第三十八話
同日 夜
相撲興行も無事に終え、一息ついた近藤たちはこの日島原で宴会を催していた。
同行したのは土方、山南、井上、永倉、原田、藤堂、斉藤と総司の8人に加え、あかねも一緒だ。
この日ばかりは皆気を抜いた様子で酒を楽しみ、時間が経つにつれそれぞれが馴染みの妓と消えていく。
久しぶりに明里と顔を合わせたあかねだったが、さすがに皆の手前ゆっくり言葉を交わすこともままならない。
それよりも、明里の馴染みが山南と知ってさすがに驚いていた。
「そっかぁ、あかねさんは知らなかったんですね?おふたりのこと・・・・・・」
ずっとあかねの隣で飲んでいた総司は、近藤たちに聞かれないよう声を潜めて呟いた。
「えぇ、ちょっと驚きました・・・・・・でも、お似合いですよね?」
「わたしもおふたりが一緒にいるのを見たのは初めてでしたが・・・・・・山南さんの幸せそうなお顔を見れて安心しましたよ」
食事も終え、夜も深くなり始めた頃。
「それじゃあ・・・・・・そろそろ私は屯所に戻りますね?さすがに女子の私がここに泊まるわけにはいかないので・・・・・・」
そう言って立ち上がりかけたあかねに総司も頷くと立ち上がる。
「そうですね・・・・・・じゃあわたしも一緒に帰ります」
「え?良いんですか?」
「良いんですよぉ。どちらかと言うと、こういう所は苦手なので・・・・・・それにこんな夜更けに女子を独り歩きさせるわけにはいかないでしょう?」
と総司はにっこり微笑む。
それを見ていた斉藤も「では、わたしも・・・・・・」と言って立ち上がりかけたとき誰かが廊下を走ってくる足音が聞こえた。
―バタンっっっ―
「失礼しますっ!!」
そう言って勢い良く部屋に入ってきたのは、島田魁だった。
「おいおい、そういう言葉は戸を開ける前に言ってくれねぇか?」
至って冷静な表情を浮かべる土方が、息を切らし入ってきた島田に視線を流す。
「あっ、これは申し訳ない」
そう言って頭を下げる島田に土方は少し笑みを浮かべた。
こうゆう男なのだ。
島田魁という男は。
実直というか、真面目というか・・・・・・。
そんな言葉がピッタリくるような人柄なのだ。
「で?どうしたんだい?そんなに慌てて・・・・・・」
頭を下げた島田に、近藤が問いかける。
「あっ、そうでしたっ!た、大変です!せ、芹沢局長が大和屋に火をっっ!!」
「なにっ!?」
「なんだとっ!?」
近藤と土方が聞き返すのと同時に、あかねたち3人は部屋を飛び出して行った。
「一体どうしてそんなことに?」
3人が飛び出して行くのを黙って見送った近藤は、すぐに視線を島田へと戻した。
「そ、それが・・・・・・大和屋が尊攘派の浪士に金を渡した話を聞いたらしく・・・・・・」
そこまで聞けば、土方にも大体の想像はつく。
「つまり、そっちに出すならこっちにも・・・・・・とでも言ったってわけか?」
「え、えぇ・・・・・・大和屋の方は主不在でわからないと答えたらしく・・・・・・その返答に怒った芹沢局長が・・・・・・」
火を放った。
というのだ。
「ただ、芹沢局長だけでなく・・・・・・今夜屯所に残っていた隊士たちをも引き連れ、大和屋のまわりを取り囲ませていて・・・・・・そこに普段から大和屋のやり方を苦々しく思っていた者たちまで集まってきて、暴徒化し始め収拾がつかない状況でして・・・・・・」
島田の説明に、近藤も土方も言葉を失っていた。
一方。
島原を飛び出し、大和屋へと向かった3人も燃え盛る現場の様子に立ち尽くしていた。
「なんてことを・・・・・・」
「これは・・・・・・さすがに庇いきれませんよ・・・・・・」
口々に呟く斉藤と総司の隣で、あかねは空が炎で赤く染まるのを見ていた。
燃える大和屋を取り囲むように立っているのは、壬生浪士組の隊士たちだった。
