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第三十話

 ― 壬生浪士組屯所 ―


 「佐伯さんのこと・・・・・・どうするつもりですか?」

 土方の居室には、いつになく真面目な面持ちの総司が座っていた。

 「まだ暫くは様子を見るさ・・・・・・今動いても何も利益はないからな。逆に利用できねぇかを思案中だ」

 書類に目を向けたまま答える土方に、総司は更に声を(ひそ)めた。


 「桂小五郎の件は?」

 そう問う総司の顔は険しい。

 それを感じたのか、土方は総司と視線を合わせた。

 「・・・・・・心配するな。あかねに暗殺させるつもりはねぇよ。あっちもまだ泳がせておくさ。今はその機会じゃねぇからな」


 土方の答えに安心したのか、この日初めて総司の頬が緩んだ。

 「その時が来たら・・・・・・わたしに命じてくださいね?」

 「・・・・・・・・・・・・・。お前達は本当に似ているな。お互いを想って自らの手を汚したがるのは誰の血だ?」

 「え?」

 驚く総司に、土方はふっと笑みが浮かぶ。


 「まぁいいさ・・・・・・それより佐伯はお前につけることにした。お前が責任を持って見張れ。ただし・・・・・・斬るなよ?あれでも一応は副長助勤のひとりなんだからな」

 「承知」



 総司が部屋を出ていくと、入れ替わるように近藤が顔を出した。

 こちらも何やら難しい表情を浮かべている。

 土方はひとつ息を()くと、手にしていた書類を文机に置いた。

 (どうやら今日は仕事が(はかど)りそうにねぇな・・・・・・)


 「隊規を作ろうかと思っているのだが・・・・・・どう思う?」

 「隊規?」

 思いも寄らない言葉が出たので、土方は思わず眉を(しか)める。


 「あぁ、うちは寄せ集めの集団だからな。ここらで隊士たちの気を引き締めるためにも目に見えてわかる規則が必要じゃないかと思ってな」

 近藤の言葉に、土方も思うところがあるのか「なるほど」と頷く。


 「・・・・・・そうだな。その方が処断もしやすい。だが、そういうことなら俺じゃなく山南さんの方が得意じゃないのか?」

 「そう言うと思って・・・・・・呼んである」


 山南は試衛館の仲間の中でも、最も勤勉で頭の回転も速い。

 その上人柄も良く、剣の腕もある。

 近藤にとっても、土方にとっても尊敬出来る仲間の一人なのだ。


 暫くすると。

 急須と湯呑を乗せた盆を手に、山南が部屋を訪れた。

 「待たせてしまったかな?」

 にこやかな笑みを見せる山南の姿に、土方はいつもとは違うものを感じていた。


 「何かいい事でもあったのですか?」

 「ん?・・・・・・いやぁ、土方くんは何でもお見通しだねぇ?参ったな・・・・・・」

 そう言って照れ笑いを浮かべる山南に、土方はニヤッと笑みを浮かべる。


 「さては・・・・・・いい女でも出来たってとこですか?」

 「いやはや・・・・・・本当に土方くんには敵わないよ。相変わらず鋭いなぁ」

 少し顔を赤らめて頭を掻く山南の姿に、近藤はポンっと手を打った。


 「あのときの(おんな)・・・・・・確か・・・・・明里とか言ったかなぁ?」

 「も、もう。勘弁してくださいよ?ほ、ほら、今日は別の話で集まったのでしょう?」

 慌てて話題を変えようとする山南。

 その姿に近藤と土方は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 その視線を受けながらも、山南はコホンとひとつ咳払いをし何事もなかったように話し始める。


 「わたしが思うに、元々武士ではない我々には武士としての心構えを説くのが先決だと思いますよ?武士とはこうあるべきだ、というものを」

 「でも、それだと細かくなりすぎませんか?」

 と近藤が口を挟むと、山南も深く頷いた。

 「そうなんですよ・・・・・・問題はやはりそこですよね?」


 「だったら、いっそ士道に背くな!って一言にすればいいんじゃないのか?それなら、拡大解釈も出来るから臨機応変に使えるだろ?」

 黙りこくった2人をよそに、土方は自分の考えを述べる。


 「臨機応変・・・・・・というところが、なんとも土方くんらしいですね・・・・・・ただし、脱走と金銭のことは明確に示すべきだと思いますよ?最近では給金目当てに入隊を希望するものも多いですし・・・・・・そうゆう者がいずれ脱走を試みるのは目に見えてますしね。それに勝手に借財されて困るのは今まで散々経験してきましたから・・・・・」

