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第二話

 あかねには幼いころから夢があった。


 (いつか、総司兄さまに会いにいく!)


 それは物心ついたころから思っていたこと。


 この世に生を受け、母のお腹の中で共に過ごした二人。

 記憶の中にはなくても、自分の分身とも言うべき存在がこの世のどこかにいる。


 そう思うだけで、あかねは幸せな気持ちになれた。

 (いつか私は兄さまのお役に立ちたい・・・・・・)

 その思いがいつもあかねを支え、どんなに厳しい修行にも耐えてこれた。


 当時。

 沖田家には跡取りと呼べる男子はなく、総司の誕生は待ちに待ったものと言えた。

 が。

 双子を養えるほど暮らし向きは豊かではなかったのも確かだ。


 実際、総司も七歳のころに試衛館に預けられている。

 そんな事情もあって、両親は泣く泣く生まれたばかりのあかねを里子に出さなければなかったのだ。


 あかねがそれを恨みに思ったことはもちろんなかった。

 家のためには仕方がないとわかっていた。

 それになにより。

 里親がとても大切に自分を育ててくれたことも大きかった。


 恨むことなど一つもない。

 ただ、純粋に。

 兄に会いたかった。



 「兄さま」

 「?」

 「私は兄さまのお役に立ちたくてここに参りました。どうかお傍に置いて頂けませんか?」

 「あかね・・・・・・さ、ん?」

 「幼いころから兄さまにお会いすることを夢見て生きて参りました。どのようなことでも兄さまの為なら致します。どうか、お傍に・・・・・・」

 あかねは懇願するような目で訴えると平伏(ひれふ)すように頭を下げる。


 「あ、あかねさんっっ、そんな、頭上げてくださいよ」

 先程までの和気藹々な雰囲気とは打って変わって。

 必死な表情を見せるあかねの姿に、総司はこれ以上もないほど慌てふためいていた。

 動揺しまくる総司が、頭を上げさせようとあかねの肩に手を置くと必然的にふたりの視線がぶつかる。


 「私にとっての兄さまの存在は光でした。ですから、私を兄さまの影として働かせてください」

 その瞳にハッキリと映っていたのは、強い決意。

 そこには女子(おなご)とは思えないほど、揺らぎのない何かが示されている。


 あかねの言葉に驚きを見せていた総司だったが、やがてひとつ息をつき言葉を選びながらもゆっくりと話し始める。

 「あかねさん・・・・・・わたしは・・・・・・わたしも影でありたいと思っているんです・・・・・・」

 「え?」


 「わたしは近藤先生のためにこの命を捧げる覚悟で京に来ました。あなたにとってわたしが光だと言ってくれるのはとても嬉しいですが、わたしにとっての光は近藤先生なんです・・・・・・ですから・・・・・・・」

 「すでに影である兄さまに、影は必要ない・・・・・と?」


 見つめあうふたりの瞳には。

 相手は違えど、その人を守りたいという思いがこめられている。


 「・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・」

 次の句を告げられないまま、動けずにいるふたりに別の声が降り注ぐ。


 「だったら、俺にいい考えがある」

 まるで立ち聞きでもしていたかのような頃合。

 偶然通りがかったとは思えないほどの絶妙さで、土方は部屋の中に入ってくると口元には何かを企んでいるかのような不敵な笑みを浮かべていた。


 「土方さんっ!?」

 「あかね、と言ったな?総司のためにここで働くか?」

 「ひ、土方さんっ!?」

 驚く総司をサラッと無視しながら、土方は足をあかねの方に向ける。


 「但し、お前の上官は局長である近藤さんだ」

 2人の間に割って入るかのようにしゃがみ込み、あかねの(あご)に手をかけると自分の方へ向かせる。


 「総司と一緒に近藤さんのために働く。それが総司の傍にいれる唯一の条件だ。どうだ?やるか?」

 有無を言わせない迫力と強引さだけで、土方は答えを迫る。


 あまりの展開に総司が呆気に取られる中。

 あかねの方は「待ってました」とばかりに目を輝かせていた。

 「喜んでお受けします!」

 「よし!」

 満足気な笑みを見せた土方があかねから手を離し、今度は総司に向き直った。


 「あかねにはとりあえずここで寝泊りしてもらうぞ、いいな?総司」

 「ひ、土方さん!?」

 「仕方ねぇだろ。他の奴には知られたくねぇからな」

 「いえ、そうではなくて」

 「おぉ、斉藤が戻ったら・・・・・そん時は、そん時でまた考えっから心配すんな」

 「い、いや、だから」


 あくまでも総司の言いたいことを言わせないようにする土方。

 そんな仕打ちには慣れているのか、へこたれることなく総司も食らいつく。

 が、結果撃沈。

 その上、総司がまごまごしている間に土方とあかねは勝手に話を進め続ける。


 「あぁ、そうだ。あかね、家の方には暫く帰らないと連絡しておけよ?」

 「はい。大丈夫です。そのつもりで参りましたから」

 あかねの言葉が予想外だったのか、土方は一瞬驚いた顔をするがすぐにまたフッと笑う。


 「そりゃ、また用意がいいな。思ったより肝の据わった女のようだ」

 「もう!勝手に話を進めないで下さいよぉ!」

 散々無視され続けた総司が辛抱堪らず声を大きくすると、土方はこれ見よがしに涙を拭うような仕草で答える。


 「なんだ?総司は反対なのか?わざわざお前を訪ねてやって来たカワイイ妹を、このまま追い返すとでも言うつもりか??お前がそんな冷たい奴だったとは・・・・・」

 そう言われて総司に反対出来るハズはない。

 それを知っていながらワザと泣き真似をするのだからタチが悪い、と総司は深い溜め息を吐いていた。


 「な?丸く収まっただろ?」

 総司の表情を読み取ったのか、土方はパッと顔を上げケロッと言い放つ。

 もちろん、涙の跡などどこにもない。


 「土方さんには適わないや・・・・・・・」

 うっかり懐柔されてしまった総司は、ほぼ諦めたように頭を掻きながらこっそりとあかねの横顔を盗み見ていた。


 総司自身。内心、嬉しかった。

 ついさっき知ったばかりの『妹』の存在。

 それでも、なぜか・・・・・心の奥が温かい。

 もっと彼女を知りたいと思う自分が、そこには居た。


 ただ。

 自分たちは常に危険と隣り合わせだ。

 だからこそ、あかねを危険な目に合わせたくないと思った。


 そんな複雑な総司の心を知ってか知らずか。

 あかねはにっこり笑う。

 「心配なさらないでください、兄さま。私なら大丈夫ですから」

 なぜか自信有り気なその言葉に、さすがの総司も笑うしかなかった。



 次の日。

 総司が巡察に出ると一人部屋に残ったあかねは自分の持ってきた荷物の整理をし始める。

 と、言っても風呂敷の中に入っているのは数枚の着物と姉おミツからの(ふみ)だけだったが・・・・・・。

 それを押入れの中に片付けると、不自然にも天井を見回し始めた。


 (あの辺りが良さそうかな・・・・・・・・)

 ある一点に狙いを定めると押入れの天井板を一枚外し、そこから天井裏に顔を出す。

 当然のことながら暗い天井裏を一通り見渡し「よし!」と頷くと、押入れの戸を静かに閉めた。


 (あとはどこへ出れるのか、確認しておかないと・・・・・・)

 物音ひとつ立てることなく、慣れた様子で天井裏へ飛び上がると。

 そのままあかねの姿は暗闇の中へと吸い込まれていった。

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