第三話
あかねが天井裏に姿を消した、少し後。
総司の部屋に行ったハズの土方が、不機嫌そうな顔で局長室へと戻ってきた。
「あれ?あかね君はいなかったのかい?」
土方の顔色から読み取ったのか、近藤が問う。
「まったくどこ行ったんだか・・・・・・」
「きっと厠にでも行ってるんだろう?」
その会話を偶然にも天井裏で聞いていたあかねは、(しまった!)と眉を寄せる。
まさか、土方が自分を訪ねてくるとは思わなかったのだ。
(ま、厠に行ってたことにしよう・・・・・・)
そう思い直しその場から離れようとしたとき、あかねの耳に近藤の言葉が飛び込む。
「あかね君に何か用だったのかい?」
「あぁ・・・・・・たいした用件じゃ・・・ただ、総司がいなくて困ってやしないかと気になって」
「トシにしては珍しく親切だな」
近藤はからかうような口調でニヤニヤと笑う。
「バ、馬鹿言うなっ、俺はただ総司のためだとっ・・・・・・・って、何ニヤついてんだっ!?か、勘違いすんなよ!誰があんなオトコオンナっっ!!」
「俺はなにも言ってないぞ?トシ?」
慌てて言い訳する土方を、面白がるように笑い飛ばす近藤。
そんな2人の会話を天井裏で聞いていたあかねは
(誰がオトコオンナだっ)
と、ひとり突っ込みムッとしながらその場を後にしていた。
その後。
ひと通り屯所内をうろうろ(天井裏を)したあかねだったが。
総司が巡察から戻る頃には、何事もなかったように部屋で出迎えていた。
「兄さま、おかえりなさい」
「た、ただいま。あかねさん」
傍から見ればごく普通の会話だろうが、それがあかねにとっては嬉しくて堪らない。
大げさかもしれないが『夢にまで見た光景』がそこにはあった。
総司の方はまだ慣れないせいか、少し照れ臭そうにしながらも満更でもない様子だ。
「今日は何をしていたんですか?」
腰に差した大刀を外し襟元を少し緩めながら、総司が腰を下ろす。
「ずっと部屋で過ごしていました・・・・・・そういえば。少し気になったんですが、向かいの八木邸の方から宴会でもしているような声が・・・・・・・確かあちらも宿所として使わせて貰っているのでは?」
もちろんウソである。
通りかかった時に(屋根の上)声が聞こえてきたので、悪いと思いつつも忍び込んだのだ。
つまり。
天井裏で盗み聞きしていたというのが真実だ。
宴会でもしているような・・・・・・とは言ってみたが、あれは間違いなく宴会をしていた。と、あかねは内心思っていた。
「あぁ、それはきっと芹沢さんたちですねぇ」
総司はヤレヤレというような顔つきで答える。
「芹沢さん?あの家の方ですか?」
「いいえ、もう一人の局長です」
「えっ!?局長!?」
あかねは予想外の答えに目を丸くする。
「土方さんに言わせると悩みのタネといったところでしょうが、わたしは立派な方だと思っていますよ?ただ、ちょっとお酒が過ぎるだけで・・・・・・・」
「局長自らが堂々と昼間からドンチャン騒ぎですか!?」
「ははは、確かに近藤先生とは大違いですよねぇ?」
「え、えぇ・・・・・・」
近藤とは正反対に不真面目とも言える芹沢を認めるような発言。
それを聞きながらあかねは腑に落ちない表情を浮かべていた。
「剣の腕は確かなんですよ?ああ見えて。神道無念流の免許皆伝者ですし、おおらかで気前の良い性格で何より子供好きですしねぇ。」
そう言うと、何でもないことのように「ははは」と笑った。
「はぁ・・・・・・・」
あかねは理解出来ないというような顔をするが、それを総司が気にすることはなかった。
ただ「そのうちわかりますよ」とだけ言う。
「そんなことより、明日の昼間はお休みなので出掛けませんか?」
「いいんですか!?」
総司からの思いがけない誘いに、あかねは芹沢のことなど忘れ去ったかのように目を輝かせる。
「もちろんです・・・と、いうより・・・まだ不慣れな京の町を案内して欲しいというのが、本音だったりするのですが・・・・・・」
申し訳なさそうに頭を掻く総司に、あかねは嬉しそうに笑う。
「喜んでご案内しますっ!」
翌朝。
朝餉を取り終えた総司は、その足で近藤の部屋へ向かう。
もちろん出掛けることを伝えるためだったのだが、話を聞いた近藤がなぜか自分も行くと言い出した。
「もちろんいいですよ。でも、どうしてですか?」
近藤の申し出を総司が断るハズはない。
「そりゃあ、あかねくんの女子姿が見てみたいからに決まってるじゃないか」
興味津々の顔で近藤が答える。
「総司が女装するようなもんだろ!?そんなもん見て何が面白いんだか・・・・・・・」
近藤とは対象的に、土方の方は全く興味がないという顔つきだ。
「でも、京の裏路地、抜け道なんかには興味あるだろう?」
土方の性格を知り尽くす近藤が、あえて好奇心をくすぐるような事をちらつかせる。
「まぁ・・・・・・それは、確かに・・・・・・・」
「なら一緒に行こうじゃないか、トシ。隊のことは山南さんに任せて大丈夫だろう?たまには息抜きしないとな?」
結局。半ば強引に押し切られる形で、土方もついて行くことになる。
「まぁ、少しぐらいなら・・・・・・・」
鬼の副長と影で呼ばれる土方だったが近藤にはめっぽう弱いのだ。