 山南の意見は(もっと)もだった。


 人材が増えたからといって喜んでばかりもいられないのだ。

 人が増えれば問題も増える。

 借財に関しては・・・・・・今更言うまでも無い。


 「そうだな・・・・・・入隊時に隊規を示すことで、志しのないものが減るのは好都合だ。腰掛け気分の奴が何人いたって役には立たねぇからな」

 土方らしい意見に2人は苦笑いを浮かべる。


 「お前が言うと、本気に聞こえるから怖いな」

 「あぁ?俺はいつも本気だぜ?使えねぇ駒はいらねぇからな」

 キッパリ言い切る土方に、2人は同時に溜息を吐く。


 「今ちょっと・・・・・・駒扱いされてる隊士に同情したぞ?」

 「いいんだよ、それで・・・・・・いい人ばかりじゃこの荒くれ者の集団はまとまらねぇ。かといって鬼ばかりじゃ誰もついて来やしねぇ・・・・・・うちはこれで釣り合いが取れてるんだ。だからいいんだよ」

 そう言った土方の顔は清々しいほど穏やかだった。


 その言葉に土方の人柄が表れていた。

 そこまで考えている土方の器の大きさに、改めて感心する2人。

 同時に土方歳三という男が、とても大きく見えた。


 「君にばかり嫌な役をさせてしまっているね。わたしも同じ副長だというのに」

 山南が申し訳なさそうな表情を浮かべると、土方は笑い飛ばした。

 「何いってんだ。山南さんに悪人は似合わねぇ・・・・・・俺に善人も似合わねぇ。コイツは性分ってやつだからな。人にはそれぞれ生まれ持った役割ってやつがあるんだ。俺達、ふたりで(・・・・)副長だろ?」

 その言葉に山南も深く頷く。


 「そうだったね。わたしはわたしの役割を果たすよ」

 そう言って笑みを見せる山南に、土方も笑みで返していた。




 文久3年 7月24日


 油商八幡屋卯兵衛が天誅の名の下に、惨殺されるという事件が起こった。

 下手人の特定は出来ないが、攘夷論者が放った刺客であることは紛れも無い事実。

 なによりその首が斬奸状と共に市中に晒されたことが、何よりの証拠だった。


 その話はすぐに京都中を駆け巡り、次は誰が狙われるのか・・・・・・などの噂が飛び交っていた。

 それはもちろん壬生の近藤たちの耳にも、そして三本木のあかねの耳にも届いていた。



 「俺達の見廻りの目を掻い潜ってこんなことやりやがるとは、いい度胸だぜ」

 事件現場に出来た人だかりを遠巻きに見ながら、土方は舌打ちをする。

 「わたしたちに対する挑戦状・・・・・・ってことですかね?」

 共にいた総司も前を見つめたまま呟く。

 「さぁな」

 不機嫌そうな声で吐き捨てるように言った土方が、クルリと背を向けその場を離れる。


 「どうするんですか?」

 土方の背中に総司が問いかけると

 「売られた喧嘩は、買うだけだ」

 と、振り返ることなく土方は低い声で呟いた。



 天誅を称した暗殺事件は今回に始まったことではなかった。

 ことの始まりは5年前の『安政の大獄』

 尊皇攘夷を唱えるものたちが大量に粛清された。


 そしてそれに反発した者たちが京都へ集まり復讐の為の暗殺を繰り返していたのだ。

 それに危機感を覚えた幕府が、会津藩主松平容保に京都の治安回復を命じ京都守護職という役職を設置した。

 寄せ集め集団の壬生浪士組を会津藩が抱え込んだのはそこにある。



 (また隊務がキツくなるんだろうな・・・・・・)

 前を歩く土方の背中を見つめながら、総司はそっと溜息を()く。

 だがその顔には何故か穏やかな笑みが浮かんでいた。


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