第一話
「つまり・・・・・・だ。総司には双子の兄弟がいたってことか?」
少し落ち着きを取り戻した土方が二人を見比べながら、誰に対する訳でもなく問いかける。
「はい、双子の兄妹です」
「?だから兄弟だろ?」
「はい、兄妹です」
「??」
ピタリとくっつくように総司の隣に座った少女が答えると、
「私は初耳ですが・・・・・・・」
困惑顔の総司は溜息まじりに呟いた。
そんな2人の様子を横目に土方は腕を組み直すと、近藤の方に視線を移す。
近藤の方は何か引っかかることがあるらしく、首を傾げて何かを考え込んでいるようだ。
「かっちゃんは何か知っているのか?」
普段は「近藤さん」と呼んでいる土方が、思わず昔の呼び方をしてしまうほど。
土方自身、事態を飲み込めず動揺は隠せないでいる。
「いや昔、総司がうちに来たころおミツさんがそんなことを言っていたような・・・・・でも確かあれは妹だと言っていたと思うんだが・・・・・思い違いだったのかな・・・?」
近藤は遠い遠い記憶の糸を手繰るように、天井を仰ぎみる。
そんな周りの様子に、少女は申し訳なさそうに口を開く。
「・・・・・・・あの、妹なんですけど・・・・・だから兄妹って、さっきから・・・・・・」
「「「えっ!?」」」
またしても、3人の声が揃う。
「お前、女だったのか!?」
土方が驚いて声をあげるのと同時に総司は「あぁ、やっぱり」と呟いた。
総司の言葉に土方はさらに声を荒げる。
「なんでやっぱりなんだ!?やっぱりってなんだよ!?」
「いや、だって。さっき抱きつかれたときに・・・・・・なんとなく、そんな気がして・・・・・・ねぇ?」
「ねぇ?・・・・・・じゃねぇよ!この野郎っ」
少し頬を赤く染めて答える総司に、土方がゴツンとゲンコツを喰らわせる。
「いったぁぁ。何するんですかぁ」
少し涙目になりながら総司は頭を擦り、抗議の視線を土方に向ける。
が、土方の方は『当然だ』と言わんばかりにフンッと鼻を鳴らしそっぽを向いていた。
そんな2人の様子には見慣れているのか、近藤は構う事なく
「総司は本当に何も聞かされてなかったのか?」
と問うが、総司は首を縦に振るだけだった。
「でも、君は総司がここにいることを知っていて訪ねてきたんだよね?誰に聞いたんだい?」
今度は井上が少女に聞く。
聞かれた少女の方は『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりに、懐から一通の文を取り出し井上の方に差し出す。
「おミツ姉さまからは時々こうして文を頂いていたので、兄さまのことは姉さまから聞いていました」
井上は受け取った文に目を通すことなく、そのまま近藤に手渡す。
近藤は「読んでいいのかい?」と少女に断ってから、その文をゆっくりと開く。
「確かに、総司のことが書いてあるよ。それに君と会いたいというような趣旨の内容だな。君の名はあかね君というんだね?」
読んだ文を土方に手渡すと、近藤は優しい眼差しを少女に向けた。
「あっ、はい!申し遅れました。あかねと申します」
名乗り遅れたことを詫びるかのように、あかねは深々と頭を下げる。
それにつられるように近藤が皆を紹介する。
「こっちが源さんこと、井上源三郎さん。そっちが土方歳三。そして私が近藤勇だ」
井上は宜しくとでも言うように軽く会釈をし、初めと同じような人のいい笑みを浮かべた。
土方はというと。
手渡された文から顔を上げることなく食い入るように読み続け、その隣にいた総司は文とあかねを見比べていた。
おミツからの手紙を読み終え、しばらく考え込んでいた総司だったが。
突然何かを思い出したかのように、ポンッと手を打つ。
「あっ!そういえば試衛館を出る時、おミツ姉さんが『京に行けば驚くことが待ってるわよ』って言ってたけど・・・・・・・きっとこのことだったんですねぇ、あはは」
まるで謎が解けたとでも言わんばかりに呑気に笑う総司。
