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第十四話

 前日の「鯉騒ぎ」は、詳細を知られることなく無事に治めることが出来た。


 盗まれた鯉が夜中のうちに戻ってきたことを知った新徳寺の住職は、ただただ御仏(みほとけ)のご加護あってのとこだと喜んだという。

 そして、代わりの鯉は島原に出入りする魚屋から仕入れることが出来、芹沢たちに真相がバレることなく予定通りに夕食(ゆうげ)の膳に並んだ。


 その日出された膳に手をつけようとしない野口の様子に気づいたあかねがそっと耳打ちし、真相を知った野口が心底安堵した表情を浮かべたという余談はさておき。

 皆が喜んだのは言うまでもなかった。


 もちろんあかねは総司に事の顛末を説明し、総司も快く口を(つぐ)んでくれた。

 全てが丸く治まったことで、あかねはやっと肩の荷が下りたような心地に浸っていた・・・のも束の間。


 あかねの元に島原にいる明里から一通の(ふみ)が届く。

 しかもその内容が会いに来て欲しいというものだった。


 これが男ならば、天神からの恋文だと喜んだだろうが残念ながらあかねは女である。

 何事かと思いながらも。

 遊びに来ているであろう隊士たちに見つからないよう注意しながら、明里の元へと急ぐ。



 「堪忍ぇ、あかねはん・・・・・・急に呼びつけたりして・・・・・・」

 まだ支度前の明里の頬は湯上りの為か、ほんのり桜色をしていた。

 (これで私が男ならイチコロだな・・・・・・)

 内心、明里の色香にドキドキしながらもあかねは首を横に振り深々と頭を下げた。


 「いえ。こちらこそ、先日は助けて戴き有難うございました」

 先日の・・・・・・というのは、もちろん「鯉騒ぎ」のことである。

 芹沢が持ち帰った鯉ほどの大きさは、市中で出回ることなど普通はない。

 困ったあかねが思い出したのは明里のことだった。

 島原の揚屋に出入りする業者なら用意があるかもしれないと考えたからだ。

 実際、その考えは的中し思うようなものが手に入った。

 その礼も兼ねて取り急ぎ駆けつけた、というわけだ。


 「嫌やわぁ、ウチはなんにもしてまへんえ?女将(おかあ)はんが角屋さんに口利いてくれはったんどす、お礼なんてよしておくれやす」

 明里は頬に手を当て、首を少し傾けた。

 「でも、明里さん(ねぇ)さんの口添えあってのことですから・・・・・・ところで、どうかされたのですか?何か困ったことでも?」

 下げた頭をゆっくり起こしながら真っ直ぐ明里を見る。


 「それなんどすけどなぁ・・・・・・実は・・・・・・」

 言いにくそうな明里に痺れを切らせたのか、横にいたお志乃が口を挟む。

 「芹沢はんのことやっ」

 「芹沢さん?」

 あかねが聞き返すと、明里は頷いた。


 「この間、水口藩の方がお客はんが来られたんどす・・・・・・その時、話題が壬生浪士組のことになったんどすけど、間ぁの悪いことに隣のお部屋に芹沢はんが居てはって・・・・・」

 そこまで聞いて、あかねは話の内容がだいたい見えたのか「なるほど」と頷いた。


 「つまり、悪口を芹沢さんに聞かれた、と・・・・・・まさかその場で乱闘騒ぎになったとかっ!?」

 身を乗り出したあかねに明里は慌てたようにフルフルと首を横に振った


 「その場は、店の主人がうまいこと抑えてくれはったんでなんともなかったんどすけど。その後も(きゃ)はるたんびにあの時のお客は誰やったんやって・・・・・・それはもう、すごい剣幕で・・・・・・」

 その時のことを思い出したのか、明里はブルッと身震いをした。


 「それで、相手のことを?」

 「いいえぇ、お客はんのことを話すのはご法度どすさかいに言うてはしまへんけど・・・・・・あの剣幕やったら何しゃはるかわからん(おも)おたんで一応、耳に入れといた方がええかと・・・・・・」


