前は眠れ。そして目覚めた時には全部夢だったと思って忘れろ。いいな?」

 「は、い・・・・・・」

 土方の言葉に安心したのか、あかねはそのまま総司の腕の中に崩れるようにして眠りについた。



 「すいません、土方さん・・・・・・怒りに任せて刀を抜いてしまって・・・・・・」

 あかねを抱きとめながら詫びる総司に、土方は目を丸くした。

 「馬鹿言え・・・・・・お前が()らなかったら俺が殺ってた・・・・・・今回は詫びる必要なんてねぇぞ?それより・・・・・・」


 土方は部屋の中を見回すと、置かれたままの新見の脇差を拾い上げる。

 「新見副長は隊規違反により、自ら切腹を申し出られその介錯を総司・・・・・お前が務めた・・・・・わかったな?」

 言葉を並べながら新見の遺体に近づくと、その腹に手にした脇差を突き刺す。


 「お前が斬ったのが首で良かったぜ・・・・・・これで今夜のことが表沙汰になることは無い。少なくとも、あかねが好奇の目に(さら)されることはない・・・・・・いいな?」

 「はい、心得ました・・・・・・ありがとう・・・・・土方さん」

 

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