3人は山南に出掛けることを伝え、待ち合わせ場所である壬生寺へと向かう。
といっても、目と鼻の先の距離である。
身支度を整えに行ったあかねの方が遅いのは当然だ。
「まだ来てないみたいですねぇ」
総司が辺りを見回し、あかねの姿を探すと1人の女子がこちらへ向かって歩いてくるのに気がついた。
「ん?」
まさかと思っていると、3人の前でその女が足を止める。
「お待たせしてしまいましたか?兄さま」
「「えっ!?」」
近藤と土方がその女の顔を見て驚く。
「あかねさんですか!?」
総司はマジマジと女の顔を見ながら半信半疑で問う。
それもそのはず、である。
そこに立っているのは、総司の女装というよりも。
どちらかというと。
人の目を惹くであろう顔立ちで、もう少し歳を重ねれば美人という形容詞がピッタリくることが想像出来たからである。
とてもじゃないが、総司に瓜二つだったあかねには見えない。
「はい・・・・・・・??どうかされましたか?もしかしてヘン、ですか?」
困ったようにオロオロとあかねは自分の着物におかしな所がないか見回す。
「あ、いえ・・・・・・見違えるほど可愛らしいので驚いてしまって・・・・・・ね、ねぇ近藤先生?」
総司が同意を求めると近藤は大きく頷いた。
「いやぁ、驚いたよ。うん。てっきり総司の女装・・・・・・・あわわ、なんでもないっ」
慌てて口をつぐんだ近藤に代わって、土方は感心したように呟く。
「見事な化けっぷりだな・・・・・・・」
「ひ、土方さんっ!」
「コ、コラ!トシっ!」
失礼な土方の言葉に、あかねは苦笑いするしかなかった。
「ああして並んでいても双子には見えないよなぁ?」
「確かに・・・・・・」
少し前を歩く総司とあかねの後姿を見ながら、近藤と土方は2人には聞こえないよう声を潜め言葉を交わす。
「どっちが本当の姿、なんだろうな・・・・・・男姿と女姿・・・・・・」
「さぁ・・・・・・な。昨日までの姿を知らなければ、別人だと信じて疑わなかっただろうさ」
「あぁ、確かに。ま、どちらにしても・・・・・女は色んな顔を持ってるってことだな」
そう言いながら、土方は何かを感じたのか後ろへチラリと視線を移すと少し足を速め、総司に何か耳打ちする。
「あかねさん、人通りの少ないところへ向かって下さい」
総司の方も感じていたらしく、小さく頷きあかねに伝える。
当然ながら、あかねも気付いていた。
何者かが自分たちの後をつけていることに。
―殺気―
それも。
隠すつもりはないらしく、肌にピリピリと刺さるものを感じる。
相手は相当腕に自信があるのか・・・・・それともド素人か。
どちらにしても暗殺者向きではない。
少しの動揺も見せることなく、皆を誘導していくあかね。
その落ち着いた横顔を盗み見ながら、総司は内心驚いていた。
(土方さんの言う通り、肝の据わった女子だなぁ・・・・・・女子とは皆こんなに肝が据わっているものなのか?)
と。
こんな時でもそんな呑気なことを考えられるのだから、相当な大物である。
人気のない袋小路。
それは、近藤たちにとって絶好の場所。
相手は追い詰めたと錯覚し、そこに油断と隙が生まれる。
反対に近藤たちは背中から攻められることがないので、目の前の敵だけに集中出来る。
路地に入ると総司と土方は、近藤とあかねを自分たちの背に隠すようにして立ち姿を見せない刺客に向かって声を張った。
「そろそろ、出てきたらどうだ?こっちは逃げも隠れもしねぇぜ?」
楽しむかのような口調で挑発する土方を横目に、隣に立つ総司はヤレヤレといった表情を浮かべ入り口に視線を投げる。
すると、今まで隠れていた人影がゾロゾロと路地の入り口に姿を見せた。
その数は5、6人といったところだ。
しかも見るからに相当な腕の持ち主・・・・には見えない。
「こんなところで壬生狼に会えるとはな。しかも大将首が取れるとはついてるぜっ」
「覚悟しやがれっ!」
口々に吐き捨てると男たちは刀を抜き、こちらへと向かってくる。
「フンっ、俺たちに向かってくるとはいい度胸じゃねえか」
迎える土方も不敵な笑みを浮かべると、大刀を抜き構える。
近藤は腰の刀に手をかけながら、自分の隣で怯えているはずのあかねに声をかけた。
「心配するなよ、あかね君。すぐに終わるさ・・・・・・って、あれ!?」
横に目をやるとそこにあかねの姿はなかった。
すぐに自分の後ろに隠れているのかと思い振り返るが、そこにもいない。
「あかね・・・・・・くん?」
あかねの姿を探そうと辺りを見回した近藤だったが、その姿を見つけ我が目を疑った。
「えっ!!??」
それは総司や土方も同じだった。
近藤の目に映ったあかねは神業ともいうべき速さで、立ちはだかる刺客たちを斬り伏せていたからだ。
完全に総司と土方は出遅れていた。
というより動けなかった。
いや、動く必要がなかったという方が近いだろうか。
短刀を右手に持ったあかねが完璧と言っていいほど向かってくる刺客たちの急所を捉え、彼らは声を出すヒマもなくその場に倒れていく。
「なっ!?」
それは斬られた刺客たちが、斬られたことを理解する間もないほどの速さ。
そして、その手際は鮮やかという言葉以外浮かばないほどだった。