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第百三十六話

 「あかね様はお変りになりましたね」

 「ん?」

 朱里(あかり)の言葉にあかねはキョトンとした表情で聞き返した。


 拝借していた着物を元に戻し、鷹司邸を後にしたふたりはそれぞれの愛馬に(またが)り山崎を目指していた。

 真木和泉が向かうとすればそこしか思い当るところがなかったからだ。

 ここで取り逃がせば真木は長州に逃げ帰ってしまう。そうなれば会うのは困難を極める。

 そんな緊張感の中、疾風の如く走らせている馬上で発せられた朱里の言葉があかねには何を意味しているのか全くわからなかった。


 「何?なんか言った?」

 「いいえ、何も」

 聞き返したあかねに朱里は首を横に振った。

 「そう?・・・・・じゃ、急ぐよ」

 「はい」

 鞭を入れ更に速度を上げて行くあかねの背中を追いかけながら、朱里は先ほどの来島とのやり取りを思い出していた。


 (変わられた・・・・・何があの方を変えた?玄二様?それとも・・・・・・)

 朱里の脳裏に「誠」の旗を掲げる一団の姿がよぎる。

 (敵は皆、問答無用に討ちとってきたあかね様が武士に敬意を払って切腹をさせるなど・・・・・わたしの知る限りではなかったこと・・・・・この変化は吉と捉えるべき?それとも・・・)

 考えを巡らせる朱里の背後に馬の足音が近づく。


 「朱里っ!」

 遠くで名を呼ばれた気がして振り返るとそこには数人の手下を連れたタケの姿があった。

 「タ、タケ!?」

 「俺も一緒に連れてけーっ!」

 喚くようにして叫ぶタケの声は少し先を走っていたあかねにも届いたらしく、驚いた表情を浮かべて速度を落としていた。


 「急変かっ!?」

 振り返りながら叫ぶあかねの表情は固かった。

 万が一、帝になにかあれば真木を追うどころの騒ぎではないのだから当然だ。

 だが後ろから追いかけてくるタケは首をぶんぶんと横に振って叫び返した。


 「御所は問題ないっ!だから俺も行くっ!あんたについて行くって言ってんだから連れてけバカヤロー!」

 それが人にものを頼む態度か、と内心思いながらも朱里はタケの変化を感じ取っていた。

 確実にあかねを(おさ)として見ている。

 それは朱里だけでなくあかねも同じだった。


 「勝手にしろ。持ち場を離れた責めは朱里同様、事が終ってからまとめてしてやるから覚悟しろ」

 にやり。と口の端をあげたあかねは少し緩めた速度をまた上げてそのまま走り続ける。

 「一番に離れたオメーにだけは言われたくねぇーっ!!」

 負けじと言い返すタケだったがその顔は嬉しそうに綻んでいた。


 「あんた、ちょっとは言葉に気をつけたら?」

 追いついてきたタケをチラッと睨む朱里。

 「ケッ、あいつはそんな小さい事気にする(タマ)かよっ」

 鼻で笑ったタケが先を行くあかねに目をやる。

 そこには黒の忍装束に身を包んだ小さな背中があった。


 (無事、だったか・・・・・・)

 あかねが御所を出て行ったのは数刻前のことだが、タケには遠い昔のことのように思えた。

 あの小さな背中を為す術もなく見送った自分。

 唯一出来たことと言えば、朱里に報せることだけだった。

 帝の傍を離れるわけにはいかない。(おさ)の命令は絶対だ。

 朱里に報せたことが命令違反に当たるとしても、あの時の自分が思いついたことはそれしかなかったのだ。


 「俺はよぉ、やっとオメーの気持ちがわかったぜ?」

 「は?あんたみたいな単細胞にこの繊細なわたしが理解出来てたまるかっ・・・・・けど、報せてくれたことには感謝してる。ありがと」

 少し照れ臭そうに言う朱里にタケは目を丸くする。


 「・・・・・礼なら酒でしてくれ。オメーにありがと、なぁんて言われたら気持ち悪くて吐きそうだ」

 「・・・・・・・・・・。人が珍しく素直に感謝してるってのになんだその言い草は。わたしのありがとうを返せっ」

 「やなこった」


 子どものような言い争いをする2人の後ろには、呆れた表情の玄武隊の隊士たちが続いていた。

 (((((あんたら緊張感って言葉、知ってます?)))))

 そうは呟いてみても、目の前の2人が自分たちの上司であることは変わらない。

 更にその前を疾風の如く走るのは若き長なのだ。

 前で口喧嘩をする2人だが、馬の速度はかなり出ている。その馬上にあって平然と軽口を叩けるのはさすがだが、あかねの速さはそれ以上の驚きである。


 「お、おい・・・・・あれが人間の乗った馬か?」

 「いや、あんなもん人の成せることじゃないだろ・・・・・・いや、たとえ馬だけが走っていたとしても、だ。あの速さは普通じゃない」

 「俺たち、あんなバケモンみたいな人に喧嘩売ってたのかよ?」

 「・・・・・・・・・そりゃ勝てるわけないよな。あの人と俺たちじゃ天と地ほどの差があるぜ」


 つき従う隊士たちの心を知ってか知らずか、タケが振り返りざまに叫んだ。

 「オメーら、しっかり着いてこいよーっ!!」




 その頃。

 出遅れたことを焦る新撰組の面々は御所近くに辿り着いていた。

 が、既に長州軍本隊は敗走した後である。


 「おいおい、これじゃ丸っきり見せ場なしの出遅れじゃねーか」

 「まぁそう言うなよ、トシ。残党狩りも立派な任務さ・・・それに敗走する兵ってのは何をするかわからんからな。そういう危ない輩から町の人を守るのも我々の大事な任務だろう?」

 仏頂面でぼやく土方に近藤は苦笑する。


 「そりゃま、そうなんだが・・・でもよ」

 不満顔の土方がぼやきかけたがその言葉を遮ったのは、信じられないものを見るかのような表情を浮かべた総司だった。

 「ね、近藤さん・・・・・・なんか、あっちの方、燃えてません?」

 総司がゆっくり指差す方向には、夕焼けとは到底呼ぶことの出来ない真っ赤な空が広がっていた。


 「お、おいっ、あっちは確か・・・・・・」

 「堺町御門の方じゃないのかっ!?」

 「一体何がどうなってるんだ?」

 その会話を聞いていた隊士たちが一気に色めき立つ。


 「まずいな、今日は風が結構あるぜ?」

 「あぁ、早くなんとかしなけりゃ京の町が・・・・・・」

 そう言うが早いか原田と永倉は炎に向かって走り出していた。


 前月、池田屋で捕らえた者たちは京に火を放つ計画を練っていた。

 未然に防いだはずの火事が、いま目の前に広がっている。

 彼らにはその光景が最悪の事態として映っていた。


 「消火に行く者と町の人を逃がす者と二手に分かれろっ!残党狩りは後回しだっ!」

 近藤の命令が飛ぶと同時に隊士たちは一斉に走り出す。

 その上空を一羽のカラスが飛び去って行った。


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