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第百三十三話

 7月初旬。

 大坂を出立した長州軍はあかね達が睨んだ通り、山崎と伏見そして嵯峨に布陣し虎視眈眈と御所に進軍する機会を狙っていた。

 大義名分として長州が掲げていたのは『長州は尊王の志士である』ということ。

 つまり帝に楯突くつもりはなく、京を追われるようなことは何一つしていない。と直談判に来たと言うのだ。


 それを聞いた禁裏御守衛総督(つまり御所を守る幕府の大将)の一橋慶喜は長州に対し、兵を退く様に呼びかけた。

 帝への忠誠を誓う者が御所を取り囲むのは何事だ、というのが慶喜側の言い分である。

 だが、この呼びかけに長州が引き下がることはなかった。

 

 水面下でそのような火花を散らせていることなど知る由もない新撰組一行は、会津藩に従い九条河原へと転陣しその地で明日こそは!と息巻いていた。

 が。


 「だーーーーっ!」

 突然雄叫びをあげた土方に、総司は呆れた表情を浮かべる。

 「この暑さでとうとう(・・・・)頭がどうにかなったんですね」


 「んな訳ねぇーだろっ!・・・・・ん?とうとう(・・・・)ってなんだよ、とうとうって」

 「そんなことより。頭じゃなかったらどうしたんです?急に叫んだりして」

 「おメェはよく平気な顔していられるなっ!この状況でっ!」

 言葉同様、青筋を立てる土方に総司は涼しい顔を向ける。


 「あー、心頭滅却すればなんとやらと言いますから。この程度の暑さで根を上げるなんて、まだまだ修行が足りないんじゃないですか?」

 「そっちの話じゃねぇよっ!俺が言ってるのは」

 「餌を前にお預け状態の方でしたか」

 それでも涼しい表情を崩さない総司に、土方の怒りは頂点に達した。


 「わかってんなら最初っからそう言いやがれっ!」

 「だってからかうと面白いんだもの、土方さん。だいたい毎日することがなくて退屈ですし、これぐらいのお茶目は笑って許して下さいよぉ」

 「笑えるかっ!!」


 「だってねぇ・・・そんなカリカリしたって状況が変わるわけじゃありませんし・・・・・わたし達はここで待つしかないんですから仕方ありませんよ」

 「待つしかねぇってのが性に合わん・・・・・おっ!そうか」

 今の今まで苛立ち一色だった土方の表情が急に明るくなる。


 「?」

 「総司。ちょっくら俺は出掛けてくるからよ、近藤さんのこと頼んだぜ?」

 「は?出掛けるって、一体どこに?」

 総司の問いかけに答えることなく、土方は近くにいた永倉と原田を呼びつけていた。


 「おーい、永倉、原田、お前らもちょっと付き合え」

 「ちょ、ちょっと土方さんっ!?」

 見向きもせず歩きだす土方の袖を総司がむんずと掴む。


 「命令が出ねぇなら出させりゃいいんだ」

 「は、はぁ!?」

 「ちょっくら慶喜公のとこに行って来るわ」

 「ちょ、ちょっとっ!土方さんっ!幾らなんでもそれはっ」

 「簡単に会える相手じゃねぇのはわかってるが、ここでジッとしてるよりはマシだろ?」

 ニヤリといつもの不敵な笑みを口元に浮かべ、土方は早速馬に(またが)っり走り出す。


 どんどんと小さくなっていく土方たちの背中を見ながら、総司はやれやれと溜め息を吐いた。

 (どうせ会える相手じゃないから大丈夫だと思うけど・・・・・)

