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第百四十話

慶喜公との接見を終え御所内にある詰所に戻ってきたあかね達は、休息を取る暇も無いまま今後のことを話し合っていた。


「とにかく、だ。こちらは長州追討にのみ専念出来るのはタケの功績。そんなに悔しがる必要はないよ?ま、実際タケに落ち度はなかったし」

 あかねの言うとおり、見破られたのはタケのせいではない。

 ちらちらと視線をこちらに向けていた孝明天皇の様子で感づかれたのだ。

 もちろん、本人には言えないが。


 「慰めなんかいらねー。あんな啖呵を切っといて結局向こうにはお見通しって、カッコ悪すぎだろっ!?あんにゃろー、気づいていながら俺を隊長隊長って・・・きっと腹ん中で笑ってやがったんだ、ちっくしょー!」

 見るからに落ち込みながらも恨み節を続けるタケに朱里は冷たい視線を送る。


 「笑うどころか爆笑だろうね」

 「んだとーっ!」

 ブツブツと腐るタケを尻目に朱里は大きく溜め息を吐く。


 「あかね様はお優しすぎます。それも考慮し対処するのが忍びの仕事。だいたい最後まで気づかず勝ち誇ってたアンタが悪い。注意力散漫、傲慢、怠慢、己を過信し過ぎの大馬鹿野郎だ」

 「うっ・・・」

 どうでもいいがこんな姿を部下の前で晒さずに済んで良かったと、朱里は心底思っていた。

 と同時に。ついでだから言いたいことを言ってスッキリしようとも。


 「何が『守らせろ』だ。全然守れてないじゃん。それどころか『また会いたい』なんて熱望されて、しかもそれをアッサリ言われるなんて・・・だいたいアンタは昔っから詰めが甘いのよ。どーせ調子にのって周りが見えなくなってたんでしょ!?だから足元すくわれるようなことになんのよ」

 「てめー黙って聞いてりゃ好き放題言いやがってっ!」

 「ふんっ!好き放題言われるようなことするアンタが悪い。言われたくないならちゃんとやれば?」

 「このアマ・・・相変わらず口の悪い女だなっ」

 ふたりがソッポを向いたのを見兼ねたのか、それまで黙っていたあかねが間に割って入る。


 「まぁまぁ、ふたり共その辺にしときなよ。ふたりが仲良しなのはよくわかったから」

 「「はぁ?!誰がこんな奴と」」


 声を揃えて否定するふたりにあかねはにっこり笑う。

 「ほーら仲良し」

 「「ちがっ!」」

 「わかったわかった」

 言いながらも楽しそうに笑うあかね。

 ふたりは納得いかない顔をしていたが、また言い返して声が揃ったらと思うと下手に口を開くことも出来ず黙ってしまう。


 「なんだかふたりを見てると銀のことを思い出すよ。よく口喧嘩したなーって・・・「あっ!」」

 今度はあかねと朱里の声が揃う。


 「そうか忘れてた」

 「はい、銀三様なら」

 「ん?なんだよふたり共」

 のどに引っかかっていた魚の小骨が取れたかのような顔をするあかね達にタケは首を傾げる。


 「あぁ、誰がシロに文を運ばせたのかずっと気になってたんだけどね。銀だったんだなーって」

 「そういえばお前ら気にしてたな。それじゃ銀三様もこの近くに?」

 「そうだろうね。きっとあかね様が御所にいないことに気づかれて文を・・・さすが銀三様。どこかの誰かとは違うわ」

 「おい、それは俺のことを言ってんのか?」

 「・・・他に誰かいる?」

 真顔で返されタケは小さく舌打ちをするしかなかった。



 ***



 翌朝。

 あかねは部隊を御所の護衛と長州軍の追討のふたつに分けた。

 追討部隊の方は少数精鋭ということもあって朱里とタケも同行する事になっている・・・というより。

 ふたりの強い希望で渋々了承せざるを得なかったのだ。

 朱里の方はあかねの側を絶対離れないと言い張り、タケは昨日の汚名返上の為だと一歩も引かず・・・最終的に根負けした。

 全く頑固なところまでそっくりだ。と心の中で呟いたことは内緒だ。


 「とにかく山崎へ向かう。こちらが先回り出来れば良し、先を越されたら長州まで追うつもりで行くから覚悟してね」

 「「承知!」」

 あかねが愛馬瞬騎(しゅんき)に跨ると朱里たちも続き、追討部隊が御所から飛び出して行く。


 京の町はまだ昨日の火が完全に消えているわけではなく、そこここから焦げたような臭いと煙に包まれている。

 その中を十頭ほどの馬が走り抜けるのだから普段であったら目立っただろうが。いまは誰も気に止めていない。


 その集団の先頭を行くあかねは複雑な心境で町を駆け抜けていた。

 (被害が大きければ大きい程、幕府への反感が膨れる。火を放ったのは確かに幕軍だし、愚行と言えるけど、結果的には長州の思うツボってことか)


 思い出されるのは先月の池田屋の一件のことだ。

 あの事件の発端は『長州が都に火を放ち混乱に乗じて帝を連れ去る』という情報を掴んでのことだった。

 あの時未然に防いだはずの火が今は現実となっている。

 この現状を前に新選組の彼らは何を思っているだろうか。


 (兄さま・・・会いたい・・・)

 ふとそんな言葉が浮かぶ自分に呆れてしまう。けれど浮かんだ言葉と同時に色んな人の顔が思い出されて切なくなる。


 (馬鹿だ・・・自分から姿を消したというのに勝手だ、私は)

 ギュッと手綱を握る手に力が入る。

 (いまは目の前のことに集中しなきゃ。私は長になると決めたんだから、もう後戻りは出来ない。迷えばまた・・・仲間を死なせることになる)

 あかねの気持ちを察してか、瞬騎は更に速度を上げた。



 「斥候からの知らせがまだないってことは、間に合うかもしれねーな」

 「そうだね、それなら手っ取り早くて助かるんだけど・・・」

 隣を走るタケに応えながらも朱里は前を行くあかねの背中を見つめていた。


 (どうにも嫌な予感がするんだけど・・・)

 そして嫌な予感というものはたいてい当たるのが世の常である。


 「今日も相変わらず飛ばしてやがるな。もはや人間技じゃねーよ、あの速さは」

 「無駄口叩いてる暇はないよ!」

 朱里はタケに視線を向けることなく鞭を入れあかねの背中を追う。

 「へいへい」

 面倒臭そうに返事しながらも、タケは遅れることなく速度を上げた。



 ***



 「真木殿。都の火事のおかげで我らは逃げ切ることが出来そうですね」

 「そうだな。邸に得体のしれない者が入り込んで来た時は正直もうダメかと思ったが・・・あの場から早々に立ち去ったことは我ながら良き決断だったと言えよう」

 「はい。・・・しかし一体何者なんでしょう?結局、姿を見ることは叶いませんでしたし・・・」

 鷹司邸で感じた、迫り来る恐怖。

 音もなく忍び寄る正体不明の暗殺者。

 妙な気配を感じて早々に逃げ出したのはいま思えば動物的直感が働いたからだ。


 「うむ。もしかすると・・・あれが京の番人やもしれぬ」

 「京の番人?」

 「ただの噂、もしくは伝説だと思っていたが・・・天子様直属の親衛隊、いや暗殺者・・・昔の話と思っていたが本当に実在するのかもしれぬな」

 「直属の親衛隊・・・そんなものが?」

 「あぁ、もしそうだとすれば・・・そ奴らとだけは出くわしたくないものだ」

 足早に街道を行く一行は得体のしれない恐怖から逃れようと山崎へと向かっていた。

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