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第十三話

 とあるよく晴れた日の午後。


 いつもなら隊務についていない隊士たちが屯所内で余暇を持て余している時間だというのに、ここ数日そういう者たちの数が目に見えて減っていた。

 おかげで。

 昼間だというのに稽古中の隊士たちの声以外はほとんど無く、いつもは騒がしい屯所内は静まり返っていた。


 「やけに人が少ないですね?」

 夜までは休みだという総司に誘われ日向ぼっこをしていたあかねは、不思議そうな顔で隣にいる兄に問いかける。


 「えぇ、そうですねぇ・・・・・・皆、給金が貰えたので遊びに行ってるみたいですよ?原田さんと永倉さんなんて、小躍りしながら島原に行くって飛んで行きましたし・・・・・・」

 ポカポカとした陽気に少し眠くなったのか、総司はひとつ欠伸をする。

 「こんな昼間から、島原ですか?・・・・・・まったく殿方というのは・・・・・・」

 少し呆れ顔のあかねだったが、人が少ないおかげで総司との時間をゆっくり過ごせるのだから「まぁいいか」とも思う。


 「でも、有難いですよね?給金を頂けるなんて思ってもなかったので・・・・・・」

 そう言いながら眠気に負けたのか、頭をあかねの膝に預けるとゴロンと身体を横たえる。

 「それにしても・・・・・・近藤先生・・・・・・遅いですよね・・・・・・」

 半分夢の中に入りながらそう呟くと、すぐにスヤスヤと寝息をたて始めた。


 (お疲れだったのですね・・・・・・)

 あかねは気持ち良さそうに寝息をたてる総司の髪を優しく撫でながら、幸せそうに目を細めた。



 数日前。

 近藤が黒谷から戻ってくると屯所内ではお祭り騒ぎになった。


 壬生浪士組の後ろ楯である会津藩から俸禄(ほうろく)を下され、幹部だけでなく平隊士に至るまで毎月給金を頂けるというのだから無理もない。

 しかも今までの貧乏暮らしからは考えられない金額だ。

 騒ぐな。と言う方が無理だろう。


 それだけではなく、今まであった借財も全部とはいかなくても返すことが出来たのだ。

 これで商家に無理を言って借りることもなくなれば、少しは壬生浪士組の汚名を(すす)ぐことが出来るだろうと、お堅い土方でさえ喜んだほどだ。

 あとは残っている借財を出来るだけ早く返済出来れば、言う事はない。

 女日照りの男所帯で、金を手にした男たちが競うように島原へと足を運ぶのも容易に理解出来た。



 「いやぁ、待たせてしまったねぇ・・・・・・おや?総司は寝てしまったのかい?」

 部屋の住人である近藤が戻ってきたのは、総司が眠りについてしまってから暫く経った頃だった。


 「あっ、局長・・・・・・」

 起こしましょうか?と問うあかねに、近藤は柔らかな笑みを浮かべると首を横に振った。

 「幸せそうな顔をして・・・・・・まるで子供のような寝顔だね」

 そう言うと着ていた羽織を総司の身体に掛け、寝入る総司の隣に腰を下ろす。


 「君の存在は総司にとってきっと大きなものなんだろうね・・・・・・」

 総司の寝顔に目を細めた近藤がおもむろに口を開く。

 「?・・・・・・私などより局長の存在の方が大きいと思いますが?」

 あかねは近藤の言葉に少し首を傾げる。


 その様子に近藤はふっと口元を緩め、深く頷いた。

 「確かにそうだね・・・・・・総司はわたしのために命を捨てることなど、なんとも思ってはいないだろう・・・・・・でも君の存在を知ってからは生きたいという意識が芽生えたことも確かだと思うよ?本人に自覚はないだろうがね」


 「私の・・・・・・?」

 「戦場(いくさば)において死を恐れないものは確かに強い。けれど、本当の力を発揮する者というのは護りたいものがある者だと、わたしは常々思っていてね。死を目前にしたとき、最後に思うのが君の元に戻りたいという強い意思であれば、それは大きな力になると思っているのだが・・・・・・違うかな?」

 問いかけるような近藤の言葉に、あかねはしばし考え込む。


 「もしも・・・・・・もしも局長の仰るとおり兄さまが私の元に戻りたいと願ってくださるのであれば、こんなに嬉しいことはございませんが・・・・・・」

 そこで一旦言葉を区切ったあかねは、近藤を真っ直ぐ見据え続ける。

 「出来れば私はそういう時、屯所(ここ)ではなく兄さまの隣で共に戦いたいと思っておりますので・・・・・・兄さまのことも、兄さまが大切に思う方々のことも私が死なせたりしません。もちろん私も死ぬつもりなど毛頭(もうとう)ございませんが」

 そうハッキリと言い放つあかねの瞳には、強い意志が現れていた。


 自分が(まも)るのだ、と。


 その強い眼差しに、近藤は一瞬心を奪われる。

 (この子はなんて強いんだ・・・・・・この世にこんなにも強く生きる女子(おなご)がいるとは・・・・・・・)


