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第十八話

 同日、夜。


 島原 揚屋 「松屋」



 「此度は大変なご迷惑をお掛けし、まことに申し訳ないことを致しました」

 角屋の主人、徳右衛門が部屋に入ってくるのを確認すると、近藤と山南は揃って頭を下げ迎えた。

 「よ、よしとぉくれやすっ」

 面食らった徳右衛門が焦った声を出し、慌てて2人の前に座ると同じように頭を下げた。

 「昨夜(ゆうべ)のことはウチの方にも非があるんどすっ、そやさかい・・・・・・」

 頭を上げて下さい。という徳右衛門の言葉に、ゆっくり頭を上げる2人。

 それを確認すると、徳右衛門は手にした手拭いで額に浮かんだ汗を押さえた。


 「それにしても・・・・・・・近藤はんがこないなお人やとは・・・・・・・芹沢さんとは正反対のお人どすなぁ」

 「ははは・・・・・・」

 徳右衛門の言葉に、近藤はなんとも言えない笑みを浮かべる。

 

 「お店の修繕費のことですが・・・・・・」

 唐突に切り出した山南の言葉に、徳右衛門は慌てたように両手を左右に振る。

 「そないなもん、気にせんといておくれやす。その代わり、営業再開の暁にはご贔屓にして戴けますやろか?それで充分どすさかい・・・・・・」

 徳右衛門の商売人らしい笑みを見ながら近藤は、少し困った顔つきで頭を掻いた。

 「いや、実を言うと恥かしながら修繕費としてお渡し出来るようなまとまったものは、我々には用意出来そうになくて・・・・・・正直言うと、そう言って頂けると本当に有難いんです」

 あえて恥をさらすようなことをサラリと言ってのける近藤に、徳右衛門は一瞬目を丸くしたがすぐに豪快に笑い飛ばした。


 「これは、またハッキリお言いやすなぁ。いやぁ、ほんに面白いお方どす・・・・・・では、これで商談成立ということで・・・・・・」

 そう言うと、パンパンッと手を打つ。

 「堅っ苦しい話は終わりにして、今日はゆっくり楽しんでおくれやす。わざわざ足を運んで(もろ)うたんどすさかい・・・・・・」

 徳右衛門の合図を待っていたかのように、女中たちがぞろぞろと料理を運んでくる。

 ひととおり膳を並べると、廊下には2人の芸妓が控えていた。


 「い、いえ、今日はお詫びに来ただけですから・・・・・・」

 真面目な山南が右手を前に出し、断る仕草を見せる。

 「お詫びに来てくれはったんどしたら、遊んでいってくれはりますなぁ?ここは遊ぶ街どすえ?」

 茶目っ気たっぷりの顔で徳右衛門が言うと、今度は近藤が笑い飛ばした。

 「さすがは、島原でも1、2を争う揚屋『角屋』のご主人だ。そう言われて断るは、武士の名折れというもの・・・・・・さすがの山南さんも断れませんな?」

 ははは。と山南の顔を見ると山南も「参った」という顔で頷いた。


 「ほな、決まりどすな?」

 そう言うと廊下で控える芸妓に中に入るように促す。

 「そちらが明里はんで、こちらが吉里はんどす」

 紹介された二人が揃って頭を下げる。


 「お初にお目にかかります。吉里と申します」

 「明里にございます」

 そう言うと吉里が近藤の隣に座り、明里が山南の隣に座った。


 「これは、またおふたりともお綺麗な・・・・・・」

 「いややわぁ、近藤はん。お上手どすなぁ」

 満足気な近藤に吉里が酒を()ぐ。


 その隣では。

 慣れないせいか居心地悪そうに身を硬くする山南に、明里が柔らかい笑みを向けていた。


 「山南はんは、こういうところはお嫌いどすか?」

 「あ、いえ・・・・・・そういうわけでは・・・・・・・」

 明里に見つめられて、山南は恥ずかしそうに視線を下に落とす。

 「ええんどすえ?無理することおまへん」

 そう言いながら明里は、山南の膝の上に硬く握られた手にそっと手を伸ばす。


 「そんな(かと)うならんと、気を楽にしておくれやす。せっかくの料理の味がわからしまへんえ?」

 やんわり山南の手を握り、優しい笑みを向ける。

 「!!・・・・・・・どうも、わたしはこういう場所には不慣れなもので・・・・・・気を(つか)わせてしまって・・・・・・・」

 柔らかい明里の手の感触に、山南は少し顔を赤くしながらもその手を振り払おうとはしない。

 

 「彼は見てのとおり真面目な男でね。今まで剣術ばかりをしてきたせいか、女子(おなご)に関する免疫もなくてね・・・・・・いやぁ、明里さんが少しでも山南さんを柔らかくしてくれると有難いのだけど・・・・・・ねぇ?」

