第二十話
「うぅーっ!!頭にキーンっときましたっ!!」
そう言って総司は頭を押さえながら縮こまる。
「ははは。一気に食べるから・・・・・・うっ」
言いかけた近藤も同じように頭を押さえる。
「あはっ、近藤さんだって同じじゃないですかぁ」
先に痛みから解放された総司が、また氷を口へと運ぶ。
ここは京都、壬生村にほど近い甘味処。
暑さを少しでも紛らわそうと、近藤が総司を誘ったのだ。
「冷たくて美味しいですねぇ。あかねさんにも食べさせてあげたかったなぁ」
突き抜けるような夏の青空を見上げながら、総司がボヤく。
「そういえば、あかねくんを誘いに行ったんじゃなかったのか?」
「そうなんですけど・・・・・・どこにも姿が見当たらなくて・・・・・・」
少し口を尖らせた総司がつまらなそうな顔で答えると、近藤は少し首を傾げる。
「買い物にでも出たんじゃないのか?」
「そうなんですかねぇ・・・・・・でも、ここ最近よく出かけてるみたいなんですよね・・・・・・」
そう呟く総司の横顔が、少し寂しそうに近藤の目には映った。
「そうなのかい?」
「はい・・・・・・昨日も、一昨日もですよ?・・・・・・どこに行ってるのかなぁ・・・・・・」
食べ終わった氷の器を横に置くと、高い空を見上げた。
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみればいいじゃないか?」
横に座る総司の淋しそうな横顔を見ながら、近藤は内心苦笑いをしていた。
「それが・・・・・・聞く機会すらないんですよぉ!?屯所にいるのは食事の用意をしている時で忙しそうだし・・・・・・それに他の人のいる前ではあまりゆっくり話せませんし・・・・・・」
以前、永倉に誤解されたこともあって土方に釘を刺されているのだ。
(あぁ、それもそうか)
食事の支度は確かにあかねの仕事だが、一人では大変だろうと隊士たちが手伝っているのだ。
それも自発的に。
今までは嫌がっている者も多かったというのに、あかねが来てからは競って手伝いを申し出ているらしい。
しかも今では、ご丁寧に順番まで決めているという有様だ。
(トシがボヤいてたな・・・・・・隊務もそれぐらい熱心にしろとかなんとか・・・・・)
それを思い出した近藤がフッと笑みを浮かべる。
「??」
急に笑みを浮かべた近藤に、総司は不思議そうな顔をする。
「いや、あかねくんはずいぶん人気者になってしまったのだと思ってね」
「そりゃあ、わたしの自慢の妹ですからね!」
近藤の言葉に、総司は胸を張って答えた。
「ぷっ・・・・・・親馬鹿というのは聞いたことあるが、総司のはさしずめ兄馬鹿とでも言うのかな?」
思わず吹き出した近藤が笑いを堪えようと口元を押さえる。
「そうですかぁ?・・・・・・だって折角会えたのだから少しでも一緒にいたいって思ってるだけですよ?」
「それではまるで恋人を思うような台詞だな」
「えぇーっ!?そうですかぁ!?」
目を丸くする総司の顔を見て、近藤はまた吹き出してしまう。
「はははっ、もしあかねくんに恋人でも出来たら大変だな?」
「そんなことないですよ?あかねさんが選んだ人でわたしより強い人だったら、ちゃあんと祝福するつもりですからね?」
満面の笑みを浮かべて、サラリと言い切る総司に近藤は溜息を吐いた。
(そんな相手、いないに等しい・・・・・・)
― 壬生浪士組 ―
「その、あぐりという女子は美人なのか?」
あまりの暑さに胸元を広げて鉄扇で仰ぎながら、芹沢は佐伯の方へ視線だけを送る。
「はい。なかなか評判の娘だそうですよ?」
「ほぅ・・・・・・一度見てみたいものだな・・・・・・どれ、今から行ってみるか?」
