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第百三十四話 -禁門の変ー

 元治元年 七月十九日


 御所の喧騒は時と共に大きくなり、参内している公家たちは何をするでもなくおろおろとするばかりである。

 長州軍のひとつである福原隊が伏見で大垣藩と衝突したという報せが舞い込んでからまもなく、今度は嵯峨にいた国司隊が御所に迫っているとの一報が入った。

 それを聞いた長州寄りの公家たちは、顔面を蒼白にして長州の申し出を受け入れろと禁裏御守衛総督である徳川慶喜に怒鳴るが如く叫んだ。


 「御所に向かって弓弾く輩の言い分を何故(なにゆえ)聞き入れねばならぬ!もはや長州は朝敵!許すことなどあり得ぬっ!!」

 そう一喝した慶喜は呆ける公家たちを横目に戦陣へと飛び込んで行く。

 慶喜にしてみれば「話にならぬ」というのが本音だったが、たかが長州一藩に幕軍が負けるはずがないという自負もあったのだ。

 だが。固く閉じられていた蛤御門の守りが長州の来島又兵衛率いる一軍によって突破されたと聞くや否や、それが(おご)りであったと痛感させられる。


 考えてみれば泰平の世になって数百年。

 戦など久しくしていないと言っても過言ではない。

 いくら刀を振りかざしてはみても、所詮は戦を知らぬ道場剣法なのだ。

 人を殺めたこともなければ、命を懸けた戦いを経験してきたわけでもない。

 情けないことにそれが幕府の現状であることを認めなければならない。

 要するに気概が違うのだ。死に物狂いで向かってくる長州軍と幕軍では。

 それでも薩摩と桑名の軍が加勢したことで状況は一変した。

 多勢に無勢ということである。



 一方。

 詰所を単身飛び出したあかねは、鳴りやまぬ銃撃と砲撃の音を耳にしながら堺町御門の東にある鷹司邸に忍び込んでいた。

 そこに長州の真木和泉と久坂玄瑞が入ったとの情報を得たからである。


 (さすがは真木殿、と言ったところかな?御所の目の前に陣を敷き突入の機会を窺うとは・・・・・まぁ、おかげで遠くまで行く手間は省けたのだけど)

 木陰に身を潜ませ庭を見廻る兵の数を数えながらもあかねの表情には余裕の笑みが浮かんでいた。


 (邸のまわりの数に比べればはるかに少ない、か)

 と、門の方にちらりと視線を流す。

 (塀まわりをあの大人数で守らせれば安全と踏んだか。ご丁寧に門まで閉ざしてくれて、こちらとしても好都合)

 そっと胸元に手を入れ愛刀を掴む。と、その時。

 閉じられていた門が微かに開き、ひとりの兵が転がる様にして中に入ってきた。


 「き、来島さまっ!」

 「真木殿はっ!?真木殿はいずこにおられるっ!?」

 庭にいた兵が駆け寄ると来島はその胸ぐらを掴むようにして叫んだ。

 「こ、こちらですっ!」

 胸ぐらを掴んだ来島を支えるようにして腕をまわす兵が仲間を呼び、2人掛かりで邸内へと消えていく。


 (あれが来島又兵衛・・・・・あの様子だと御所の守りは破れなかったわけね。ま、当然といえば当然だけど・・・・・・)

 嵯峨にいた来島がここにいるということは、朱雀隊はどうしたのだろう。そんな疑問が浮かんではきたが、それを打ち消すようにあかねは頭を振った。

 (今は目の前のことにだけ集中する時。それに朱里(あかり)がしくじるはずはない)

 そう思いなおすと近くをうろうろしていた兵たちに向かって走り出した。




 「完全に出遅れたな、こりゃ」

 御所を目指して走る土方が誰に言うわけでもなく呟く。


 九条河原にいた新撰組が長州軍と大垣藩の戦陣に辿り着いたときには、もう戦いは終わっていた。

 長州軍を率いていた福原越後が負傷し撤退を余儀なくされたのがその理由だったが、その直後に御所のある方角から砲弾が鳴り響くのが聞こえ新撰組はそのままそちらへと向かっているのだ。


 「だがこれで長州は終わったな」

 静かな口調で呟く近藤の声に土方はちらりと視線を向ける。

 その表情は固いままだったが、土方には近藤の心の内が手に取るようにわかった。

 「昔の恩義は既に返した。見逃すのは一度きり・・・・・・言っておくが、あの人は敵だ」

 「・・・・・・わかってる。わかってるさ・・・・・・」

 あえて名前を口にしなくても2人には通じていた。


  - 桂小五郎 -


 江戸で知り合い、京で再会したその人の姿が思い出される。

 その人を逃がした代わりにあかねを失ったことも。


 「わかっている。己の愚かさも・・・・・・」

 真っすぐに前だけを見つめて近藤が零した言葉に土方は唇を引き結んだ。




 同じ頃。

 鷹司邸内に単身乗り込んでいたあかねは気配を消しつつも、長州の兵士をひとりずつ倒していた。

 目指すは奥の間。そこに重要人物が揃っていることは明らかだ。

 だが予想よりも敵の数は多く、派手に立ちまわれば相手に悟られ取り逃がしてしまう可能性もある。

 かといってのんびり進んでいる暇もない。


 (こうなったら一気に奥を攻めて取るべき首だけを取るか・・・・・・でも、コレを無駄にするのは忍びないし・・・・・・)

 胸元に手をあてながら考えあぐねていたあかねだったが、気配を感じて表情を険しくさせる。


 「・・・・・・どうしてここに?」

 「申し訳ございません」

 「来島隊の進軍をみすみす許し、お前がここにいる理由(わけ)を聞いている。私の命令を無視したのか、朱里?」

 目の前で片膝をつき頭を下げる朱里の姿を見つめながらも、あかねにはおおよその予想がついていた。


 「我が朱雀隊は嵯峨にて陣を構えておりましたが、玄武隊からの伝令により御所へと戻って参りました。隊士たちは全員玄武隊の指揮下に入り御所での戦闘に加わっております」

 自分が御所を出たあと、タケが朱里を呼び戻したのだろう。

 『頭領(あかね)がひとり敵陣に向かった』とでも言えば朱里のことだ、すぐに舞い戻り援軍に向かうだろうと。


 (来島又兵衛がここに辿り着けた理由もこれで納得がいく)

 あかねはひとり頷きながらも薄く笑みを浮かべた。


 「タケのやつ・・・・・意外にも心配性だね」

 「我々にとっては朝廷を守ることも大事ですが、(おさ)であるあなた様を守ることも大事。あかね様を失うわけには参りません」

 顔を上げ曇りのない瞳で真っすぐな言葉を向ける朱里にあかねは言葉を失いつつも、くすぐったい心地

がしていた。



 玄二を慕っていた朱里。

 玄二を殺めた自分を今なお慕ってくれる朱里の存在は大きい。

 玄二の仇討ちが成るなら、たとえ相打ちとなっても構わないとさえ思っていたのに。

 だからひとりでここに来たハズだったのに。


 (まだ、死ぬわけにはいかない)

 と、思ってしまう。

 きっと命に執着していない自分を朱里は気づいているのだろう。

 だからここに来たのだろう。

 死を選ばせないために。



 「・・・・・・まぁ、命令違反云々の咎は追々するとして」

 「はい。私が援護致します」

 「頼りにしてる」

 立ち上がり刀を構えた朱里と視線を合わせるとあかねは力強く頷き、奥へと続く廊下を走りだした。

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