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第四十一話 -新撰組-

 『新撰組』と名を改めたことで、隊士たちの士気は明らかにあがった。

 今までのように浪士ではないのだ。

 もう「壬生狼」と呼ばれ(さげす)まれることもなくなる。

 と、隊士たちは誇らしく思っていた。


 そんなお祝い一色な雰囲気漂う隊士たちをよそに。

 近藤たちの頭の中は隊規という名の『鬼の鉄則』のことで一杯だった。



   隊 規


 一、士道に背き間敷事


 一、局を脱するを不許


 一、勝手に金策致不許


 一、勝手に訴訟取扱不可


 一、私の闘争を不可


 右条々相背候者 切腹申付べく候也



 隊士たちより先に見せられた近藤派の幹部たちは、あまりの厳しさに絶句したのは言うまでもない。

 理由は、もちろん最後に付け加えられた「切腹」の二文字にだ。

 永倉たちの反応に「切腹はやり過ぎか・・・・・」と、

 早くも後悔し始めていた近藤の耳に、意外な言葉が飛び込む。


 「切腹ですか・・・・・・恩情ある処遇ですね・・・・・」

 近藤に湯呑を手渡しながら呟いたあかねに、近藤は目を(みは)った。

 「!?・・・・・・どうしてそう思うんだい?」


 驚きの表情をしているのは近藤や総司だけではない。

 それを付け加えた当の本人、土方も同じだった。


 「え?・・・・・・だって・・・・・・切腹は武士の証ですよね?・・・・・ひとつめのこの一文・・・・・士道に背くべからず・・・・・・士道に背いた者は、その時点で武士ではない・・・・・なので武士として処断する必要はない・・・・・そこを武士と同じく(・・・)切腹させるということは・・・・・武士として死なせてやるという恩情ではないかと思ったのですが・・・・・・えっ?違うんですか?」

 土方が浮かべる驚きの表情に、あかねは戸惑った。


 「あっはっはっ・・・・・コイツは参ったな。俺はそこまで考えてたわけじゃねぇぞ?違反者の末路ってやつをハッキリさせるために付け足したかっただけだってぇのに・・・・・あっはっはっ」