そんな総司の様子に怒る気も失せたのか、土方は「お前ってやつは・・・」と深い溜息と共にうなだれる。
「ところであかね君。君はどうしてそんな格好をしてるんだい?」
近藤の問いに興味があるのか、土方や総司・井上もあかねの方を一斉に注目する。
その痛いほどの視線を受けながら
「これは・・・・・・」
と、あかねは話し辛そうに近藤から視線を外していた。
「ん?どうしたんだい?」
「その・・・・・ここには男の人しかいない、と聞いていたもので・・・・・・」
その言葉に全て読み取ったのか、近藤は豪快に笑い飛ばす。
「あははは。そうか、狼の群れに飛び込むために狼の皮をかぶったってことかい?」
「あっ!なるほど!」
近藤の言葉に総司はウンウンと頷いて見せる。
そんな2人とは対照的にあかねは、さも申し訳なさそうに縮こまっていた。
「でも、まさかそのせいで総司に間違われるなんて思いもしなかっただろうね?いやぁ、悪かったね」
井上はポリポリと頭を掻いて詫び、それを聞いた総司がカラカラと笑い飛ばす。
「あっ、いえ・・・・・・・わたしも総司兄さまに似ているなんて思わなかったので、混乱させてしまって・・・・・・すみませんでした」
「じゃあ、改めて・・・・・・・コホン・・・・・・よく来たね。あかね君。今日はゆっくりしていきなさい。総司と積もる話もあるだろうからね」
近藤がそう言うと、それに続くようにずっと黙っていた土方が口を開く。
「但し、総司の部屋からは絶対に出るなよ?他の奴には絶対に見つかるな。斉藤が戻るまでの一時的な処置だが・・・・・混乱を避けるためには仕方ねぇ。いいか、これは副長命令だからな」
何かを企むような目つきで、総司に言い聞かせるように告げるとニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「何を考えてるんだ?」
総司やあかね、井上が出て行ったのを確認すると近藤は静かに問いかける。
「あぁ、もしかするといい駒になってくれると思ってな」
「駒?・・・・・・・どういう意味だ?」
土方の考えが読めないとでも言いたげな顔で、近藤は首を傾げる。
「いや、まだ使えるかはわからんが・・・」
「・・・・・・・・。トシ。仮にも総司の妹だぞ?あまり巻き込むのは・・・・・・・」
なにかを察したのか近藤は眉間にシワを寄せる。
「俺はな、近藤さん。京の町にも詳しいのなら、監察方として使えないかと思ったんだ。どう思う?」
もっともらしい土方の言葉に腕を組み直した近藤が「うーん」と考え込む。
「確かに・・・トシの言うように監察方として動いてもらうのは良い考えかもしれないが・・・・・危険なことは確かだろ?女子である彼女にそんなこと・・・・・」
「女だからさ。女なら山崎でも入り込めないところから情報を得られる。女ならではの使い方ってぇのがあるんじゃねぇのか?」
その時の土方の顔はまるで鬼か悪魔が降臨したかのようだった。
そんな会話がなされているなど思いもよらない総司とあかねは、総司の部屋で今までの空白を埋めようと話しこんでいた。
「今はどこで暮らしているんですか?」
「鞍馬です。家があるのは山の中なので町に出るときはいつもこの格好をしていたんですけど、これからはやめないといけないですね。もし町中でバッタリなんてことになったら大変ですし」
「あはははは、それは面白いですねぇ。きっとまわりがビックリするでしょうね・・・・・・・でもどうして男姿を?」
「動きやすいのもあるのですが、山道での女子の一人歩きは危ないからと・・・・・養母たちに言われていて・・・・・・」
「なるほど、確かに言えてますね」
すっかり納得顔の総司がウンウン頷く。
「でも、訪ねてきてくれてありがとうございます。こんなに嬉しい驚きは初めてでしたよ?」
総司は心底嬉しそうな顔で笑う。
(兄さま・・・・・・・)
あかねにとってはそれが何よりも幸せだった。