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第三十二話

 文久3年 8月1日


 「おかえりなさい、あかねさん」

 いつもと変わらない笑顔を浮かべて、出迎えた総司に

 「ただいま戻りました」

 あかねも何事もなかったように笑顔で答える。


 あの日。

 近藤の胸を借りて散々泣いた。

 涙が止まるまで近藤は何も言わず傍にいてくれた。


 数週間ぶりに見る総司の顔が、少しやつれて見えてあかねは胸がチクリと痛む。

 それでも笑顔でいようと決めてきた。

 それがあかねに出来る唯一のことだと思っていた。



 「それで?見つかったのか?」

 近藤の部屋に集まっていた面々に、一通り挨拶を済ませたあかね。

 そのあかねに永倉がおもむろに問いかける。

 もちろん、あかねが大坂まで探しに行ったという親戚のことだ。


 「いえ・・・・・・見つかりませんでした」

 嘘をついている後ろめたさから、あかねは永倉から視線を外すと少し俯いて答える。

 それが逆に皆の目には悲しそうに見えたのだろう。

 原田と藤堂が慌てたように慰めの言葉をかける。


 「そ、そのうち見つかりますよ?・・・・・・ね、ねぇ原田さんっ!」

 「あ、あぁ。そ、そうだな・・・・・・」

 明らかに動揺した二人が、「余計なこと言うなっ」とばかりに永倉を肘で小突く。

 「いってぇなぁ・・・・・・」

 小突かれた永倉はバツが悪そうな顔で頭を掻いていた。

 

 「その・・・・・なんだ・・・・あっ、あれだ!お前には帰る場所があるんだから、そう気を落とすなって!ここがお前の家で、俺達が家族みてぇなもんじゃねぇか?な?」

 永倉の言葉に、一瞬皆がシーンと黙る。

 総司に至っては、ポカンと口を開けている。

 それに気づいた永倉は「しまった」とばかりに身体を小さくしていた。


 「ありがとうございます!永倉さん!」

 沈黙を破ったのは、嬉しそうに顔を綻ばせたあかねだった。

 「お?おぉ・・・・・・」

 あかねの笑顔の顔を赤らめる永倉。


 「な、永倉さんもたま(・・)には良い事いいますね!?」

 「ホ、ホントだぜ!八っぁん!」

 あかねの嬉しそうな笑顔にホッとした藤堂と原田が、態度をコロッと変えて永倉を褒める。


 「たまにはってぇのは余計だ!」

 そう言いながら永倉は藤堂の頭を小突いていた。

 「痛いじゃないですかっ」

 「さっきのお返しだっ」


 「どうしてわたしだけなんですか!?」

 「叩きやすそうな頭がそこにあったからだ」

 「んなっ、無茶苦茶なぁ」

 そんなやりとりにあかねは戻ってきたという実感が湧いてきたのか、声を立てて笑いだす。



 「そういえば、芹沢局長のお姿をお見かけしないのですが・・・・・・」

 「ん?・・・・・・あぁ、部屋にいねぇのならお梅と出掛けたんじゃねぇのか?」

 「お梅?」

 永倉の口から聞き覚えのない名が出たので、あかねは首を傾げる。


 「あぁ、そうか・・・・・・お前は知らなかったな・・・・・・芹沢さんの(おんな)だ。最近は芹沢さんの部屋にすっかり居ついててなぁ。これが、なかなかのいい女で」

 ニヤリと笑って答える永倉。


 「妾・・・・・・ですか?」

 「あぁ。結果的に芹沢さんもおとなしくしてくれているから、黙認してるってわけだ」

 あかねの(いぶか)しむような表情に気づいた土方が、興味なさそうに答えた。

 「なるほど・・・・・・」


  