その隊士たちのうしろには、職人や民衆の姿もあり中には手に斧や鎌を持つものまでいる。
野次馬たちのざわめき。
それに交じって聞こえる芹沢の叫ぶ声。
「大和屋主人は、己の私利私欲に走り、庶民の生活を困窮させた。よって大罪人には罰を与え、所有物を焼き払うっ!火消しは一切無用っ!これは天誅じゃっ!」
芹沢の高笑いに、拍手を送るものも出てくる。
後押しするような野次を飛ばすものまで・・・・・・。
「これでは壬生浪士組が取り締まっている攘夷浪士と同じではないですか・・・・・・」
あかねの呟きはあたりの喧騒にかき消され、隣にいたふたり以外の者に届くことはなかった。
大和屋を焼き討ちにした芹沢たちが屯所に戻ったのは、翌13日の昼を過ぎた頃だった。
昨夜、現場にいた隊士たちから大体のことは聞いていたが、どれをとっても壬生浪士組に火の粉が降り掛かるのは避けられそうにない。
相撲興行のおかげであがりかけた株は、一夜にして暴落したことになる。
今回はさすがの土方も冷静でいられる筈はなかった。
理由がなんであれ、火を放ったのは芹沢自身である。
それが火種となり、大和屋に苦しめられていた生糸職人が便乗したのだ。
この騒ぎが会津公の耳に届くのも、時間の問題だろう。
最悪。
局長が切腹・・・・・・最低でも壬生浪士組は解散させられる可能性もあった。
土方にとって、それだけは避けたいことだったが・・・・・・。
なんの解決策もみいだすことも出来ず・・・・・・。
ただ時間だけが過ぎていくことに、土方は苛立ちを募らせていた。
だが。
何日経っても会津藩からの呼び出しはなかった。
やがて三日が経ち、四日目の夜が終わろうとしていた。
こうなってくると、毎日が針のムシロの上にいるような心地だ。
あれだけの騒ぎを会津公が耳にしていないということか?
とも考えたが、それはさすがに都合が良すぎると思いなおす。
土方の苛立ちも頂点に達したこの夜。
土方の部屋を訪れたのは、あかねだった。
「どうした?こんな夜更けに・・・・・・」
「申し訳ありません。ですが・・・・・・急を要したもので・・・・・・」
「なんだ?会津からの呼び出しが明日にでも有りそうなのか?」
あかねの真剣な様子に、土方も表情を硬くした。
「えぇ・・・・・・まぁ、そうなのですが・・・・・・副長が思っておられる用向きではございません。おそらくは警護要請の呼び出しになるかと思います」
「警護要請?どうゆうことだ?」
てっきり芹沢の件での呼び出しを覚悟していた土方が眉を顰める。
「今、朝廷内は水面下で尊攘派を排しようとする動きがあるとのこと・・・・・・会津様はそのことで動いていらっしゃるご様子で、明日の朝には大きな動きがあるかもしれません。その際は壬生浪士組に出陣要請があるかと思いまして・・・・・・その時は、いつでもご出陣出来るようお心づもりを・・・・・・」
「なるほど・・・・・・どうりで、大和屋の件での呼び出しがないわけだな・・・・・・」
あかねの話を聞き終えた土方は少し納得したかのように腕を組む。
「・・・・・・で?・・・・・・お前はいつから知っていたんだ?」
「わたしも、詳細は今さっき知りました」
「そうか・・・・・・わかった。近藤さんにも伝えておく」
あかねの冷静な態度に、事の重大さを感じながらも土方は落ち着いた様子で頷いていた。
本当なら何故そんなことになったのか・・・・・・など聞きたいことはたくさんあった。
だが、それを知る必要はない。
自分達が知ったところで、出来ることはないだろう。
まして朝廷内のことに首を突っ込む身分ではないのだ。
壬生浪士組に出来ることは、ただひとつ。
要請があれば迅速に応える・・・・・・それだけだ。