第百四十六話
八月。京の八月は残暑厳しく、焼けた町の再建や今後の長州対策など問題は山積みである。
の、だが。
「このままじゃ、ダメだ、きっと」
ふと聞こえてきた呟きにタケが顔を上げる。
「西からなんか連絡でもあったか?」
「いや、ない」
一応返事はあるがどうにも会話になっているとは思えない。
「じゃあ御所から呼ばれたか?」
「なんで?」
とりあえず質問を続けてはみたが何故か聞き返された。
「いや、こっちが聞きてぇよ。つか、聞いてんだよ」
「なにを?」
タケは疲れたようにハァーと大きく息を吐くと掌で顔を覆った。
「おい、朱里。おめぇ大丈夫かよ。なんだよ、なにがダメなんだ?」
「え、なにかダメなの?」
「・・・・・・おい、マジで何なんだよ」
要領を得ないやり取りに頭を抱えるタケ。
「ごめん、たぶん心の声が漏れたんだと思う。気にしないで。あ、やっぱり気にして」
「どっちだよっ!ま、いーや。どうせお前のことだからあかねのことだろ?んで?何を心配してんだ?」
「なに人の思考勝手に読んでんのよっ、タケのくせに」
「なんだ喧嘩売ってんのか?よーし、買ってやる。オラ、こいよ」
適度な間合いを取り構えるタケ。
それを目に止め、朱里はフーっと大きく息を吐きだす。
「あんたってほんと子供だよね。悩みがなさそうで羨ましいわ」
「て、めぇ。本気で喧嘩売ってんのか」
「や、ごめん。そんな気にはなれないけど・・・・・・なんだろ、誰かと言い合いしたいのかも」
心細そうな、寂しそうな表情に今度はタケが息を吐く。
「あかねの何を気にしてんだよ、おめぇは。別にいつも通りだろ?任務も完璧にこなしてるし」
「うん、それはそうなんだけど。なんていうか、うーん、なんかやっぱり違うっていうか」
「んだよ、それ。はっきりしねぇなぁ・・・・・・けどよぉ、俺と違って付き合いの長げぇお前だから感じることもあるんだろうよ」
「・・・・・・うん」
「んで?どうしてぇの、お前は」
「・・・・・・・・・・・キレない?」
「はぁ?んなもん聞かなきゃわかんねぇだろ」
「じゃあ言わない」
小さな子供のようにぷぅっと頬を膨らませる朱里にタケは大きな溜息を吐く。
「あー、もー、面倒くせぇな、わーったよ、怒んねぇから言ってみろよ」
「絶対?」
「おう」
「絶対の絶対?」
「しつけーぞ。それ以上言うなら聞いてやんねぇかんな」
くるりと背を向けようとするタケの腕を、朱里は慌ててつかむ。
「・・・・・・・・・・壬生に戻ってもらおうかと・・・」
「はぁっ!?」
「怒んないって言ったじゃんっ!うそつきっ」
キッと睨みつける朱里にタケは思わず後ろに一歩下がってしまう。
「うっ・・・・・・怒ってねぇから、なんでそう思うのか言ってみろよ」
「あかね様は、あの日からずっと自分を責め続けてるんだと思う。たとえ長州を殲滅したとしてもそれは変わらないし終わらない。自分を許すことは絶対にしない。けどそんなこと続けて心がもつと思う?わたしの目には既に悲鳴をあげてるようにしかみえない。わざと自分を痛めつけようとしてるようにしかみえない。この間の山崎でのことだって、あわよくば相打ちになればいいって思ってたんじゃないかな。まるで生き急いでるようにしか・・・・・・」
朱里の言い分は理解出来る。
確かにあの日のあかねは玄二の刀と共に果てるつもりだったのかもしれない。
結果的に真木が刀を下したからそうならなかっただけのことだ。
それはあの場にいた自分たちだけが感じたあかねの危うさだ。
きっとこの先も文字通り死に場所を求め続けるつもりかもしれない。
「お前の言うことはわからんでもないが、それがなんで壬生に戻すことになるんだ?」
「壬生にはあかね様の兄がいるでしょ?その人があかね様の生きる理由でしょ?だから・・・」
「・・・・・・なぁ、朱里。ちょっと酷なこと言うけどよ、だからじゃねぇの?あかねが壬生を離れたのは」
「どういう意味?」
「いや、だから、玄二という兄を手にかけたことを責め続けてるからこそ実の兄の元を去ったんじゃねぇの?同じ事を繰り返したくないからこそ、離れることを決めたんじゃねぇの?」