 「で、戻ってきて早速で(わり)ぃが・・・・・・今日の夕飯(ゆうめし)頼むぞ?」

 土方の言葉に皆が唖然とする。

 「トシ・・・・・・今日ぐらいは・・・・・・」


 「いやだ。早くまともなメシが食いたい」

 土方にしては珍しく、だだをこねる子供のような口ぶりだ。

 「お前ってやつは・・・・・・はぁ」

 近藤はあかねに同情するかのような溜め息を漏らし、その隣にいた山南は苦笑いを浮かべていた。


 「いいんですよ、近藤局長。喜んで貰えると、私も作りがいがありますから」

 そう言ってあかねが微笑むのを、総司は嬉しそうに眺めていた。



 その日久しぶりに活気づいた屯所からは、笑い声が響いていた。

 夕飯(ゆうげ)の席には、珍しく酒が振舞われ隊士たちも遅くまで騒ぎそのまま雑魚寝してしまう者も少なくなかった。


 そんな隊士たちに布団を掛けながらまわってたあかねの目に、縁側で独り酒を飲む土方の姿が入った。

 「副長?」

 「あかねか・・・・・・?」


 月明かりに照らされた土方の姿に、あかねは思わず足を止める。

 「どうした?」

 立ち尽くすあかねを怪訝そうに見ながら、土方は隣に座るように促した。

 「あ、いえ・・・・・・」


 見惚れてました。

 なんて口が裂けても言えない。

 あかねは自分の顔が少し赤くなるのを感じながら、土方の隣に座り誤魔化すように月を見上げた。


 「どうだ?久しぶりに戻ってきて・・・・・・」

 「ホッとしました」

 「?」

 「皆さん、お変わりなかったので」

 嬉しそうに答えるあかねに土方は頬を緩める。


 「ひと月やそこらで変わらねぇさ」

 「ふふっ・・・・・・そうですよね?」


 「・・・・・・総司はどうした?」

 「もうお部屋でお休みになられました」

 「そうか・・・・・・近藤さんから聞いてると思うが・・・・・・」

 「はい・・・・・・」

 総司の名前が出た途端、2人の間を流れる空気が変わる。


 「すまなかったな。お前にはお前の考えがあって動いていたってぇのに・・・・・・」

 「謝らないで下さい。むしろ謝るのは私の方です・・・・・・私は兄さまのお心に気付けなかったのですから」

 遠くを見つめるあかねの瞳は悲しげに揺れていた。

 こうやって自分を責め続けているのだろうと、土方は瞳を伏せる。


 「副長。私はご存知のとおり、影に生きる者です。だからこそ兄さまには光の下を堂々と歩いて貰わねばなりません。そのためなら、どんなことでもします。影には影の生きる(さだめ)というものがあります。だから・・・・・・」

 真っ直ぐな視線を感じてあかねに目をやると、その瞳は変わらず澄んでいた。


 「お前の言いたいことはわかった・・・・・・」

 あかねの言葉を遮るように呟くと、土方はそのまま押し黙ってしまう。



 俺も同じだ。

 近藤さんを大将として壬生浪士組を大きくする為ならどんなに冷酷だと言われようが、俺はこの手を血で染める覚悟だ。


 お前は俺と似ているな。

 自分の護りたい者には(けが)れて欲しくない。

 誰に後ろ指差されることもなく、まっすぐ背筋を伸ばして歩いて欲しい。


 そう思うのは俺達の傲慢なのかもしれねぇ。

 それでも、そういう生き方しか出来ねぇんだ。

 俺もお前も・・・・・・。


 そんな不器用なやり方しか出来ないのなら。

 似たもの同士。

 共に手を汚すのも悪くない。


 地獄に堕ちるのは俺だけでいいと思っていたが・・・・・・。

 共に血にまみれたこの修羅の道を・・・・・・。

 そう願ってしまうのは、俺の弱さか・・・・・・。

 でも・・・・・・。

 


 「お前・・・・・・酒はいける口か?」

 唐突に杯を差し出す土方に、あかねは小首を傾げる。

 「えぇ・・・・・・まぁ、人並みには・・・・・・」

 出されるままにあかねは杯を受け取る。

 「あぁ、聞くまでもなかったな・・・・・・酒の飲めない芸妓はいない・・・・・・か?」

 少し意地の悪い笑みを浮かべ、あかねの持つ杯に酒を注ぐ。


 「長い付き合いになるだろうからな・・・・・・俺の酒の相手ぐらいして貰わねぇとな」

 そう言った土方の顔は先ほどまでとは違って、優しい表情を浮かべていた。

 「それって・・・・・・」


 「俺と共に修羅の道を歩いてくれるんだろう?頼むぞ、相棒?」

 土方の言葉にあかねは嬉しそうに頷く。

 「ありがとうございますっ、副長」




 翌朝 早朝。

 昨夜の宴会の雰囲気が残る屯所から、ひとり姿を消す隊士がいた。

 そしてそのことに気づくものは・・・・・誰もいなかった。


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