興味津々の顔で芹沢が言うと、佐伯は大きく頷いた。
佐伯又三郎。
ここ最近、芹沢の部屋へ頻繁に出入りするようになった副長助勤のひとりである。
「芹沢はん?今日こそはお代、払うて貰いますえ?」
そんな2人の元に、これまた最近毎日のように顔を見せる女が姿を見せた。
「また来たのか?何度来ても、無いものは無いと言ってるじゃろ?」
「そんなん言われたからって、「はい、そうですか」と帰る訳にはいきまへん。今日という今日は払うて貰うまでは帰りまへんえ?」
気の強そうな顔をしたその女は、そう言うと芹沢の側に座り込む。
この女は太物問屋菱屋太兵衛の妾で、名をお梅という。
いつまでも代金を払わない芹沢に、業を煮やした菱屋太兵衛が自分の妾を取り立てに行かせたのだ。
さすがの芹沢も女に来られては無下に追い返すことも出来ないだろう、と菱屋も思ったのだろう。
しかし、このお梅という女。
気は強いが、なかなかの美人だ。
そして妖しいほどの色香を漂わせていた。
「払うまで帰らない・・・・・・・か」
お梅の言葉を繰り返すように呟くと、芹沢はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「なら、払わなければ、お前はずっとここにいるという事か?」
「そうどす。貰うもん貰わな帰れへんのどす・・・・・・ウチを可哀相と思てちょっとでもくれはらしまへんか?」
同情を惹くかのように、上目遣いで言うお梅。
だが、それは芹沢相手に逆効果となる。
「・・・・・・・佐伯。お前はもうよい・・・・・・下がれ」
視線はお梅の向けたまま、芹沢は佐伯に退出を促す。
「は、はい・・・・・・」
何かを察知したのか、佐伯はすぐさま部屋を出て行った。
「払ろうてくれはりますのか?」
「・・・・・・まさか。初めから言っておるじゃろ?金はないと」
「もうっ、ほんならテコでもここから動きまへんえ?」
芹沢の言葉にお梅は少しムッとした顔をする。
(怒った顔もなかなか可愛いのぉ)
お梅とは対照的に、芹沢はニヤッと笑った。
「ワシの女になるか?」
「はぁ!?なに言うてはりますの?」
予想外の言葉だったのだろう。
お梅は印象的な大きな目を、さらに大きくした。
「良いではないか。女に取り立てをさせるような旦那に未練などなかろう?ワシの元に来ればもっと幸せにしてやると言うておるんじゃ、悪い話ではなかろうが・・・・・・」
言いながらもゴロンとその場に寝転んだ芹沢は、肘をつき自分の頭を支えるとお梅の顔を覗き込んだ。
「ウチが欲しいのは、妾の話やのうて借財の返却どす。勘違いせんといておくれやす」
プイっと顔を背けたお梅の仕草に、芹沢は更に不敵な笑みを浮かべていた。
― 同刻 土方の部屋 ―
「芹沢さんのところに、女?」
「あぁ、なかなかの美人らしい・・・・・・隊士たちが噂してたぜ?」
近藤たちが出て行ったのと入れ代わるように、土方を訪ねてきたのは永倉だった。
「まったく・・・・・・次から次へと・・・・・・」
呆れ顔の土方が溜息を吐きながら、愛用の煙管を取り出す。
「でも、妾ってわけじゃあないみたいだな。八木さんに聞いたら借財の話をしているのが聞こえたって言ってたから・・・・・・」
「借財!?・・・・・・また勝手にどこかで借りてやがったのか?」
永倉の言葉に土方は眉を寄せた。
「いや、詳しくはわからんがな・・・・・・ところで、近藤さんは何処へいったんだ?」
不機嫌そうな顔になった土方に、永倉は慌てて話題を変える。
「あぁ、ついさっき出て行ったぞ・・・・・・総司を連れて甘味処に・・・・・」
甘味処と聞いて、永倉はチッと舌打ちをする。
「なんだ、もうちょっと早く来れば良かったぜ・・・・・・」