 「こ、近藤さんっ!?」

 近藤の言葉に山南の顔が、まるで茹で蛸のように赤くなっていく。


 「いやぁ、山南さんのお顔、真っ赤どすえ?ほんに可愛いお人どすなぁ」

 それを見ていた吉里が、ふふっ。と口元に手をあて笑うと、明里は困ったように手を頬にあて首を少し傾けた。

 「お武家はんに、可愛いなんて言うたら失礼どすえ?吉里さん(ねぇ)さん?」

 「堪忍え?山南はん・・・・・・せやけど、ここらに()やはるお客はんに、そない初心(うぶ)なお人いはらしまへんさかい、つい・・・・・・ほんに堪忍え?」

 「い、いえ。わたしは近藤さんの仰るとおり、女子(おなご)と接する機会がなかなかなくて・・・・・・」

 「おや、そんなことあかねくんに聞かれたら怒られてしまうよ?」

 からかうような口調の近藤の言葉に、真面目な山南は焦って否定する。

 「あ、いや・・・・・・そ、そんなつもりは・・・・・・」

 「あはははは」


 「あかねはん、いうたら・・・・・・この間、芹沢はんの使いで()やはった可愛らしい娘はんどすか?」

 知っているのに知らないフリをするのは、遊女にとっては十八番。

 それに気づくはずもない近藤が大きく頷く。

 「あぁ、そうか。明里さんは一度会ったことがあるんだったね?」


 「へぇ」

 「なかなか気がつく、働き者でね・・・・・・彼女にはいつも感謝しているんだよ」

 あかねの事を思い出しているのか、近藤はふっと口元に柔らかい笑みを浮かべ答えた。


 「そうどすかぁ・・・・・・・今回のこと、気にしてはらへんかったらええんどすけど・・・・・・」

 「おや、明里さんは優しいねぇ。あかねくんにも伝えておくよ、貴女が気にかけていたことを・・・・・・きっと喜ぶだろうからね」

 「へぇ、是非よろしゅうお伝えください」

 にっこり笑う明里の横顔に山南は、ぼうっと見惚れていた。



 ―同じ頃―

 壬生浪士組 屯所


 「兄さまがおふたりを大切に想っていらっしゃる理由が、なんとなくですが私にもわかったような気がします」

 あかねが茶を淹れながら、背中越しに声を掛けると総司はキョトンとした顔で振り返った。

 「ん?」

 「おふたりとも、暖かいですよね?」

 そう言って幸せそうに笑うあかねの顔を食い入るように見つめると、やがて理解したのか満足そうに顔を(ほころ)ばせる。


 「そうでしょ?近藤先生はお顔に人の良さが(にじ)み出ていますよね?」

 「ええ、確かに」

 「土方さんは天邪鬼(あまのじゃく)だから判りづらいですけど・・・・・・ね?」

 「はい、確かに・・・・・・」

 総司の言葉に思わず2人が顔を見合わせてクスクス笑っていると、静かな夜を邪魔するかのように一羽のカラスが鳴いた。


 カアァ カアァ


 「こんな夜にカラスが鳴くなんて・・・・・・・珍しいこともありますねぇ?」

 総司は怪訝な顔つきで、窓の方へと目をやる。

 「!!」

 あかねは「あっ」と思って総司に声を掛けようとするが、総司の方が一瞬早く障子に手をかけ開けてしまった。


 「!に、兄さまっ!伏せてくださいっ!」

 あかねの声と同時に開けられた窓から黒く大きなものが総司の頭上をかすめる。

 「ぅわあぁっ!!」

 驚いた総司が頭を抱えその場にしゃがみ込むと、その大きな物体があかねの肩に乗りまた一声鳴いた。


 カアァ


 恐る恐る頭を上げた総司が目の前の光景に唖然とし、目を丸くする。

 「驚かせてすいません、兄さま・・・・・・大丈夫ですか?」

 総司を心配そうに見つめるあかねの肩には、あかねの顔より少し大きなカラスが止まっていた。

 「あ、あ、あかね、さんっ!?」

 驚く総司とは反対に、あかねは冷静な様子で肩に止まるカラスに話しかけていた。


 「もうっ、兄さまを驚かせたらダメじゃない!?メッ!」

 (いや、メッ!って・・・・・・カラス相手にメッ!って・・・・・・)

 真面目な顔つきでカラスに話すあかねに、総司は心の中で呟く。


 「すみません、兄さま。この子は私と里の連絡係をしてくれているシロです」

 (シロって・・・・・・どう見てもクロでしょ!?・・・・・・いや、この際どっちでもいいか・・・・・・・)

 驚きのあまり、声が出ない総司は心の中でひたすら呟く。

 

 ポカンっとしている総司はそのままに、あかねはシロの足に結ばれた(ふみ)を外し読み始めた。

 その間もシロは総司をジッと見つめる・・・・・というか睨む。


 (えっ・・・・・・ちょっとカラスに睨まれるのは、怖いんですけど・・・・・・)

 総司がそんなことを思っているとは思わないあかねは、黙ったまま机に向かい何かを書きつけるとそれをまたシロの足に結ぶ。

 ちゃんと結べたのを確認するとあかねはシロを肩に乗せたままで、窓際までゆっくり歩きシロの身体を優しく撫でた。

 「さ、シロ。師匠に届けてね?」

 あかねの言葉に頷いた(総司にはそう見えた)シロは、大きな翼を広げると空に向かって飛び立ちあっという間に闇に溶け込んでしまう。


 「え、えーと・・・・・・もう何をどう突っ込めばいいのかわからないんですけど?」

 相変わらず目を丸くしたままの総司が呟くと、あかねは苦笑いするしか出来なかった。


 「と、とりあえず・・・・・・明日はちょっと里帰りしてきますね?お師匠・・・・いえ義母(はは)に呼ばれたので」

 「何かあったのですか?」

 総司の言葉にあかねは小首を傾げる。

 「よくわからないのですが、何か話したいことがあるみたいなので・・・・・・・」

 「きっと、長く顔を見せないのでお淋しいのでしょう。近藤先生にはわたしから伝えておきますから、たまにはゆっくりしてきて下さいね?」

 「はいっ!ありがとうございます」

 気遣うような総司の言葉に、あかねは満面の笑顔で返し頷いていた。


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