 「君が総司の妹でなければ、是非総司の嫁にと願っただろうね・・・・・・トシが心を許すのもわかるよ」

 フッと笑う近藤とは対照的に、あかねは目を丸くする。


 「?土方副長が、ですか?」

 まさか。と言わんばかりの表情のあかねに近藤は思わず吹き出してしまう。

 「ははっ、信じられないかい?でも本当さ・・・・何より喧嘩を売りたがるのが、その証拠さ」

 「???」

 近藤の言葉が理解出来なかったのか、あかねは口を少し尖らせる。


 「副長は私をからかって楽しんでおられるだけですっ」

 「ふふっ・・・・・・そうかい?わたしから見れば、あれは信頼の証にしか見えないがね」

 あかねの膨れっ面が可愛く思えたのか、近藤は笑みを浮かべた。 



 その日の夕刻。


 あかねが夕食(ゆうげ)の支度に追われていると、勝手口の方からいつもよりご機嫌な様子の芹沢が呼ぶのが聞こえた。


 「あーかねぇっ!おるかぁ?」

 酔っているわけでは無さそうなのに、いつになく満面の笑みを浮かべた芹沢が新見たちを連れて顔を覗かせる。


 「どうなされました?やけにご機嫌なご様子で?」

 「おぉ、あかね。今日はいいものを持ってきてやったぞ?」

 そう言った芹沢が見ろと言わんばかりにクイッと顎をしゃくった。


 その仕草につられるかのように、あかねが視線を向けるとそこには大きな鯉が3匹泳いでいるのが目に入る。


 「!!このような立派な鯉!一体どうされたのですか!?」

 芹沢の足元に置かれたタライはどう見ても3匹の鯉が泳ぐには狭い。

 事実、互いの身体を窮屈そうにぶつけ合う姿がそれを語っていた。


 「驚いたか?どうだ、美味(うま)そうだろ?」

 「えぇ!こんなに立派な鯉は初めて見ましたよ。さぞ美味しいことでしょうね!」

 瞳をキラキラ輝かせるあかねの様子に、芹沢が満足そうに笑う。


 「今日は一晩、泥を吐かせて明日にでも皆で食べようぞ」

 がはは。と豪快に笑う芹沢にあかねも元気よく返事を返した。

 「はい!これだけ大きければ、刺身にしても充分足りますね。あとは味噌汁にすれば、良いダシも取れるでしょう・・・明日が楽しみですねっ!」


 タライの前にしゃがみ込んで話す芹沢とあかね。

 その様子を少し後ろに立っていた野口がなんとも言えない表情で見ていたことが、あかねの心に引っかかりを残す。



 「では、頼んだぞ?」

 「はい!こんなに立派なもの有難うございましたっ」

 手にした鉄扇で(あお)ぎながらその場を去って行く芹沢に、あかねは感謝を込めて一礼しながら見送った。

 (こんなに立派な鯉、釣ったのかな?それとも、買ったのかな?・・・・・・どちらにしても、皆で食べようなんて・・・・・・芹沢さんもイイとこあるよね)

 そんなことを考えながら、ふとあかねは手を止める。


 (・・・・・・・しまったっ!!・・・・・・どうやって中まで運ぶのよ!?さすがにこの重さ、ひとりでは無理でしょ!?)

 どうせなら中まで運んで貰えば良かった・・・・・・などと後悔するが、既に芹沢たちの姿は見えない。


 (仕方ない・・・・・・何か蓋になるものでも探すか・・・・・・)

