表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/148

第二十五話

 島原は今日も人の往来が多かった。

 目当ての芸妓(おんな)に会いに来た男たちは軽やかな足取りで門を(くぐり)り抜けて行き、その脇を使いでも頼まれたのか早足で過ぎていく禿(かむろ)の姿。

 夕暮れ時の島原のいつもの風景だ。


 そんな中、島原大門の前を行ったり来たりする男がいた。


 泣く子も黙る、壬生浪士組の副長。

 山南敬助。

 その人だ。


 彼はここ数日とある感情に(さいな)まれ、悩んでいた。

 そして気がつけば、ここへと足を運んでいたのだ。


 大門の前をウロウロしては、溜め息を()きその場を後にする。

 そんなことを、ここ3日ほど繰り返していた。


 理由はこの間会った、明里である。

 つまり、彼女に会いたい。

 いや、でも会いたくない。

 ・・・・・・やっぱり会いたい。


 そんな相反する感情が、彼を苦しめていた。

 そしてその感情がなんなのか、彼自身理解していた。


 ― 恋 ―


 そう呼ぶ以外の言葉を、山南は知らない。

 紛れもなく、この気持ちは恋だ。


 それに気づいた時。

 山南は大きな溜め息を()いた。


 それは相手が遊女だからなのか。

 それとも遊女に恋をしてしまった自分になのか。


 いや、恐らくはどちらも正解だ。


 今まで山南は遊里といわれる場所に抵抗を感じていた。

 そこに通う男たちの気が知れない、とさえ思っていたのだ。


 金で買う女など。

 金で買える愛情など。

 ありはしない。

 いや、あってはならない。

 そうずっと思ってきた。


 だが明里に出会って、自分の考えが間違っていたことを思い知らされた。


 恋とは頭でするものではない。

 感情(こころ)でするものだ。


 結局自分は「井の中の蛙」だった、ということだろう。

 彼女に出会って、心底そう思った。

 

 恋とはするものではない。

 落ちるものだということを。

 初めて思い知らされた。


 何故?と聞かれてもわからない。

 ただ、彼女の笑顔が頭から離れない。

 彼女に触れられた、手の感触が忘れられない。


 ただ、もう一度。

 逢いたい。


 その感情に突き動かされて、ここまで来た。

 けれど、そこでいつも足を止めてしまう。

 

 逢いたい。

 でも逢うのが怖い。


 逢えば今よりもっと彼女に惹かれるのがわかる。

 それが怖い。

 

 明里は自分一人の(もの)ではない。

 それがわかっているから。

 だから、怖い。


 それでも、自分の昂ぶる気持ちを抑えられない。

 自分が自分じゃないような気さえしてくる。


 

 山南は大きな溜め息を()くと、結局この日も門を(くぐ)ることなく帰路についた。




 ― 壬生浪士組 屯所 ―


 他の隊士たちから隠れるように、佐々木は木陰に座り込んでいた。

 今日は久しぶりの休暇。いつもなら、朝からあぐりの元を訪れているはずだ。


 でも、今日はどうも足が進まない。

 何をするわけでもなく、ただ手に握り締めた(かんざし)を眺めては溜め息を吐く。

 そんな一日を過ごしていた。


 気がつけば、陽は西へ傾き始め夕闇が近づく時刻。

 (何をやってるんだ・・・・・・俺は・・・・・・)

 今日、何度目になるかわからない溜め息を()き佐々木は頭を抱えた。


 ちょうどそこを通りかかったのは、これまた大きな溜め息を()く山南だった。

 2人は互いの溜め息に気づき、自然と視線を合わせる。


 佐々木は相手が副長の山南だと気づいて、少し焦った表情を浮かべるが、山南は無言のまま佐々木の隣へ腰を下ろした。


 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 暫く、2人は黙ったままだった。


 その沈黙を破ったのは山南の方だ。

 「それは?」

 佐々木が握ったままの(かんざし)に視線を向ける。


 言われて初めて佐々木は(かんざし)を握ったままなことに気づく。

 「あっ・・・・・・これは・・・・・・」

 慌てて言い訳を考えるが、そんな時に限って言葉が浮かばない。


 「誰かへの・・・・・・贈り物ですか?」

 「・・・・・・はい・・・・・・」

 山南の問いに佐々木は素直に頷く。


 「渡しに行かないのですか?」

 「・・・・・・今は・・・・・・まだ・・・・・・」

 呟くように答える佐々木の横顔が、辛そうに歪む。


 「今は?」

 「・・・・・・自分に自信が持てないのです。だから・・・・・・」

 そう言って俯く佐々木。


 「自信・・・・・・ですか?」

 「はい。自分は剣もまだまだですし・・・・・・人としての強さも持ってはいません。今の自分では・・・・・・彼女を護れません・・・・・・だから」

 そこまで聞けば、山南にもわかった。

 彼もまた、苦しいのだろう。


 「彼女がそれを望んでいるのですか?」

 「!!・・・・・それは、わかりません・・・・・・でも」


 「人は護るものがあると強くなれる・・・・・・と、よく近藤さんが言っていました。帰りたいと思う場所がある者は、窮地に陥っても必ず生きる望みを捨てない・・・・・・だから強いのだと・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 顔を上げた佐々木の瞳は、先ほどまでの曇りが消えているように見えた。


 「君は彼女が好きなのでしょう?」

 「はいっ、もちろんですっ」

 力強く答える佐々木に、山南は笑みを浮かべる。


 「ならば・・・・・強いとか弱いとか・・・・・護るとか、関係ないでしょう?それとも、その想いは誰かに負けるような小さなものなのですか?」

 「負けませんっ!誰にもっ!彼女を想うこの気持ちだけはっ!」

 佐々木を諭すように言ったつもりだが、その言葉は全て自分自身に返ってくる。


 「では、充分なのではないですか?その気持ちだけで・・・・・・迷う事など、ないはずですよ?」

 

 そうだ。

 何も迷う事などない。


 好きならば。

 好きでいればいいじゃないか。

 どうしてこんな簡単な答えがわからなかったのだろう。


 山南は目の前にあった霧が晴れていくのを感じていた。

 それは。佐々木も同じだったようで、山南の言葉に朝から座り込んだままだった佐々木が、初めて立ち上がる。


 「山南副長っ、自分は今、目が覚めましたっ!ありがとうございますっ」

 そう言って深々と頭を下げると、彼女に逢いに行くと告げその場を走り去る。

 それを、山南は微笑みながら見送った。


 「いいえ、お礼を言うのはわたしの方ですよ・・・・・ありがとう」

 そう小さく呟くと、晴れやかな顔で屯所の中へと入って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