 さも可笑しそうに大笑いをする土方。


 「ほんと、あかねさんには驚かされてばかりですねぇ。皆があかねさんのように解釈してくれれば、土方さんが鬼呼ばわりされずに済むのに・・・・・」

 同じく隣にいた総司は同情するかのような眼差しを土方に向けている。


 「ははは。鬼で結構。それが俺の役割だからな・・・・・けど、あかねが隊士じゃなくて良かったとつくづく思うぜ?コイツは一筋縄ではいかねぇみたいだからな」

 言いながらもあかねに視線を向けると、あかねはキョトンとしていた。


 「え?私・・・・・何か変なコト言いました?」

 「いやいや、君の率直な感想はタメになったよ」

 不安げな表情を浮かべるあかねに、感心したように近藤は頷いてみせる。


 「でも・・・・・この隊規・・・・・・芹沢局長には了承を得れたのですか?」

 「うっ・・・・・・痛いところを突かれたなぁ、ははは」

 と乾いた笑みを浮かべる近藤に、土方も溜め息を()く。

 そんな2人の表情を見比べながら、あかねは「あぁ、やっぱり」と頷いた。


 そうなのだ。

 芹沢にはまだ了承を得るどころか、話しすらしていない。

 何しろどこを取っても、まるで芹沢のことを示しているようなものなのだ。

 さすがに話し辛い。


 「だよなぁ?やっぱり話は通しておくべきだよなぁ・・・・・あとで聞いてねぇって騒がれても厄介だからなぁ」

 土方にしては珍しく、弱気な態度だ。



 先日の御所警備。

 その際、門を通れたのは芹沢のおかげなのだ。


 意気揚々と屯所を出た壬生浪士組一行。

 だが蛤御門で壬生浪士組のことを聞かされていなかった会津藩兵と押し問答になった。


 その際、藩兵たちに突きつけられた槍を芹沢は鉄扇で払いのけ通ろうとしたのだ。

 「会津藩御預 壬生浪士組。まかり通るっ!」と声高に叫んで。

 すぐに会津藩の軍事奉行や公用方が駆けつけ大事には至らなかったが、あの状況でそのような豪胆な振舞いが出来たのは芹沢ただひとりだっただろう。


 そこは尊敬に値する人物だ。

 だが問題が多いのもまた事実。

 大和屋の一件も、忘れてはならない。

 その両極端なところが、土方を悩ませる原因のひとつだった。


 表情を曇らせる土方に、珍しく総司が手を挙げた。

 「わたしに任せてみませんか?わたしから芹沢さんに話してきますよ」

 「え?お前が?」

 土方は眉を(しか)めながら総司に視線を移す。


 「なんですか?その大丈夫か!?とでも言いたげな目は・・・・・・」

 「いや、その通りなんだが」

 「失礼なっ。大丈夫ですよぉ。芹沢さんってあぁ見えて誰よりも武士の魂はお持ちですからね・・・・・・ちゃんと説明すればわかってくれると思いますよ?それに、土方さんが行くと余計ややこしくなりそうだし・・・・・・ここはわたしが適任だと思いませんか?」


 ああ見えて・・・・・などと一番失礼な物言いをしているのは総司だ。

 と、その場にいた者は内心思っていたが。


 確かに、総司の話なら芹沢も聞き入れそうだ。

 何故かこの2人、気が合う・・・・・・というより、芹沢が総司を可愛がっているのだ。

 近藤や土方が行くより、ここは総司に任せたほうが上手く事が運ぶように思えた。


 「なら、お前に任せる。いいか?自分で言い出したんだから、ちゃんと了承を得て来いよ?まぁ、わかってるとは思うが・・・・・・」

 「大丈夫、任せてくださいって」

 自信有り気な笑みを浮かべる総司に、土方も頷いた。




 夜になるとさすがに8月後半・・・・ということもあってか心地良い夜風が吹き、幾分過ごしやすくなっていた。

 あかねは風呂上りの濡れた髪のまま、廊下に降り注ぐ月の光に気づき、ふと空を見上げる。

 そこには満ち始めた月が輝き、その美しさに時間(とき)が経つのもも忘れて見惚れていた。


 時代が変わっても月の輝きは変わらない。

 満ち欠けを繰り返しながらも・・・・・・。

 その美しさは変わらない。

 人は年月と共に変わってしまうというのに。


 あかねの脳裏に浮かぶのは玄二の言葉。

 敵だと言い切った玄二の顔。


 幼い頃、一緒に見上げた月と同じだというのに。

 あの頃の自分たちが満月だというなら、今の自分たちはまるで半月のようだ。

 欠けてしまったものが、また満ちることはあるのだろうか?


 そんなことを考えると胸が押しつぶされそうで苦しくなる。

 あかねは胸元をギュッと握り締め、大きく息を吸い込んだ。



 その姿を偶然にも見てしまった近藤。

 月を見上げたまま動きを止めるあかねに、声をかけられずにいた。


 いつもはひとつに束ねられているあかねの黒い髪は風呂上りのせいか、おろされたままで。

 まだ少し濡れているその髪は月に照らされキラキラと輝いて見えた。

 それはまるで月の姫がそこに降り立ったようにも見える。

 

 なによりあかねの表情が悲しそうに見えたのだ。

 まるで。

 「月に帰りたい」とでも願っているかのように・・・・・・。


 思わず身を隠してしまった近藤の胸の鼓動は、いつもより大きく打ちつけていた。

 何を悲しんでいるのか・・・・・・。

 何を苦しんでいるのか・・・・・・。

 足に受けた傷と関係するのか・・・・・・。


 知りたい・・・・・・と思いつつも、聞いてはいけない気がしてならなかった。

 聞けばまた泣かせてしまうのではないか、と。

 あのときのように。


 それでも月の光を浴びるあかねの姿から目を離せずに立ち尽くす。

 そのいつもとは違う表情に。

 いつもとは違う姿に。


 近藤はこの夜、突然自分の中に芽生えた未知の感情に戸惑いを覚えていた。


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