第二十一話
里帰りしたあの日から、早五日。
あかねは内心焦っていた。
あれから時間を見つけては屯所を抜け出し、いろいろと情報集めに奔走していた。
まずは長州と通じる公家を見つけ出すのが先決だと思い、長州藩邸にも忍び込んだが空振りだった。
となれば、男の集まる場所だと思いなおし島原にも行ってみた。
だが、それも空振りに終わった。
明里の話では、最近は壬生浪士組の隊士が頻繁に出入りすることもあってか、長州藩士の出入りが目に見えて減ったらしい。
遊びに行って斬り合いになるなど、お互いに避けたい事だろうから当然だろう。
となると、他の花街を当たるほかはない。
だが、さすがに毎夜抜け出せば勘のいい土方が気づかない筈がない。
さてどうしたものか。
と、ひとり思い悩んでいたのだ。
― 壬生浪士組屯所 近藤の部屋 ―
「それは心配だねぇ。いいよ、しばらく側にいてあげなさい」
近藤は顎に手をあて、うんうんと首を縦に振る。
「だが、あかねには身内はいないことになってるんだぞ?どうするんだ?」
近藤の隣で話を聞いていた土方が、尤もな意見を述べる。
あかねは悩んだ末、しばらく里に帰る許可を得れないかと近藤の元を訪れたのだ。
それも。里親が病に倒れたという、ごくありふれた理由で。
人の良い近藤はふたつ返事で頷いたが、土方の方は少し怪訝な表情を見せながらも一応納得してみせたのだ。
「この際、親戚が大坂にいるらしいって情報が入ったから確かめに行くことにでもしたらどうかな?・・・・・・で、戻って来た時にはやっぱり違いましたってことにすれば誰も怪しまないだろう?」
近藤の提案に土方も賛成したのか
「じゃあ、それでいくか」
と、頷く。
「問題があるとすれば、総司だな」
「兄さま?・・・・・・ですか?」
近藤の言葉に、あかねは首を傾げる。
「最近はあかねくんが構ってくれないとイジけていたからな。しばらくここを離れるなんて聞いたら・・・・・・」
そこまで言って、総司の落ち込む姿を想像したのか近藤は浮かない表情を浮かべる。
「まぁ、仕方ねぇだろ。総司にはお前の口から告げてやれよ?そろそろ帰ってくるだろうからな」
近藤と同じことを思ったのか、珍しく土方が総司を気遣うかのような言葉を述べる。
― 同夜 壬生寺 ―
「大丈夫ですか?」
境内に並んで腰掛けた二人を月の光が優しく照らす。
「えぇ、もう歳ですから。いつまでも元気でいて貰いたいですけどね・・・・・・」
乾いた笑みを浮かべるあかねに、総司はゆっくり首を左右に振る。
「いえ、そうではなくて・・・・・・あかねさんの事ですよ」
「?私・・・・・・ですか?」
「またひとりで何かを抱え込んでいるのではないですか?」
「!!」
図星を差され、思わず目を丸くするあかね。
それを見て、総司は「あぁ、やっぱり」と呟やくと溜息を吐いた。
「いくら今まで離れていたとは言え、わたし達双子ですよ?あかねさんの考えぐらいわかります」
いつもと違い真剣な眼差しを向ける総司に、あかねは誤魔化せないことを悟っていた。
「話してくれないのですか?わたしにも・・・・・・」
あかねを見つめる総司の瞳は、少し寂しそうに揺れる。
「・・・・・・敵わないですね・・・・・・兄さまには・・・・・・」
諦めたように笑うあかねの横顔は、どこか嬉しそうに総司の目には映った。
「まだ、ハッキリとしたことは言えませんが・・・・・・どうしても気になることがあって・・・・・・不確定な情報なのですが、どうにも見過ごす訳にもいかなくて・・・・・・」
要領を得ないあかねの説明に、総司は「わかった」と頷く。
「確かめる為に行くと言うのですね?」
「はい」
「無理はしないで下さいよ?」
「はい」
「必ず、わたしの元に戻って来て下さいね?約束・・・・・・ですよ?」
そう言ってあかねの顔を覗き込む総司の表情は、いつもと同じ優しいものだった。
「はい!約束です!」
― 翌朝 ―
屯所内はいつもより静かだった。
というより、沈んだ空気に包まれていた。
いつもならガヤガヤと賑やかな食事の時間も、まるで葬式でもあったかのように静まり返っている。
原因は、もちろんあかねである。
彼女が暫く大坂に行ったと聞かされ、隊士たちの顔から覇気が消えたのだ。
たった一人いなくなっただけなのに。
こんなにもここは静かだっただろうか。
あかねが来る前はどうだっただろう、と近藤は思い返そうとするがすぐにやめた。
虚しいだけだ。
それだけ彼女の存在は大きいものになっていたのだろう。
たった3ヶ月ほどの間に・・・・・・。
明らかに沈む隊士たちの様子に、近藤は思い知らされる思いで一杯だった。
そしてそれは土方も同じだった。
こんなことなら、強引にでも引き止めるべきだったのだろうか?
いや、あの様子では引き止められなかったか・・・・・・。
何をしようとしているのかはわからない。
何処へ行ったのかも見当はつかない。
ただ、彼女は自分たちの為に動いているのだろう。
それだけは確かだった。
だが問いただしたところで口を割るような女ではない。
それがわかっているからこそ、あんな見え透いた嘘に付き合ったのだ。
そして、それは信頼の証でもあった。
でなければ、理由も聞かずに納得する筈がない。
「早く戻って来いよ?」
土方はひとり縁側に立ち、空を見上げてポツリと呟いた。
そんな中。
総司だけはいつもと変わらなかった。
あかねが頑張っているのだ。
それを思うと、寂しいなどと言ってはいられない。
いや、言えない。
あかねのいない間、自分のやるべきことをやろう。
そして戻ってきたあかねを笑顔で迎えてやろう。
「よく頑張りましたね」と。
必ず無事に戻ると、約束したのだから。
その時に胸を張って会えるように。
総司はふと空を見上げた。
果てしなく続くその空を、あかねも見上げているのだろう。
そう思うだけで、総司の顔には自然と笑みが零れていた。