 何故か止まらない胸騒ぎに総司は表情を曇らせていた。


 「どうした総司?」

 「あっ、近藤さん・・・・・・いや、あの、血の気の多い鬼が飛び出して行ったんで大丈夫かと思いまして」

 「はぁ?」

 状況が掴めない近藤が目を丸くするのは当然、である。

 近藤の動揺を最小限にする為にも、総司は敢えてなんでもないという顔で一通りの説明をする。


 「おい、それはさすがに・・・・・・」

 「事の成り行きによってはマズイでしょうが・・・・・・まぁ、そんな簡単に慶喜公に会えるとは思えませんし大丈夫だと思いますよ?」

 「いやいや会える会えないではなくて・・・・・」

 「ましてこんなピリピリした状況ですから。きっと本陣にすら近づけないでしょうねぇ」

 土方たちの走り去った方に目を向ける総司だったが、その口調は相変わらずの呑気さである。


 「そこまでわかっているならどうして」

 「止めなかった、ではなくて止まらなかったんですもの。昔から言い出したら聞かない人ですし、思い立つや否や飛び出して行きましたし・・・・・・まぁ、馬を走らせてるうちに頭も冷えてそのうち帰って来るでしょうよ。なんにしても新撰組が窮地に立たされるようなこと、あの人には出来ませんし」

 「お前という奴は・・・・・・まったく」

 総司の落ち着きっぷりに近藤は深い溜息をつくと同時に、ふっと笑みを見せた。

 「これではどちらが年上かわからんな」

 「ですよね?まったく土方さんったらいつまでも子供なんですから」



 当然ながら。

 この一件は本陣近くに詰めていた会津藩士に止められ事なきを得、お咎めなどは全く無かったのだが。

 御所に入っていたあかねの耳には届いていた。


 それを聞いたあかねは。

 池田屋での騒動以来初めて人目を気にすることなく声を上げて大笑いし、まわりにいた玄武隊の面々にはこれ以上もなく怪訝な視線を向けられたのだが、それすら気にならないほどこの時のあかねは腹の底から笑いが込み上げ、笑わずにはいられなかった。


 行動力のある彼らが、逃げ腰の幕府の対応を目の当たりにして苛立ちを募らせるのは容易に想像出来た。だが、まさか怒鳴りこみに行こうとするなど予想外だ。

 その大胆さが良くも悪くも新撰組の持ち味であることをあかねはよく知っている。

 そしてそのことが。

 あかねの中で張り詰めていた緊張を解きほぐし、肩に入り過ぎていた力を抜かせてくれた。



 そしてその翌日。

 ついに戦いの火蓋は切って落とされ、南から御所を目指して進軍する長州の福原隊と彦根・大垣藩が激突。

 その戦いに応援として駆け付けた会津藩と新撰組によって福原隊はあっさりと退けられたが、その隙に進軍を続けていた益田隊はなんなく御所近くまで攻め上っていた。


 「福原隊はやっぱり囮だったか、マズイな・・・・・」

 ギュッと唇を噛み締め表情を強ばらせるあかねに、タケは視線だけを向ける。

 この数日。

 あかねの命を狙い続けてきたが、ことごとく退けられ失敗。

 もはや万策は尽きた・・・・・と思った矢先、福原隊の進軍という知らせが入った為、表向きには一時休戦となってはいるが本当のところ何をしても歯が立たないのが事実だった。


 (さすがは(おさ)になるだけのことはある・・・・・俺達がいくら策を練ろうと、何人で刀を向けようと、サラリとかわす辺りはさすがとしか言えん。だが、まだ諦めたわけじゃねぇ。何か、きっと何か勝つ方法はあるハズなんだ)


 タケの頭には、もはや長州のことはおろか、当初の目的すら無かった。

 ただただ、あかねに勝つこと。ただそれだけだ。



 「タケ、悪いが遊んでいる暇はなくなった」

 「はぁ!?なんだよ、唐突に」

 「玄武隊はこれより天子さまのお側にてその御身(おんみ)を御守りし、場合によっては御所から安全なところへ御移り頂く」

 「御移り・・・って、天子さまを御所から連れ出すってぇのか!?」

 「最悪の場合は、そうなるな」

 「最悪の場合って・・・」

 食い下がろうとするタケの言葉を遮るようにあかねは先を続ける。


 「重要なのはここからなんだけど・・・・・その指揮をタケ、お前に託したい」

 言葉を遮られ不満気な表情を浮かべていたタケだったが、あかねの言葉を聞き目を丸くする。

 「は、はぁ??あ、あんたは?」

 「私は行く」

 「行くってどこに?」

 「長州軍を壊滅させに」

 「・・・はぁ?!何バカなことを」

 「軍隊を潰すには指揮官を潰すのが最も効率的かつ最短の方法。ならば益田隊本陣を襲撃し、早々に終わらさせるが必定。私はそっちに向かうから、あとのことはお前に任せたい」