 「知らせてくださって有難うございます」

 芹沢に怒鳴られて、さぞ怖かっただろう。

 それでも口を割らないあたりがさすがだと、あかねは感心していた。


 「せやけど、あの芹沢はんって人どうにかならへんの?」

 「?他にも何かあるの?」

 お志乃の言葉に、あかねは真面目な顔つきになる。


 「こ、これっ、お志乃・・・・・・」

 制止しようと明里が口を挟むが、お志乃は構わず続けた。

 「黙ってる事あらへんっ!花代も払わんと平気で遊ぶような人(かば)う事あらへんって!」

 さすがまだ子供というだけあって、喜怒哀楽をハッキリ出すお志乃の言葉にあかねは耳を疑った。


 「花代を払わない・・・・・・って・・・・・・・どうゆうことですか?」

 あかねの真っ直ぐな眼差しに、明里はしぶしぶながらも口を開く。


 「うちも最近知ったんどすけど・・・・・・どうも、揚屋さんの方では一銭も(もろう)てないらしくて・・・・・・」

 「ええっ!?」

 「なんや『ここで商売出来るんは我らが京を命懸けで守ってやっているからだっ!』とかなんとかこじつけて好き放題してはるんやってっ!」

 お志乃の言葉に、明里は困ったような表情を浮かべるが、コクリと頷いて見せた。

 「そ、そんな・・・・・・」

 あかねは愕然としていた。


 これでは、会津藩から給金を出して貰っている意味がない。

 そのうえ店を脅すのに壬生浪士組の名前を使っているとは・・・・・・。

 考えれば考えるほど、情けなさと怒りが同時にこみ上げてくる。

 この間の「鯉騒ぎ」といい、今回のことといい、遡れば大阪での乱闘騒ぎのこともある。

 あかねは握っていた自分の拳が怒りに震えるのを感じていた。


 (なんとか、しなければっ)

 芹沢の行為は壬生浪士組の名を落とすだけでなく、会津藩の名を落とすことにもなる。

 それは同時に目を掛けてくださる松平容保公のお心を裏切るものにも思われた。


 「あ、あかね、はん?」

 怒りに震えるあかねの様子に、お志乃が恐る恐る声を掛ける。


 「お、教えてくれて有難う・・・・・・まさか他の人もそんなことしてないですよね?」

 わずかに声を震わせながら聞くあかねに、お志乃はブンブン首を横に振った。

 「他にそんな人あらしまへんっ・・・・・最近は贔屓にしてくれはる人も増えたけど、皆キレイに遊ばはる人ばっかりやしっ」

 「そう・・・・・・もし、他にもあったらまた遠慮なく知らせてくださいね?」

 怒りと失望の交じった瞳で明里に願うと、明里は力強く頷いた。



 島原からの帰り道。


 あかねは全身に不機嫌な空気を(まと)っていた。

 それは、すれ違う人々があかねを避けるように通りすぎていく様子が物語っていた。

 『さわらぬ神に祟りなし』ということだろう。


 あかね自身、それはわかっていた。

 だからこそ。

 (言いしれぬこの怒りを鎮めてからでないと帰れない)

 そう思い直すと、いつもとは違う道を何の気なしに曲がる。


 まだ日が高いせいか人通りも多く、賑わいをみせる町を歩きながら何を見るわけでもなく、ただ黙々と足を動かす。

 そうしていると、自然と(たかぶ)った気持ちが鎮まっていくような気がした。

 少し落ち着きを取り戻したあかねが視線を上げると、道の先に佐々木の姿が偶然目に入った。


 (佐々木さん?・・・・・何してるんだろ、あんなところで・・・)

 声を掛けようと近づいて、ふと足を止める。

 それは佐々木が幸せそうな笑みを浮かべ、ひとりの女子(おなご)と話しているのが見えたからだった。


 (あれが・・・・・・噂の娘さん?・・・・・・ふふっ、佐々木さんったらあんなに嬉しそうな顔で・・・・・・)

 見ているこっちまで頬が緩むほど、2人を包む空気は優しく見えた。

 (お邪魔しちゃ、悪いな)

 そう思い直すとクルリと踵を返し、来た道を戻りかけた。

 が。

 一瞬ただならぬ視線を感じ、その出所を目で追う。


 その時、バチッと視線がぶつかるのを感じた。

 (!?あれは・・・・・・)

 その視線の持ち主はあかねと視線が合ったことですぐに身を隠してしまったので、ハッキリと顔が見えたわけではなかった。


 (んー、なんだったんだろう・・・・・・今のは・・・・・・・)

 そう首を傾げるが、答えが出る筈はない。

 そんなことよりも今は芹沢のことの方が大問題だ。

 余計な事は忘れようと頭をブンブンと振り、あかねは来た道を歩き出した。


 あかねが、その日のことを思い出すのはずっと先のことになる。

 そして後悔するのも・・・・・・・。


 補足です。

 新徳寺・・・・・江戸で集められ上洛した浪士隊が集められ、清河八郎が演説した場所。

 天神・・・・・・島原の遊女のランク。太夫、天神と続く。

 角屋・・・・・・島原にある揚屋のひとつ。


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