 そう思いながらキョロキョロと辺りを見回してみるが、良さそうなものが見当たらない。

 どうするかと考えあぐねていると、ちょうど外から戻ってきた様子の原田と永倉の姿が目に入った。


 歩きながら話し込む2人はあかねに全く気づくことなく通り過ぎようとしていたが、あかねはそんな2人に背後から駆け寄る。

 その姿はまるで、主人の帰りを待っていた子犬のようだ。


 だが、2人の会話にピタッと足を止める。

 いや、正確にいえば足が止まってしまった。


 「しっかし、世の中にはバチ当たりなヤツもいるもんだなぁ?新八(しんぱ)っぁんよぉ?」

 「まったくだぜっ、寺の鯉を盗むようなヤツがいるなんてなぁ?寺の坊主たちの怖えぇ顔ったら無かったなっ?ああいうのを鬼の形相っていうんだぜ?」

 「(ちげ)ぇねえや。坊主なのに鬼ってどうよ?・・・・・・ん?」

 ふと、原田が背後の気配に気づいて振り返る。


 そこには、見るからに暗いオーラを放つあかねの姿があった。

 振り返った原田につられて永倉も振り返る。


 「なっ!?なんだよ、あかねじゃねぇか!?驚かすなよっ!?」

 あまりの迫力に、一瞬後ずさりする2人にあかねの声が聞こえた。

 「・・・・・・んて?」


 「あ?」

 聞き取れなかった原田が、一歩づつあかねに近づく。

 あかねは手の届く位置に来た原田の腕を、ガシッと掴んだ。


 「おっ!?」

 「い、今、なんて?」

 怒りのこもる声に原田は一瞬身を引くが、掴まれた手が離されることはなかった。


 「えっと、坊主なのに鬼?」

 「違いますっ!その前!」

 「寺の鯉の話か?・・・・・・って何!?なんでお前、そんなに怒ってんだよ!?」

 怒りに燃えたあかねの瞳を見た原田がたまらず永倉に助けを求めるような視線を送る。


 「おい、あかね?どうしたってんだ?おまえ?」

 ゆっくり近寄る永倉の腕を、あかねは空いている手でこれまたガシッと掴み2人を引っ張るようにズンズン歩いていく。


 「のわっっ!?」

 「何だ!?」

 いきなり引っ張られた2人は体勢を崩し、半ば引きずられるようにして台所の方へと連れていかれる。



 「オイオイ、マジかよ!?」

 「さすがにこれはマズイだろっ!?」

 あかねは鯉の入ったタライを指差すと、経緯を2人に説明した。


 タライを覗き込むようにしゃがんだ3人は血の気の引いた顔で互いを見比べ・・・言葉を失っていた。


 「と、とにかく・・・・・・お寺に謝って返しに行かないと・・・・・・」

 あかねがそう言って立ち上がろうとすると、永倉があかねの腕を掴む。

 「まぁ、待てって」

 「で、でも!?」


 「芹沢さんが犯人だってバレるのはマズイだろ・・・・・・お前が行けば壬生浪士組の中に犯人がいますって言うようなもんじゃねぇか・・・・・・それに返したと知れば芹沢さんが暴れるかもしれねぇだろ?」

 「でも・・・・・・食べるわけにはいきませんよ」

 恐れ多くも、寺の池にいた鯉だ。

 御仏に仕えるものでなくても、口になど出来る筈がない。


 「俺に考えがある・・・・・・耳かせ」

 永倉の言葉に、タライの上で3人は身体を寄せ合う。

 「そいつは、いい考えだな!()っぁん!」

 永倉の提案に、原田はパァッと表情を明るくした。


 「でも、代わりのものをどうやって?」

 「問題はそこだ。俺ら島原に通い過ぎて給金もロクに残ってねぇし、前借りなんて出来ねぇよな。出来たとしても理由を話す訳にはいかねぇだろ・・・・・・」

 永倉は困ったと言わんばかりに腕を組む。


 「じゃあ、ダメじゃねぇか」

 ついさっき明るくした表情を、また暗くさせた原田が溜息交じりに呟く。


 永倉の考えはこうだ。

 ここにある鯉は今日の夜中に、こっそり寺に忍び込んで池に返してくる。

 で、別の鯉を手に入れる。

 なんとも単純な解決策だが、他に思い浮かばない。


 「じゃあ、釣りに行くか?」

 と原田が言うと

 「馬鹿言えっ、こんな立派なのが3匹もそこらの池で釣れるワケねぇだろ?」

 と永倉が呆れたように返す。

 「そっか・・・・・・」

 永倉からの冷たい答えに原田はガックリ肩を落とす。


 ちょうどその時、これから巡察に出ようとしていた総司が通りかかった。

 「いるじゃねぇかっ・・・・・・金を持ってるヤツっ!」

 永倉は呟くと、いきなり立ち上がり大声で総司を呼び手招きをする。


 「どうしたんです?皆さんお揃いで?」

 何も知らない総司が呑気な顔で近づいてくると、永倉がその肩に手を回しニヤッと笑った。


 「おう、総司。金、出せや」

 「??何なんですか?いきなり恐喝ですかぁ?」

 驚いた様子の総司が目を丸くして答える。


 「貰った給金、残ってんだろ?ホラ、飛んでみ?チャリンチャリンっていうんじゃねぇの?」

 調子に乗った永倉が、チンピラ口調で言うと総司は呆れた顔をした。

 「何の遊びですか?まったく・・・・・・また妙なことを」


 そう言ってあかねの方に視線を移すと、彼女が苦笑いに交じって泣きそうな顔をしていることに気づく。

 「・・・・・・・何か、あったんですか?」

 総司の問いかけに、あかねは肯定も否定もせずにただ(うつむ)いた。


 「訳なら、あとでちゃあんと話すから!なっ?あかねを助けると思ってっ!」

 原田は拝むような仕草をすると頭を下げた。


 「はぁー。仕方ないですねぇ。あかねさんに関わることなんでしょ?」

 そう言うと総司は懐に手を入れ財布を取り出すと、そのままあかねに近づきその手に握らせる。


 「!!いい、のですか?」

 「えぇ、足りるかはわかりませんが・・・・・・あかねさんが困っているのでしょう?だったら構いませんよ」

 あかねの手を握ったまま総司が優しく笑いかけると、あかねの顔にも少し笑顔が浮かぶ。


 「あ、ありがとうございます!」

 「どうせ貴女(あなた)と団子でも食べようって思ってたんですから・・・・・・気にしないでくださいね?」

 いつまでも手を握ったまま微笑む総司と、それに答えるかのように微笑むあかね。



 2人の様子を見ていた原田と永倉は互いの顔を見合わせ、同時に首を傾げていた。

 

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