第二十九話
「総司がこんなところに誘うなんて・・・・・・珍しいこともあるんだな?」
「まぁ、たまにはいいでしょ?」
「・・・・・・だが、何故三本木なんだ?」
総司がどうしても、というので仕方なくついて来たが・・・・・・。
着くなり土方は不機嫌そうな顔をしていた。
「お前、ここがどういう場所か知っているだろう?」
「えぇ、まぁ。でも斉藤さんがどうしてもと言われて・・・・・・」
「斉藤くんが?」
「はい。ここが一番いい店だからって・・・・・・しかも、芸妓さんの名まで指定するんですよ?よほどのお気に入りってことですよ。ここは斉藤さんの顔を立てると思って、ね?土方さん?」
なだめるように言う総司に、土方は渋々ながらも頷く。
3人は出されたお膳に箸を伸ばし「たまには息抜きも必要か」などと思っていると、襖の外から声が掛けられた。
「失礼致します」
そう言って仲居が襖を開けると、そこには二人の芸妓が並んで頭を下げているのが見えた。
「おこしやす、幾松と申します。どうぞご贔屓に」
「駒野と申します」
並んで座っていた芸妓がそれぞれ挨拶を済ませると、顔をあげた。
一瞬、あかねが固まる。
(何故?ここに?)
驚きのあまり、心の臓が止まるかと思った。
「駒野はん?」
部屋に入りかけた幾松が、動かないあかねに声を掛ける。
「へ、へぇ・・・・・・」
幾松の声に我に返ったあかねは、慌てて立ち上がると幾松の後に続いて部屋へと入る。
固まったのはあかねだけではない。
総司もまた、駒野と名乗る芸妓に視線は釘付けだった。
(あかね・・・・・・さん?)
幾松のいる前で名乗る訳にもいかず・・・・・・
ただただ。
平静を装うことしか出来ないあかねは、乞われるままに舞を披露していた。
(まさか、こんなカタチで兄さまに舞を披露するとは思わなかったな・・・・・・あの様子では気づいているのは兄さまだけ・・・・・・か)
わからないのは、何故3人がここにいるかということだ。
ここが、長州の縄張りと知らずに来たというわけではないだろう。
現に壬生浪士組とは名乗らなかった。
自分がここにいるのを知って来たというのか?
もしそうだとしたら、屯所で何かあったのだろうか?
聞きたいことは山ほどあるのに。
それでも、久しぶりに総司の顔が見れてあかねは複雑な心境ながらも安心していた。
総司だけではない。
共にいる近藤も土方も、変わりなく元気そうだ。
「失礼します、幾松はん」
酒を運びに来た仲居が、幾松を手招きする。
それに気づいた幾松がそっと席を立ち仲居と二言三言、言葉を交わすとあかねの方へと近づきそっと耳打ちをする。
「旦那はんが来られたから、ちょっとそっちに行ってきてもええ?」
旦那・・・・・・とは桂のことだ。
あかねは承知したと意を込めて頷く。
「ひとりでも大丈夫?」
心配そうに聞く幾松に、あかねはフワッと笑みを浮かべるとコクリと頷いた。
「へぇ」
幾松が出て行くのを見送ると、初めに口を開いたのは総司ではなく土方だった。
「で?収穫はあったのか?」
顔色ひとつ変えることなく問う土方に、あかねは目を丸くした。
「・・・・・・気づいて・・・・・・らしたのですか?」
あかねの言葉に土方は口の端を少しあげる。
「当たり前だ。俺も近藤さんも、総司と違って大人だからな」
「どぉいう意味ですかぁ?」
土方のいい方に総司は不満そうに口を尖らせた。
「お前は顔に出し過ぎだ、と言ったんだ。嬉しそうな顔しやがって・・・・・・」
それでも怒っているわけではないらしく、その表情は穏やかだった。
「仕方ないじゃないですかっ、嬉しいんだから・・・・・・わたしは土方さんと違って素直なんですっ」
剥れた顔で言い返す総司に、あかねは思わず笑ってしまう。
「皆さん、お変わりなくて・・・・・・安心しました。でも、何故ここへ?」
「あぁ、斉藤くんがえらく薦めるので・・・・・・ね。それより・・・・・・見違えてしまったよ?」
いつもと変わらない、にこやかな笑みを浮かべた近藤が答えるとあかねは少し顔を赤らめる。
「斉藤・・・・・・さんが・・・・・・」
その名を聞いて、あかねは納得した。
おそらくは自分を心配して後をつけていたのだろう。
昔からそうだった。
いつも銀三はどこからともなく現れて助けてくれた。
(相変わらず、心配性だな・・・・・・)
そう思いながらも、心が温かくなる。
「で?何か掴めたのか?」
「えぇ・・・・・・まぁ。屯所に入り込んでいる間者の名ぐらいはわかりましたが」
少し目を伏せて静かに答えるあかねに、土方は素早い反応をみせる。
「誰だ?」
「・・・・・・佐伯、又三郎」
声を潜めて小さく答える。
「間違いないのかい?」
少し驚いたように近藤は目を丸くしていた。
「えぇ、桂さんの話の中に出てきましたから・・・・・・壬生にいる佐伯って・・・・・・」
「桂って・・・・・・まさか、桂小五郎!?」
名前に反応した総司の声は少し上擦っていた。
「えぇ、さっきまでいた幾松さん・・・・・・彼女は桂さんの想い人ですから、置屋の方にもよく来られますし・・・・・・」
「なるほど・・・・・・それがここにいる理由か・・・・・・」
全てを理解したかのように土方は深く息を吐く。
「それにしても、あかねくんの舞・・・・・・見事だった。思わず見惚れてしまったよ?」
少し照れたように頬をポリポリと掻きながら思い出したかのように言う近藤に、あかねはまた顔を赤くする。
「まさかこんな風に披露することになるとは・・・・・・お恥ずかしい限りです・・・・・・しかも、私と知りながら御覧になられていたとは・・・・・・」
「あかねさん、まさか屯所には戻らない・・・・・・つもりじゃないですよね?」
不安そうな顔で問う総司に、あかねは申し訳なく思っていた。
「今は、まだ・・・・・・帰れそうにありません。もう暫く情報を集めたいので」
「いえ、そうではなくて・・・・・・芸妓になったら簡単には抜けれないのでは・・・・・と思って・・・・・・」
「あぁ、そっちでしたか・・・・・・これは人手が足りないと言われて仕方なく引き受けただけですから・・・・・・大丈夫ですよ?でも、芸妓として座敷に出る方が情報を集めるには手っ取りばやいっていうのも確かなんですけどね・・・・・・」
そう言って笑みを浮かべるあかねに、総司はそれ以上何も言えなかった。
敵の懐に潜り込む、というのは尋常ではない恐ろしさがある。
成功すれば、確かに得るものは多い。
だが、失敗すれば・・・・・・その先にあるのは拷問と死だ。
それは想像を絶する恐怖だ。
敵陣の中にたった独り取り残されるようなものだろう。
そんな死の恐怖といつも隣合せだ。
それでもあかねは笑ってみせた。
情報を集めるためだと。
一番手っ取り早い方法なのだと。
そんなあかねに総司は掛ける言葉が見つからなかった。
ただ何が彼女をそこまで強くしているのだろうと。
何が彼女を支えているのだろう。
そう思わずにいられない。
側に居ることの出来ない自分に出来ること。
側に居なくても大切な人を護る方法。
総司がその答えを見つけるのに、そう時間は掛からなかった。