「えっ・・・」
タケの言葉に朱里が固まる。
どうやらそこまでの考えは及ばなかったらしい。
あかねを死なせない方法ばかりに気がとられて、離れた理由は考えなかったらしい。
一途すぎるのも考えものだとタケは短く溜息をつく。
「いや、わかんねぇけどよぉ・・・・・・あいつの性格なら自分への罰もあるだろうけど、その恐怖もあるんじゃねぇかと思ってよ」
「・・・・・・・・・・なんか、やだ」
「?なにがだよ」
「タケのくせに、わたしよりあかね様のことわかってる」
バツ悪そうにぷうっと頬を膨らませながら睨む顔はガキの頃から変わんねぇなと、どこかホッとしている自分が笑える。
思えばこいつは昔っから猪突猛進なやつだったな。
「俺だって短いとはいえあいつの部下だからな」
「ずっとあかね様のことだけ見てきたのに」
「なに妬いてんだよ」
「フンっだ」
「けどよ、戻すのは無理だとしても、会わせるってのは有りだよな。それであいつが救われるんなら賛成するぜ?」
「ホントに?なら、ちょっとわたしに考えがあるんだけど・・・・・・」
そう言うと朱里はタケに耳打ちを始めた。
***
京の市中を着流し姿でふらりと歩く1人の男。
誰がどう見ても暇を持て余す風来坊だが、実は徳川慶喜のお忍び姿である。
江戸にいた頃から家臣の目を盗んで抜け出しては、こうして気晴らしするのがもはや日課でもある。
ここ数日は二条の城に籠りっきりだったのだが、さすがに憂さ晴らしをしたくなったのだ。
とはいえ目的はない。さすがに色街に行く気にはなれず、ただあてもなくぶらぶらと歩くだけである。
町は先日の大火で酷い有様である。
自分が命を下した訳ではないとはいえ、焼けた町を見て心が痛まない筈もなく。
焼け出された民の姿を直視出来ないのはこみ上げる後悔があるからだ。
(俺のせいだと言われても言い訳出来んな。あの若造の言葉は正しい。今回は長州のせいに出来たとしても、だ。このままでは人心の心が幕府から離れるのは必定。いつまでも長州の相手をしている訳にもいかぬというのに・・・・・しかしあの女、かなりの手練れだろうな。全く気配を感じなかったが、お上の信頼も相当とみえる。会って話してみたいものだが・・・さてはてどこに行けば会えるのやら)
姿すら見ていない女のことを思い浮かべ、ふっと口元が緩む。
何故かはわからないがあの日から無性に気になる女。
恐らくは帝の心すらも掴んでいるであろうその女。
あの若造の上役になるのだろうが、あれ以降その気配すら感じない。
(まぁこちらも城に籠っていたのだから会うことはないか)
・・・・・いつの間にか女のことで頭がいっぱいである。
(いかんいかん、今後の事を考えるために抜け出して・・・・・・・・・・・・)
ふと視線を上げると少女と話す女の姿が目に入った。
何の変哲もない、よくある光景。
だが何故か目が離せない。そこだけが鮮やかに見えて、そこ以外の景色がくすんで見える。
ゆっくりとそちらに近づき、だが途中で自然と足が止まる。
「おかあちゃんがね、元気になったの。でね、これね、あげる」
少女が差し出したのは小さな花だった。
「私に?いいの?」
目線を合わせるようにしゃがむと花を大切そうに受け取る。
「うん、ありがとう、なのー」
にこーっと笑う少女にあかねの目尻も下がる。
「じゃあ、代わりにこれ、お母さんにって、えっ?」
小さな包みを差支出した手を少女に掴まれ、少し前のめりになりながらも引かれるままに歩き出す。
「おねーちゃんに会ったら連れてくって約束なのー」
少女は嬉しさ満開の笑顔で手をこっちこっちと言わんばかりに引っ張る。
2人の様子をずっと見ていた慶喜と引っ張られながらも歩き出したあかねの目が合った。
それはほんの一瞬の出来事だったが、射抜くような、冷酷な、それでいて憐れむような、そんなごちゃまぜの感情が入り混じった色。
まるで金縛りにあったかのように固まった慶喜だったが、すぐに2人の後を追っていた。