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第百三十七話

 新撰組の本拠地ともいうべき壬生の屯所には留守役を任されていた山南と藤堂が伝令が来るのをただじっと待ち続けていた。

 「いつもなら(ぱち)さんや左之さん達と一緒に暴れてるはずなのに・・・・・待つだけってのは歯痒いモンですね」

 「そうだねぇ、君は先頭きって行く性分だから今日みたいな日は落ち着かないだろう・・・その為にも早くその怪我を治さないといけないね」

 「ははは、違いねぇや」

 力なく笑いながら藤堂は額に手をあてる。

 そこには池田屋で負った傷が痛々しい(あと)を残していた。


 「まだ痛むのかい?」

 「いやぁ、前ほどのことはないんですけどね・・・・・」

 「そうかい、なら前線復帰はそう遠くはないな」

 笑顔を浮かべてはいるが山南の目はどこか遠くを見ているようだった。


 「山南(さんなん)さんはどうして残ったんですか?」

 「ん?・・・・・どうして、って?」

 「だって山南さんほど腕が立つ人こそ最前線で戦うべきでしょ?」

 山南が剣を振るえないことを知らない藤堂の純粋な疑問が山南の胸に突き刺さる。

 純粋だからこそ、悪意がないからこそ、その言葉は残酷だ。


 「そんなたいした腕ではないが・・・・・ね」

 山南は藤堂から視線を逸らすようにゆっくり瞼を閉じると短く息を吐く。

 「山南さん?」


 (あぁ、話しを続けなければ藤堂君が不審に思ってしまう・・・・・・けれど、わたしは・・・・・)



 「いや、いつここが最前線になるとも限らないと思ってね。血気盛んな長州が仲間の弔い合戦に来るなら壬生(ここ)に乗りこんで来るのは当然だろうし、留守番役は必要さ。それに・・・・・出て行った皆が安心して帰れる場所はここだけだろう?」

 何事もないように静かに言葉を紡いではみても心に刺さった棘は抜けない。


 (わたしは、ちゃんと笑えているのか?)

 そんな不安からか藤堂の顔をまともに見れないままの山南の耳に場違いな程の明るい声が届いた。


 「そっかーっ!言われてみればそうですよねー。やっぱ山南さんはすごいや」

 「すご、い?」

 藤堂の言葉に拍子抜けしたのか山南の顔がポカンとなる。

 それに気づくことのない藤堂はドンドン自己完結を進めていった。


 「だってここが狙われるなんて今の今まで考えもしなかったよ、俺。あ、そっか、だから池田屋の時も残ってくれてたんですねー。俺たちのために」

 邪気のない満面の笑みを浮かべた藤堂が山南の手を掴むとぎゅうっと握りしめた。


 「そうやって俺たちの為に難しい事考えてくれて、守ってくれてありがとう!俺、ちゃんと怪我治して今度は山南さんの役に立てるように頑張るからっ!」

 「あ、いや」

 「前からちょっと考えてたんだけど、俺いまの話し聞いて決めた!」


 「え?な、にを?」

 彼の自己完結はどうやらまだ続くらしい。

 山南は否定することも出来ないまま、半ば諦めたように藤堂が続ける話しの続きを待った。


 「怪我の治療ついでにちょっくら江戸に戻って伊東さんを勧誘してくるっ」

 「え?ちょっくら江戸って・・・・・ん?伊東さんって・・・・・あの伊東道場の?」

 「そう!その伊東さん!あの人なら頭もキレるし腕も立つからきっと山南さんの力になってくれると思うんだ」

それが新たな風を呼び込むことになるのか。

はたまた、新たな嵐を巻き起こすことになるのか・・・・・それはもう少し先の話しである。




 同じ頃。

 まるで馬の一部になったかのように風を切って走り続けるあかねの耳に、カラスの鳴く声が聞こえた。

 それを確認するかのように空を見上げると、一羽のカラスがあかねの頭上を同じ速度で飛んでいた。

 (・・・・・・シロ?)


 あかねが少し身体を起こすと愛馬・駿輝もそれを感じ取ったのか速度を少し落とした・・・直後。

 バサーッという羽の音をさせながら一気に下降したカラスがあかねの肩に降りた。

 相も変わらず見事な着地である。


 「お前が来たってことは・・・・・・」

 表情を曇らせながらシロに目をやると、思った通りその足には文が結ばれていた。

 「今度こそ急変か」

 小さく呟きながら手綱を引き駿輝を止まらせる。

 後ろから追いかけてきていた朱里とタケも慌てて馬を止めていた。


 「あかね様っ!?」

 「どうしたんだっ?」

 ふたりの声を聞きながら文に目を通すあかねの顔色が一気に変わる。


 「鷹司邸より火、とある」

 そう言って御所の方角に視線を向ければ、夜の闇が赤く染まっていた。

 「まさか、来島殿が!?」

 「いや、それはないな」

 朱里の言葉にタケはあっさり断言した。


 「なぜ言い切れる?」

 「俺が御所を出た時、鷹司邸を覗いたが既に来島殿は切腹していた」

 「それじゃ、誰が・・・・・・」


 「幕府、かもしれないね。長州軍が邸に立て籠もっていると思っていたのなら・・・・・・中の者を文字通りあぶり出すつもりで火を放った・・・・・・だとしたら、愚かとしか言いようがないけど」

 「どうしますか?」

 「戻る、しかないね。天子様の安全が第一でしょ。火を放つような愚か者が御所で指揮を執っているなら尚更、任せてはおけない」

 あかねは答えながらもチラリ。と目指していた山崎方面に視線を流すが、すぐに向き直るとその瞳に強い意志を宿す。


 「戻ろう、御所に」

 「「承知っ!」」

 ギュッと唇を噛み締めるあかねに、朱里とタケも表情を強張らせ赤い空を見据えた。


 (玄にぃ、ごめん。仇を見つけるにはまだ時間がかかりそう・・・・・・)

 大きく息を吸い込み一気に吐き出す。

 そうでもしないとやりきれない想いがあかねを縛りつけ、動き出せないような気がしてならなかった。


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