 あかねの言葉を聞き終えたタケは顔を真っ赤にしながら声を荒げた。

 「なに、馬鹿なこと言ってやがるんだっ!んなもん幕府がやりゃぁいいことだろっ!?なんでテメェーがわざわざ手を下す必要があんだよっ!?」

 「・・・・・・・・・・」

 黙りこくるあかねの肩を掴み、タケは更に言葉を強くする。


 「あんたは鞍馬の人間だろ?鞍馬が護るのは朝廷、いや帝ただひとり。(おさ)のアンタが帝の側を離れるなんざあり得ねぇだろっ!?アンタにもしもの事があったら、鞍馬はどうなるんだよっ!!」


 掴んでみて初めて知る、あかねの細い肩。

 それは今まで忘れていた女のか弱い身体そのものだった。

 触れるまで気づかなかったのは、いつも遠くから見ていたせいだ。

 そして、いつも見ていたあかねの顔が凛とした強い力を放っていたから、だからすっかり忘れていた。

 だか、あかねは(おさ)である前にただの女だ。

 そんな当たり前過ぎる事実を、タケは今の今まで忘れていた。


 「・・・心配、してくれるとは意外だね」

 心底驚いた表情を浮かべるあかねに、タケはバツ悪そうに顔を背ける。

 「ち、違げぇよ、俺はただ・・・す、朱雀の隊長さんにドヤされるのは面倒だと思って・・・・・」

 少し顔を赤らめて必死に言い訳するタケに、あかねは笑みを向ける。

 「ありがとう、タケ。でも、これは私のケジメなんだ」

 「ケジメ?」

 そう聞き返したタケに、あかねは小さく頷く。


 「玄にぃを殺めたのは私だ。その事実は変わらない・・・・・けれど、玄にぃを死へと追い詰めたのは長州だ。だから私は長州を潰す。これは私なりの玄にぃへの弔い。だから、行く」

 「お、おいっ、言ってる意味が全然わかんねぇよ。ちゃんと説明しろよ」

 「悪いけど、そんな時間はない。説明なら全てが終わってからゆっくりするから。帝のこと、くれぐれも頼む」

 「んな説明で行かせられるワケねぇだろ!?だいたいアンタにもしもの事があったら俺達はどうすんだよっ!長のクセに部下を置き去りにする気かよっ!」


 「これはまた意外だね」

 「はぁ?何がだ」

 「私を長として認めてくれてたとは・・・・・・でも私にもしもの事があっても、タケ、お前がいるから玄武隊は大丈夫。それに長の代わりなどなんとでもなる・・・・・だけど。玄にぃの敵討ちは私にしか出来ない。いや、私がこの手で終わらせないと意味がない」

 「・・・・・・・・・・」

 あかねの鬼気迫る表情と迫力に、タケは二の句を告げることが出来ず押し黙る。


 「すまない、タケ。でも、ここで行かなければ私は前に進むことが出来ない」

 「・・・・・わかった。いや、納得は出来んが止めても無駄なことはわかった。けどな、アンタは鞍馬の頭領だ・・・・・絶対に戻ってこい」

 あかねの肩を掴んでいた手を離すと、タケはくるりと背を向ける。


 「ありがとう、タケ」

 あかねはその背中に小さく呟くと、その場から気配を消した。


 「・・・・・馬鹿野郎、礼なんざ帰って来てから言いやがれ」

 ギュッと唇を噛み締めながら、タケは握った拳を震わせる。

 (だから必ず戻ってこい、その時はアンタのこと認めてやっから、よ)

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